第83話 総理との約束
大和総理はテレビ電話をかけた。
その映像は片井のスマホからプロジェクターを通して映し出され
る。
総理は大絶賛だ。扇子をバチンと叩いて笑った。
「むぅううう! よくやってくれた鉄壁殿ぉおお!」
しかし、片井にその仕草を見る余裕はなかった。
なにせ、今はダンジョンボスと対峙中。
一瞬でも目を離すのは、相手に隙を与える危険な行為なのだ。
よって、総理の声だけを顔の側面で受け取る。
「ご期待に応えれてなによりです」
「たった5分でボスルームに到達。及び、囚われた2352人を見つけ出す偉業を成しとげた!! 見事だ!!」
「しかし、まだ安心はできませんよ。ボスを倒す難関がありますからね。急かすようでもうしわけないんですがね。時間はどれくらいもらえますか?」
「うむ。ダンジョンボスを倒し、囚われた者たちを救出すること。その猶予は20分だ!」
片井は大きく息を吸った。
20分という時間に絶望を感じたのか、それとも余裕を感じたのか。
総理にはわからない。
しかし、片井の表情には覇気が見えた。その深呼吸は気合いを入れ直した証。
大和は、笑わずにはいられない。
片井の姿勢に沸々と闘志が湧いてくるのである。
「鉄壁殿。今回も信じて良さそうだな?」
「
片井は『WSOの監査官』という言葉を避けた。
生配信は全世界に配信されているのだ。
大和はそれを察して力強く頷く。
「うむ」
「20分も持ち堪えられるんですか?」
「ほぉ。いうじゃないか」
「当然です。俺がダンジョン駆除をする前に、全てがおしまいになることだってあるんですからね」
「うむ」
「……で、どうなんです?」
「ふふ」
大和は、もう嬉しくて堪らない。
この湧き上がる気持ちに口角がグィインと上に持ち上がった。
「第105代目。内閣総理大臣、
「気合い入ってますね。俺も全力を尽くしますよ。お互いがんばりましょう」
「うむ! ……鉄壁殿。一ついいか?」
「なんです? まだなにか?」
「明日のご予定は?」
「なんのことです、こんな時に?」
「一緒に酒を飲まないか?」
「はい?」
「暗奏が駆除された平和なこの国で、ともに酒を酌み交わしたくなったのだよ」
「…………」
「どうだ?」
「総理の奢りですよ?」
「もちろんだ!」
「じゃあ、明日は空けときます」
「うむ!」
そう言って2人は電話を切った。
『うぉーー! なんか熱いぞ!』
『総理ええ人やん』
『友情芽生えちゃった?』
『漢』
『やらないか?』
『あーー!!』
『やるなw』
『こらwww』
『総理の壁を貫通してしまう鉄壁さんw』
『制限時間20分! 果たしてボス討伐なるか!?』
『鉄壁さんならできる!』
『応援してるよぉおお!!』
コメントは大盛り上がり。
そんな中。
鎧塚防衛大臣はニヤリと笑う。
(フフフ。やはり片井
彼女は昨日のことを思い出す。
──それは一文字曹長と片井が出会って直ぐの時間帯。
「エリンちゃんって言ったかしら?」
「うん……。おばちゃん誰?」
「おばちゃんはこの辺に住む人よ。オホホ」
「どこに連れて行くの?」
「お母さん心配でしょ?」
「うん……。あのダンジョンの黒い手に連れて行かれたの」
「そうよね。私だってあなたのお母さんが心配だもん」
「うう……。お母さん……。うう……」
「それでね。自衛隊の人がね。エリンちゃんのお母さんについて話してるのよ。ちょっと聞いてみない?」
「うん! 行く!!」
鎧塚はエリンを連れ出した。
自衛官らの会話を盗み聞きさせる。
「暗奏。封鎖が決まったらしいぞ」
「100人の防御魔法が得意な探索者を集めてるんだって」
「じゃあ、防御魔法で封鎖すんのか……。これで黒い手は出て来なくなるけどさ。囚われた人は生き埋めだよな」
エリンはこの話を聞いて号泣した。
「封鎖するなんていわないでよぉおおおおお!!」
と、丁度そこに片井と一文字曹長がやってくる。
「うぁああああああん!! 人間は最低だぁあああああ!!」
自衛官が身を乗り出すエリンを制止する。
「どきなさい。危ないから」と彼女の体を引っ張ると、
「お母さぁああああん!! うぁああああああああああああああああああん!!」
彼女は更に泣いてしまうのだった。
(ああ、ごめんねエリンちゃん。もう、この手しかなかったのよ。鉄壁さんと噂される、最強の探索者、片井
鎧塚の作戦は功を奏した。
片井はエリンの泣き声を看過できなかったのだ。
総理は片井の優しさから暗奏攻略に繋がっていると思っていたが、その優しさを引き出したのは他でもない。美魔女の魔法だったのである。
そして、現在。
(片井
ダダダダーーーーンッ!!
突然、屋上からの銃声。
「総理。今のは銃を使った音です。監査官の部下が屋上の電気錠を破壊したのでしょう。これで館内に侵入したことになります」
「うむ。監査官は10階だ。照明のつかない真っ暗な館内を進むにはそれなりに時間がかかるだろう。私たちは鎧塚防衛大臣が準備してくれた、この図面を使って妨害作戦を仕掛けよう。急がなければならない……。動ける部下が50人は必要だな。桐江田一尉は封鎖作業に入ってくれ」
そんな時。
複数の自衛官たちが総理の前にやって来た。
真ん中には1人の男を拘束している。
ブランドのスーツに身を包み、手首には高価な腕時計。
しかし、見た目はひょろひょろの体格で目の下にはクマのある男だった。
「総理! ピクシーラバーズの館長、
「うむ。よくやってくれた」
大和は
その力はすさまじく、片手で軽々と持ち上げてしまう。
「
「わ、わ、私は知りません! な、な、なんのことだかさっぱりですぅう!!」
「ほぉ……。では、貴様の胸ポケットに入っている携帯を確認しようか。不思議なことに、私の方からは
「ひぃいいいいいいいいいい!! やめてくれぇええええ!!」
案の定、彼の携帯には怪しい番号との通話記録があった。
大和は片眉を上げる。
「ふぅむ。私が知っている
ガチャ。
「ブヒョォオオ!
「…………」
「おい! なんとかいえ
大和は携帯を切った。
「
地上では激しい戦いが始まろうとしていた。
一方地下60階層。
ボスルームでは、片井がダンジョンボスと対峙していた。
樹の表面から大きな顔が出たかと思うと、その口角はニンマリと上がった。
『おまえが私の手を潰した者か……。どんな探索者かと思えば、随分と小柄な男だ』
「モンスターが喋る……だと?」
片井に与えられた討伐時間。
残り20分。
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