第82話 地下戦と地上戦

 あと2分以内。

 暗奏に囚われた2352人を見つけ出さなければならない。それが総理との約束。


 黒い手の主がボスモンスターだというのなら、囚われた人たちは、この中にいるはずだ。

 それにしても、広いボスルームだな。

 まるで地下世界のようだ。

 周囲の壁がわずかな光を発しているので中は明るい。

 天井は吹き抜けのようになっているのだが、空は見えないな。

 光源の仕組みは謎だが、とにかく視界は良好だ。これならいいボス戦が配信できるだろう。


 そして、この部屋の真ん中にいるのが、


「デカいな……」


 見上げたのは巨大な樹。

 表面は黒く、煤でまみれているように見えた。

 その高さは100メートルを超えているだろうか。

 まるで高層ビルのような大きさである。

 その本体から、木の枝のように真っ黒い手がニョキニョキと生えていた。


「こいつがダンジョンボス……」


「鉄壁さん! 見て! 樹の表面!」


  衣怜いれの指差す方向には人の上半身が見えていた。その周りには、他の人の手やら足やらが飛び出ている。

 それらはかろうじて動いており、生気を感じさせた。


 養分にしてるのか? 

 理由はわからんが、まだ、みんなは生きてるようだ。


「コウモリカメラ。あの樹の表面を映してくれ。囚われた人々の部位をアップでな。みんなかろうじて生きてる」


 残り30秒か。

 生配信、観てるだろうか?


「総理! 約束どおり5分以内にボスルームに到達して、囚われた人たちを見つけましたよ!」

 




 地上では、大和総理が監査官の進行を妨害すべく画策していた。


 美魔女の防衛大臣、鎧塚は図面を広げる。


「これはピクシーラバーズ本館の図面です。監査官と 翼山車よくだし局長がいる屋上の扉は暗証番号タイプの電気錠になっております」


「ふぅむ。電気で制御する鍵のシステムだな。停電している場合はどうなるのだ?」


「通電していませんからね。暗証番号を入力することはおろか、開けることはできません」


「では、屋上から館内に入るにはどうするんだ?」


「電気の復旧。もしくは、ドアノブの破壊です」


「なるほど。少しは時間が稼げそうだな」


 その時。

 桐江田一尉が総理の前に立つ。


「鉄壁さんがボスルームに到達しました! 2352人も、なんとか生きているようです!」


「おおおお! ご、5分で見つけたのか!?」


「はい! 総理と約束されてから、たった3分でボスルームに到達。わずか1分30秒で囚われた人々を発見しました!!」


「うぅううむ!! あっぱれ!! 流石は鉄壁殿だ!!」


「はい! 流石は鉄壁さんです!」


「うむ。次はボス討伐までの時間を提示せねばならんな」


 喜んだのも束の間。

 桐江田一尉の表情は曇った。


「暗奏の封鎖には1時間は必要かと思われます。どういたしましょう? 着手しますか?」


「片井殿に与えられる詳細な時間配分を知りたい。封鎖が完了した場合。ボスモンスターを倒すとどうなる?」


「放出されるはずだった魔力は、封鎖した壁で封じられて地下に停滞します。そのまま土に還るので、彼らは生き埋めになるでしょう」


「では、少しだけ隙間が空いていればどうだ?」


「専門家曰く、隙間が空いていれば魔力の放出は可能。人の脱出はできるという見解です」


「つまり、魔力の放出を可能にして、人が通れる隙間が必要ということか?」


「はい」


「この切迫した状況。一尉ならどう切り抜ける?」


「封鎖する壁を2対に分けるのがいいと思います」


「ほぉ。詳細を聞こう」


「1対の壁で暗奏の入口3分の2を封鎖します。もう1対の壁は3分の1の大きさにして、最終的に空いた所に栓をする形をとるのです」


 これには鎧塚防衛大臣が口を挟んだ。


「監査官のSS級判定は魔力測定器によって行われます。暗奏から漏れる魔力をその測定器で量るのです。1ミリでも隙間が空いていればそこから魔力が漏れて計測されてしまいます。つまり、繋ぎ目もしっかりと閉じる必要がある」


 総理は腕を組んだ。


「ふむ。では2対の繋ぎ目はどうする?」


「土属性魔法と防御魔法で密閉接着させます」


「うむ。桐江田一尉に抜かりはないようだな。では、その栓をするまでがギリギリ鉄壁殿が助かる時間というわけか。時間配分はどうなっているのだ?」


「2対の壁を完成させるのに20分。あとは接着密閉の時間で40分です。つまり……」


「接着密閉の前までか。その作業に入ると、もう出てくることはできない。鉄壁殿に与えらえた時間は20分ということだな。その間にダンジョンボスを倒せば助かるということだな」


「はい!」


「20分と40分を足して1時間。これが監査官が到達するまでの時間猶予だ。それまでに監査官が地上に降りて暗奏の魔力を測定器で量ったら、この国はお終ってしまう」


 大和は鼻で嘆息。


「要するに、これから1時間は監査官を足止めする必要があるのか……」


「あの……。お言葉ですが……総理」


 と、一尉は子供のような顔つきになった。


「て、鉄壁さんが20分以内にダンジョンボスを倒せば、監査官の足止めは必要なくなりますよ。この国は助かるんです」


「なるほど……確かに。しかし、その20分の間に黒い手に連れ去られた2352人も救出が必要なんだがな」


「できます!!」


「……ほぉ。随分と言い切るじゃないか」


「だって、鉄壁さんだもん!」


「だもん?」


「あ、いえ……。鉄壁さんですから! 絶対に大丈夫です!!」


「ほぉ……。厚い信頼だな」


「はい! 鉄壁さんはダンジョンじゃ無敵なんです! すっごく強いんです!!」


「……確かにな。彼の強さには見惚れてしまう。それに……。なんというか、優しいんだ」


「そうなんです! そうなんです! そうなんですぅううううう!! 鉄壁さんは優しくてとっても素敵なんですぅううう!!」


「一尉は、彼のファンなのかい?」


「あ……。いや……」


 と、全身を赤らめる。


「ふっ……。思えば……。私たちが動いているのは、彼の優しさから始まっていたな」


「え?」


「彼は一文字曹長の依頼を断った。政府の命令だった暗奏封鎖の依頼を断って、自分の判断で攻略に足を運んだんだ。その根幹にあるのは囚われた2280人の救出をすること。総理の私でさえ犠牲にしようとした尊い命を、彼は身を挺して助けようとしているんだ。これが優しさといわずしてなんと言おうか」


「……ですね。私たち、鉄壁さんの優しさで動いてます」


「彼は侍だよ。この国を護る存在だ」


「はい。今も戦ってくれてます! みんなのために!」


「うむ。ダンジョン攻略は彼を信じよう。我々は自分の責務を全うするのだ」


「はい!」


 総理は鉄壁さんに電話をした。


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