第81話 鉄壁さんは諦める

 暗奏の封鎖開始時間まで、残り10分45秒。


 俺たちは50階層へと到達した。


 しかし、


「ああ、鉄壁さん……。ないよ。ボスルームがない! まだ下の階があるんだ!!」


 確実にダンジョンが成長している。

  光永みつながが攻略に向かった時より広くなっているんだ。


 ボスルームは更に下か?


 残り時間は10分。


 このまま進んでも、時間が足りない……。


 そんな時。

 総理からテレビ電話が入る。


「鉄壁殿……折り入って相談があります。生配信を一時中断してくれると助かる」


「……わかりました」


 とりあえず、コウモリは一時停止だ。


 総理は真っ直ぐに俺を見つめた。


「悪い知らせだ」


 ここにきてその顔、そういう展開だと思ったよ。


世界探索機関ワールドシークオーガニゼーションの監査官が日本に到着した」


 ついに来たか。


「現場の到着までにはどれくらいですか?」


「もう着いている」


「……え?」


「少し、予想外のことがあってな。 翼山車よくだしが自家用ヘリを使ったのだ」


「はいいい?」


「彼の目的はわからんがな。そのヘリで監査官を来場させてしまったのだ。その影響で到着時間が大幅に短縮されてしまった」


「では、もう認定を受けてしまったのですか?」


「いや。ヘリコプターはピクシーラバーズの本館、屋上に着陸した。本館は10階になる。そこから降りてくるにはまだ時間が稼げるんだ」


 時間を稼ぐ。

 そうか、この発言が国際問題に発展しないようにコウモリの録画を止めさせたんだな。

 でも、待てよ?


「封鎖には1時間かかるんですよね?」


「ああ」


「それを考慮したら、もう封鎖を開始するべきですよね?」


「なんとか時間を作る」


「どれくらい?」


「本館を停電させた。満月とはいえ、この深夜に真っ暗な館内を降りて来るのは時間がかかるだろう」


 なるほど。

 総理もかなり動いてくれているんだな。


「……で、その作戦でどれくらい時間が稼げるんですか? 俺の探索にはどれくらいの時間が貰えるんでしょうか?」


「これから館内に潜入して暗闇の中で妨害作戦をかける。1時間は稼げるだろう。だから……」


 と、総理は大きく息を吸った。


「5分だ」


 随分と縮まったな。


「じゃあ、コウモリの録画を再開します。総理。その条件をみんなに公開してください」


 彼はまっすぐにコウモリカメラのレンズを見つめた。


「5分以内にボスルームに到達し2352人を見つけてくれ。鉄壁殿がボスを討伐する時間はそこから更に考慮しようじゃないか」


 なるほど。

 まずは、攻略の糸口を知りたいんだな。

 ボスの討伐時間はそれからか。

 

「鉄壁殿。約束できるか?」


 やれやれ。

 こういうのを無茶振りっていうんだがな。


「約束するしか選択肢はありませんからね」


「あなたは不思議な男だな。……あとは任せた」


 そう言って電話を切る。


 やれやれ。

 もう、4分55秒か。


 この間にダンジョンボスを見つけて、囚われた者たちを探し出す。


 俺の脳内はフル回転。

 様々な戦略が頭の中を駆け巡る。

 同様に、コメントも大荒れだった。


『総理。無茶振りぃいいい!!』

『いきなり5分て。なにがあった?』

『いや、無理無理』

『どうやって5分でボスルームに行くだよ!』

『無理ゲー乙』

『手がかり無しじゃん!』

『まさか詰みか?』

『アイム ソーリーー! そりゃねぇぜ!』

『オワタ』

『5時間の間違いだよな?』


 さぁ、なにができる?


 イッチーは倒れ込んだ。

 深く項垂れる。


「ああああ……。そ、そんな短い時間で……。ボスルームすら見つかる気配がないのに……」


  衣怜いれは涙を溜めていた。


「ね、ねぇ……鉄壁さん。封鎖が完了した場合。それからダンジョンを攻略したらどうなるのかな?」


「ダンジョン駆除が成功すると、その魔力は出口を通して外に排出される。それと同時にダンジョンは消滅して、俺たちは地上に出ることができるんだ。しかし、入り口が封鎖されていた場合。魔力の放出がなくなって、俺たちは排出されなくなる。ダンジョンは消滅して地球が構成する土となるが、俺たちは地下に居座ることになるから……。つまり……」


「い、生き埋め……」


 エリンは泣きながら俺にしがみ付いた。


「お兄ちゃん……。お母さんは? た、助かるんだよねぇ? お兄ちゃん……」


「…………」


「お兄ちゃぁあん! 信じてもいいんだよねぇええええええ!?」


 そんな時。

 むせ返るような熱気がダンジョンの奥より押し寄せた。


 この感覚。


「鉄壁さん! 黒い手です!!」


 イッチーは鞭を構えた。


 もう時間がない。


 やれやれ。






「諦めるか……」






 みんなは俺の言葉に目を見張る。


「え……。な、な、なにを言っているのです。鉄壁さん!?」


「う、嘘だよね?」


「お兄ちゃん……?」


 いや。



「こんな場面で嘘を言っても始まらないよ。もう諦めよう」


 

 イッチーは眉を寄せた。


「わ、私はまだ戦えます!! さ、さっきはつい弱音を吐いてしまいました。でも、ま、まだ希望はあるはずです! 諦めないでください!! 防御をお願いします鉄壁さん!!」


「そ、そうだよ!! まだ諦めちゃダメだよ!!」


「お兄ちゃん!!」



 …………………………………………うん。


 やっぱり。


 どう考えたって無理だよな。


 4分で何ができるってんだよ。




「諦めるしかない」




 そうなんだ。

 だって、考えてくれよ。

 ああ、もう3分56秒だ。

 これじゃあ、せいぜいカップラーメンを作って食べることくらいが限界だろう。

 うん。




「諦めよう」




 イッチーは黒い手に捕まった。


「鉄壁さぁああああん!! 私はあなたを信じてましたぁ!! 総理だって!! この国のみんなだって!! あなたを信じてましたぁあああああ!!」


 俺は彼女から目を逸らした。

 その仕草は彼女からすれば冷たい態度に見えたかもしれない。

 でもさ、


「……諦めるしか方法がないんだ」


「鉄壁さぁああああああああああああああんッ!!」


「…………」


 さて、行動に移ろうか。


 俺は 衣怜いれとエリンを抱え込んだ。


「イッチー。鞭。離さないでくれよ」


 俺は彼女の鞭をガッシリと掴む。


 さっき、目を逸らしたのはこの鞭の先を目で追っていただけなんだよな。

 このパターン、前にもやったかもしれんが……。


「イレコさん! 黒い手を斬ってください!! このままじゃ連れて行かれます!!」


 俺は 衣怜いれの動きを止めた。


「いや。このまま行こう」


「「「 え!? 」」」


「諦めると言ったのは、%だよ」


「い、意味がわかりません!」


「あらかじめ、俺たち4人の装備には 潜伏ハイド 防御ディフェンスが仕込まれている。だから、多少の打撃には無傷なんだ」


 黒い手はイッチーを引き込んだ。

 彼女の鞭を持っている俺たち3人も同時に。


 暗奏に突入した方法と同じやり方だな。

 ま、今回はエリンが増えたけどさ。


バグン! バグン!


 これって、色んな場所に体が当たって傷つくんだよな。

 でも今回はダンジョンの中なので、 潜伏ハイド 防御ディフェンスでダメージはないけどさ。


「鉄壁さん! %、とはどういう意味なのですか? 説明してください!」


「みんなを無傷でダンジョンを攻略するには100%の安全策が必要だったんだ。でもな、もうそんなことは言ってられない。可能性が100じゃなくてもな。やるしかないということさ」


「……まだわかりませんよ。ど、どういう意味なんです?」


「この黒い手。どこに行くと思う?」


「それは……主の元ではないでしょうか? 大きくて凶悪なモンスターが潜んでいるのだと思います」


「だよな。でも、一向に遭遇する気配がない。それどころか、黒い手が強襲する時間の間隔が迫ってきている。さっき来たのは15分前だった」


「触手の主が近くにいるということでしょうか?」


「ああ。でも、その先はわからないよな。このままモンスターの胃袋の中に入ってしまう。なんてことも考えられる」


「じゃあ、どうして捕まっているのですか?」


「気が付かないか? この異様に速い移動速度に」


「??」


「S級探索者の 光永みつながは24時間で20階層までしか進めなかった。しかし、 翼山車よくだしが電話を受けた時。一瞬でボスルームまで到達していたんだ。この意味さ」


「なにか速い移動手段ですよね……。え? ま、まさか」


「そのまさかだよ。このダンジョンには転移魔法陣は存在しない。だったら瞬間移動じゃないんだよ。物理的に速い移動手段があったんだ」


「移動手段は、こ、この黒い手。つまり、この黒い手はボスモンスターの触手だったのですか!?」


「あくまで推測だよ。だから、賭けなんだ。100%の安全策は諦めたんだよ」


  衣怜いれは力強く指を差した。


「鉄壁さん! あそこ!! 大きな門がある! ボスルームみたいだよ!!」


 やれやれ。

 どうやら、この行動は理に適っていたようだな。


衣怜いれ!」


「うん!」


 彼女は大剣で黒い手を斬った。



ザクンッ!!



 俺たちは着地と同時に体勢を整える。

 イッチーは懐から魔力コンパスを取り出した。

 どうやら、階層がわかるらしい。


「ここは60階層です!!」


 一瞬で50階から60階まで移動したようだな。

 1分もかかってないぞ。

 やはり、 光永みつながもこの方法で移動したんだ。

 まぁ、彼の場合、この謎に気がついて意図的にやったかは謎だがな。

 疲れ果てた末に、黒い手に捕まって、運良くボスルームに到着して……。

 とは、考えすぎか。

 ま、どちらにせよ、俺の理論は正解だったらしい。


「て、鉄壁さん……。す、すごいことなのですけども……。も、もう少しわかりやすく行動していただけませんか?」


「え? なんで?」


「うう……。す、すいません。一度でもあなたを疑った自分に自己嫌悪です」


 凄まじい熱気が俺たちを襲う。


「お兄ちゃん! 黒い手が来たよ!!」


 それは100本を超えていた。


 やれやれ。

 随分と多いな。

 やっぱり本拠地は格が違う。




攻撃アタック 防御ディフェンス




 一気に10枚張りだ。


 なかなかに壮観だな。

 触手の進行は俺の壁で食い止める。




ドドドドドォオオオオオオオンッ!!


 


 全ての触手を防御する。

 

 んじゃあ、派手にいってみますか。




「壁パンチ。壁パンチ。壁パンチ──」




ドドドドドドドドドッ!!


 打撃の10連打。





ベチャァアアアアアアアアアアアッ!!





 黒い手は瞬く間に消滅した。


「お兄ちゃん! やったーー!!」

「す、すさまじいです……。ひゃ、100本は超えていたのに一瞬で…………」

「あは!! 壁パンチの連撃だ! すごい!!」


 ふぅ……。


 俺たちが見上げた先には、がいた。


「確率は100%じゃあ、なかったんだけどな。……ま、95%くらいは確信していたけどね」


 黒い手の主。

 その正体。


 ついに来たようだな。


「鉄壁さん! ここは間違いなくボスルームです!! そして、あれが……」


 目の前にいるのが、


「ダンジョンボスだ」


 コメントは凄まじい速度で流れていた。


『一瞬で着いたーーーーーー!!』

『うぉおおお!! すげぇえええええ!!』

『壁パンチの連打ぁああああああ!!』

『かっけぇええええええええ!!』

『熱すぎぃいいいいいい!!』

『痺れたw』

『ヤバw 激アツやん』

『最高の展開!』

『5分以内でボスルーム到達www』

『できるんかい!w』

『なぜ、それを早くやらなかったしw』

『 超 展 開 』

『正に、があったか!』

『展開早すぎwww』

『ちょwwwwwwww 強すぎワロタwwwww』

『鉄壁さんかっこよすぎっしょ!!』

『うぉおおお! ラストバトルかぁああああ!!』


 総理との約束は、あと2分。

 ボスルームには到達したからな。

 次は囚われた者たちを探し出す。

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