第80話 ああ、ここに来てもアイツが……

「ハイヤーー! どうどう!」


 総理の愛馬、火の丸号はいななきとともにその脚を止める。


『ヒィヒィイイイイイン!!』


 大和と桐江田一尉は現場に到着した。

 

 深夜2時30分。

 S級ダンジョン暗奏は厳重に閉鎖されていた。

 周囲60メートルの距離を確保。その醜悪な入り口に向かって照明が煌々と当てられている。


「一尉は封鎖の準備を頼む。探索者の指揮をしてくれ」


「はい」


「……わかっているとは思うが。今度は本当に封鎖だぞ」


「この国の命運がかかっております。重々承知しております」


 総理は周囲の自衛官に状況を尋ねた。


「監査官の到着時間はわかるか?」


 監査官とは 世界探索機関ワールドシークオーガニゼーション、通称WSOの使者である。

 暗奏をSS級認定することができる者のことだ。


 周囲の自衛官は眉を寄せる。

 それもそのはず。監査官の移動は機密事項なのである。

 一兵卒が知って良い情報ではないのだ。


 そんな時。

 総理の前に立つ女がいた。


「さっき、空港に着いたと連絡がありました」


 それは鎧塚防衛大臣。

 おそるべき美乳の持ち主。奇跡の美魔女である。


「まさか、鎧塚防衛大臣がここに来ているとはな」


「国家の危機ですからね。おめおめと寝ているわけにはいきません」


「助かるよ。あなたがいてくれて心強い」


「監査官が到着するにはあと1時間半はかかるでしょう。深夜2時ですからね。車の移動は快適なはず」


「ふぅむ……」


「暗奏封鎖に要する時間は1時間だということです。つまり……」


「実質のタイムリミットが30分か」


「はい」


「30分が過ぎれば暗奏の封鎖に着手する。桐江田一尉。いいな?」


 一尉は小さな手で敬礼した。


「了解しました」


 みんなは願った。

 1秒でも長く、信号機が赤になるようにと。

 いつもよりも多く、赤信号で止まってくれるようにと。

 なんならエンストして、車が故障する奇跡が起きないものか、と。


 そんな時である。

 けたたましい音が周囲に響いた。




バババババババババババッ!




 それは空を飛ぶヘリコプターだった。

 ピクシーラバーズの上空を飛空する。

 機体からはライトが照らされ、そのまま本館の屋上に着陸した。


 ヘリコプターから顔を出したのは肉の塊だった。醜悪な顔は誰もが見覚えのある人物である。


 邪悪で強欲。


「ブヒョヒョヒョォオオオ……」


 その口臭は12月の寒気にさらされる。毒沼のような臭気を放っていた。


 ダンジョン探索局の 翼山車よくだし局長である。


「私は降りる時に体が少し引っ掛かりますのでね。ミスタージェネスが先にお降りください」


 機体から降りたのは大きなアタッシュケースを持った男だった。

 男は分厚いコートを着ており、その下から見える衣服は少し特殊だった。スーツ姿のようでもあり、教会の牧師のようでもある。

 帽子を被っており、プロペラの風に飛ばされないように抑えていた。


 彼の名はミスタージェネス。


 その襟にはWSOのバッジが光る。


  世界探索機関ワールドシークオーガニゼーションの監査官である。


「どうです? 私の自家用ヘリならば、車よりも早かったでしょう。ブヒョヒョヒョーーーー!」


  翼山車よくだしは海外で株を買っていた。

 それは、片井の生放送の時にスポンサーと結んだ契約。スポンサーボーナスシステムで背負った50億円の赤字を帳消しにするほどの量である。


(ブヒョヒョヒョ〜〜。この国がSS級認定を受ければわしが買い占めた株価が跳ね上がる! そうなれば100億は儲かるのだよぉおお。ブヒョヒョヒョォオオオオ!)


 株の売買における基本ルールとして、企業間での事前情報の入手というものがある。これはインサイダー取引と呼ばれており違法行為に該当する。

 しかし、自然災害の影響による株価の上昇予想は、違法とは見なされていないのだ。

 ダンジョンの区分は自然災害である。よって、 翼山車よくだしの計画は、法律上無罪だった。


(ブヒョヒョヒョ〜〜。こんな国、滅ぼうがどうでもええわい。わしは海外の豪邸で遊んで暮らすのだからな。ブヒョヒョ)


 彼は元々この計画を練っていた。日本の株価が下がることを見越して大儲けの算段を立てていたのである。

 余裕のある財産で株を買う予定が先のスポンサーボーナスの件で財産が尽きてしまった。よって、今回の株は借金を背負う形となる。

 しかし、暗奏の件、大筋はこの海外市場の株による金儲けが本懐だったのだ。本当に金稼ぎだけはズル賢い男である。


「さぁ、ミスタージェネス。ここから見えるのがS級ダンジョン暗奏でございますよ。早く下に降りて監査をやってしまいましょう。ブヒョヒョ。これも世界平和のためですよ。私は世界平和のためならば努力を惜しみません。さぁ、地球のため。人類のため。平和のために参りましょうぞ。ブヒョヒョヒョォオオオオ!」


 地上では鎧塚防衛大臣が部下から連絡を受けていた。


「総理。どうやら、あのヘリは 翼山車よくだし局長の自家用機らしいです。監査官を乗せて来たようですよ」


「なにぃいいい!? 到着が早すぎる! 局長は何を考えておるのだ!?」


「わかりません」

(ガマガエルのことだ。大方、良い金儲けの方法が思いついたのだろう。最悪のシナリオだわ)


「きょ、局長は我々を裏切ったのか?」


「詳細はわかりませんが、そうとしか考えられません」


翼山車よくだしぃ……」


 大和は 翼山車よくだしに電話をかけた。


「ダメだ……。出ない……」

(明らかに、意図的に無視されている)


 この状況を察知したのは桐江田一尉だった。




「総理。……封鎖の開始でしょうか?」



 

 これは今回の作戦で大前提の話。

 暗奏のSS級認定は、封鎖中でもその判定が実施されるのである。

 つまり、監査官が暗奏の入り口に行くまでに封鎖が完了していないと、認定を受けてしまうのだ。

 また、1度でもSS級認定を受ければ、それは世界の歴史として刻まれ、その経歴によって日本の外交が不利になるのは明白であった。


 よって、絶対に、圧倒的に認定を受けてはいけないのだ。

 認定を受けた1秒後に封鎖が完了しても、日本には多大なる被害がもたらされる。

 例を1つだけ挙げてみよう。

 もしも、日本のダンジョンがSS級認定を受けた場合。

 石油の値段は5倍以上に跳ね上がると言われている。

 つまり、付随するガソリンや石油製品、運搬費用も5倍以上に跳ね上がるということだ。

 これだけでも、庶民の被害は容易に想像できるだろう。


 大和は空を見上げた。


「今宵は満月か。良い夜だな」


「総理。ご決断を」


 大和はニヤリと笑う。



「封鎖はまだ早い。ピクシーラバーズの本館は10階建てだろう」



 桐江田一尉も笑った。

 その言葉の意味を瞬時に理解したのである。

 暗奏があるのは地上。

 監査官がいるのは10階の屋上なのだ。

 ミスタージェネスが地上に降りて来るまでは時間が稼げるのだった。


 その瞬間。



ボンッ!!



 突然の音に2人は肩を上げた。


 音の出所は鉄の箱だった。

 それは自販機のようにそこに立っている。


 鎧塚防衛大臣が大きな石をぶつけて破壊していたのだ。


「これは配電盤です。ピクシーラバーズ本館の共用部の電源装置と繋がっております。今、破壊しましたから、これで共用部の電気は使えませんよ」


「……なるほど。それならば廊下の照明はおろか、エレベーターすら使えんということだな」


「各居室の電源は1階にある電気室で制御しております。念のため、今、部下に破壊するように指示を出しました」


「うむ。館内全ての電気を断つということだな」


「そういうことです」


「しかし、どうしてそんな配電盤があることを知っていたのだ?」


「私は防衛大臣ですよ。戦略の要になる手段は何通りも描いております。照明のつかない真っ暗な10階建て。さて、降りて来るのにどれくらいかかるでしょうね?」


 美魔女の魔術炸裂である。

 総理は扇子を叩いて喜んだ。


「うむ! あっぱれだ! 流石は鎧塚防衛大臣!」


 深夜の2時40分。

 満月の夜は長くなりそうである。

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