第77話 鉄壁さんと総理大臣

 俺は紗代子さんの電話を切った。

 周囲に魔法壁を張り巡らして、テントを張って休憩する。


「ちょっと配信も一旦、止めます。しばらくしたら再開しますんで」


 こんな時は焦って行動するより思考することが重要なんだよな。

 ダンジョン探索においてパニックになることがもっとも怖いことなんだ。

 絶望するより考える。これ重要。


真王まおくん。コーヒー入ったよ」


「ん。ありがと」ズズーー。


 さて、紗代子さんから貰った情報と合わせて現状を把握してみようか。


 現在は地下45階層。

 ダンジョンに潜って24時間が経過している。

 暗奏封鎖までのタイムリミットは、あと残り5時間だ。


 依然として、ボスルームは見えない。

 黒い手に連れ去られた2352人の行方も不明。


 S級探索者、 光永みつながの情報では40階がボスルームだった。

 でも、ダンジョンは成長していて、ボスルームがどこにあるのかさっぱりわからない。

 

 それに、紗代子さんの情報では 光永みつながに不思議なことが起こっていた。

 

光永みつながは24時間で20階に行くのが精一杯だったみたいだな。しかし、瞬時にして40階に移動した……」


 これはなぜか?


「瞬間移動したとか?」


 と、小首を傾げたのは 衣怜いれだ。


「うん。考えられるな」


 転移魔法陣を見落としたか?


「それは考えられません」


 一文字総長は小さなコンパスを出した。


「魔力コンパスです。階層を調べたり方位がわかります。あと簡易的なトラップ検知もしてくれるのです。転移魔法陣があればブザーが鳴って知らせてくれますよ」


「へぇ。そんな便利なアイテムを持ってんだな」


「探索自衛官なら常時携帯していますよ。転移トラップに対応する必需品ですね。コンパスが反応しませんから……。このダンジョンには転移系のトラップはないということになりますね」


 じゃあ、瞬間移動じゃないのか。

 瞬時にして20階から40階に行く方法……。


「……まいったな」


 まったくわからん。


「お、お兄ちゃん……。お母さん……。助かるよね? ううう……」


 いかん。

 エリンが今にも泣きそうだぞ。


「あ、エリンちゃん。クッキーあるよ。食べるでしょ?」


「う、うん……」


「大丈夫。お母さんはきっと助かるから」


「うん……ポリポリ」


  衣怜いれのサポートでなんとか泣かずに済んだな。


 タイムリミットまで、あと残り4時間。

 唯一の回復薬、ハイポーションは残り3つ。

 行くしかないか。


「これが最後の休憩だぞ」


 みんなは力強く頷いた。


 俺たちはテントを畳んで足を進めた。


 それから3時間が経過する。

 タイムリミットまで残り1時間。


 ダンジョンは50階層にまで到達していた。


 敵が強い。

 それに襲って来る数も多い。

 最下層に近づいている証拠か?

 しかし、依然としてボスルームが見えないぞ。


 俺たちは肩で息をしていた。


 敵を殲滅したその時。

 紗代子さんから電話が鳴った。


「社長。総理から電話が繋がっています」


「総理だと!? 総理大臣がなんで俺なんかに?」


「生配信のままでいいので話がしたいそうです」


 と、いうので、スマホをダンジョンの壁に向けた。

 最新の携帯にはプロジェクター機能が付いてるんだよな。

 これで、壁に映しながらテレビ電話が可能だ。

 これならば視聴者にも状況がわかるだろう。


 映写された画面には長髪のオールバックで仁王のような顔をした男が写っていた。

 歴代支持率No.1の内閣総理大臣、大和 先達だ。


 初めて会話なんかするけどさ……。

 なんで白装束なんだ?

 あれって切腹する時に侍が着る衣装だよな?


「鉄壁殿。初めてお目にかかる。私が第105代目、内閣総理大臣、大和 先達である」


「は、はぁ……」


 状況が読めんな。


「そこにいるイッチーとかいう者。おそらく探索自衛官だろう?」


 やれやれ。

 どうやら政府でも調査が進んだようだな。


 一文字曹長は観念してフードを外した。


「気づかれましたか。総理」


「やはりな。しかし、これで全てが繋がった」


「は? どういう意味でしょうか?」


「桐江田一尉は逮捕した。この意味がわかるな?」


「一尉から私の正体がわかったのですね?」


「違うな。おまえを特定したのは、私の推測にすぎん。おまえの上司は侍だったよ。決しておまえのことは話さなかったからな」

 

「一尉……」


「それに、鎧塚防衛大臣もな」


「え?」


「どうせ、彼女も気づいていたんだよ。おまえと一尉が組んで鉄壁殿を動かしていたことをな」


「……いえ。鎧塚防衛大臣は関係ありません。今回の件は私の独断で勝手に行動したことですから」


「ふっ……。だとしてもだ。連絡がつかなくなった時点で大臣には察しがついたことだろうよ。鉄壁殿が暗奏に侵入するには大勢の協力者が必要だ。そして、封鎖ではなくて攻略に向かった。これは、ダンジョンに囚われた2352人を助けるためだ」


「そ、総理!! そんなことを話しては!! 今、生配信中なのですよ!!」


 同意見だな。

 詳細はよくわからないけど、桐江田一尉と一文字曹長が政府から厄介者扱いされていたのだろう。桐江田一尉は逮捕され、総理が電話をしてきた。しかし、2352人は政府が隠蔽した事実だ。

 それを犠牲にして暗奏を封鎖しようとしていたんだからな。そんなことを公にすれば、世の中は混乱する。


「構わん。全て話す」


「え!?」


「あと1時間……。いや、55分と30秒か。時間が来れば暗奏は封鎖する」


「そ、総理!?」


「それまでの間に、私は国民に全てを話すつもりだ」


 ほぉ。

 流石は支持率歴代トップの総理大臣だな。

 誠実を絵に描いたような人だ。


 総理は後ろに下がると画面の中に全身が映るようにした。

 おもむろに土下座。

 そして、深々と額を床につけた。





「鉄壁殿。すまなかった。許して欲しい」



 


 えええええ!?

 総理大臣が俺に頭を下げた!?


「あなたに全てを背負わせてしまった。2352人の命を。そして、この国の未来を」


 し、信じられん。

 まるで夢を見ているようだな。


「時間が来れば暗奏の封鎖を実施する」


 それは当然だ。

 俺は納得した上でこの探索に挑んだんだからな。






「鉄壁殿。イレコ殿。一文字曹長。エリン女児の4人を加えた計2356人を生き埋めにする」





 おおお……。

 それを生放送で言ってしまうのか。

 同接は1億人以上いるんだぞ。


 しかも、俺たちは更に驚くことになる。





「暗奏の封鎖が実施されれば──」





 彼の言葉は歴史を揺るがす大事件となった。







「私は腹を切る!」






 そ、その為の白装束。

 手には短刀を持つ。



「国民の命を人柱にして、総理大臣が務まるかぁあああ!!」



 この人は本気だ!

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