第72話 ちーむわーく

〜〜片井  真王まお視点〜〜


 今は地下15階。

 ダンジョンに入ってわずか3時間だが、中々に大変な状況だ。

 

 俺の脇腹は出血している。

 こりゃ相当ヤバイな。

 

 10倍以上の魔法壁を張るのは結構な魔力を使うんだ。

 今までだって多用してきたからな。

 それに加えてこの脇腹の傷だ。


  衣怜いれの持ってるハイポーションを貰いたいがな。

 その取り出す隙を突かれる可能性があるんだ。

 スピードスターワイバーンは速い。わずかな隙を見せると攻撃してくる厄介な敵だ。

 万が一にでもハイポーションが破壊されたら回復すらできなくなるだろう。

 それだけは絶対に避けなくちゃあならない。

 

 そうなると、ベストなのは奴を倒してから飲むことなんだがな。

 この傷さえなければ俺1人でもやれたんだが……。


「んぐ……」


 どうやら、ふんばりが効かないらしい。


 状況を見たところ。

  衣怜いれもイッチーも深手を負っているようだ。

 彼女たちの攻撃も弱まっているだろう。

 そうなると、同時攻撃が望ましいな。


 スピードスターワイバーンはどこから攻撃してくるかわからない。

 さっきの魔法壁の衝突で相当に警戒しているはずだ。

 奴が狙っているのは俺たちの虚を突くこと。

 絶対に隙を見せちゃあダメだ。


 加えて動きの察知が必要になる……。

 丁度、脇腹が出血してるからな。

 この血を使ってやろう。


 俺は左拳に脇腹の血を溜めた。

 それはポタポタと雫を作って地面に垂れる。


 この動きで、奴の動きを予測する。

 

 すると、血の滴は俺の方へと向かって落ちた。


 一直線上の向かい風。


 また、俺に攻撃するつもりだな。

 魔法壁を発生させる俺が邪魔だと見える。


 丁度いい。

 この攻撃を止めてる間に2人に攻撃をしてもらえばいいんだ。


衣怜いれ! イッチー! 来るぞ!!」


 と、魔法壁を張ろうとした瞬間である。

 イッチーが気を失って倒れてしまった。


 なにぃい!?

 さっきのダメージが大きすぎたのか!


 スピードスターワイバーンは俺の手前で向きを変え、イッチーの方へと向かった。


 いかん!

 確実な方に狙いを定めたか!


攻撃アタック 防御ディフェンス!」


 しかし、遅すぎた。

 瞬時に出せるのは通常の魔法壁が精一杯。


 ワイバーンの突進は俺の魔法壁を難なく破壊。そのまま突っ込んでダンジョンの壁に激突した。

 

ドガァアアアアンッ!!


 モクモクと立ち上がる砂煙。

 瓦礫の山から顔を出したのはスピードスターワイバーンだった。

 

 ワイバーンが彼女を食った形跡がない。

 つまり、彼女はあの瓦礫の下敷き……。


「イッチー!」

「イッチーさん!!」


 わずかな望みを込めて大声で呼びかける。

 しかし、その声に反応はない。敵の攻撃をこちらに向けるだけだった。


『ギュゥアアアアッ!!』


 と、ワイバーンは奇声を発したかと思うと姿を消した。


 来るぞ。


攻撃アタック  防御ディフェンス20倍」



ガシィイイイイイイイイイイッ!!

 


 よし!

 動きが止まった。


衣怜いれ!」


「うん!」


 彼女は既に飛び上がっていた。

 同時に大剣を振り下ろす。


「たぁあああああああああああああッ!!」


ザクゥウウウンッ!!


  衣怜いれの斬撃がワイバーンの翼を切断した。


 さぁ、とどめだ。




「壁、パンチ」




 俺の一撃が壁を飛ばす。


『アギャァアアアアッ!!』


 スピードスターワイバーンは魔法壁とダンジョンの壁に挟まれて絶命した。


「ふぅ……。 衣怜いれ。大丈夫か?」


「うん」


「イッチーを探しに行こう」


 ああ、助かっててくれ……。


 その願いが通じたのだろうか。

 瓦礫の横の景色が霞んだ。

 それは不自然にグニャリと歪む。


「え? これって……」


 姿を現したのはエルフの少女と気を失ったイッチーである。


「お、おまえ……」


「へへへ。人間女は私が助けた」


「もしかして、咄嗟にイッチーを透明にしたのか?」


「うん」


「はぁ〜〜。つまり……目標を失ったワイバーンは壁に衝突したってわけか」


「へへへ。ちーむわーく」


「ははは。中々やるじゃないか」


 スピードスターワイバーンは緑色に輝く石に小さな石に変化した。


 翠玉魔晶石だ。

 これ1個で億単位のレアアイテム。

 まぁ、S級モンスターを倒すと財産的には相当に潤うんだよな。



 俺たち3人はハイポーションを飲んだ。


「プハーー! 良かったぁあ。なんとか全快してくれたぁ」


 ありがたいことに、俺たちの傷はハイポーションで回復できた。

 やはり、切り傷や骨のひび程度なら完全に治してくれるらしい。


 さて、7本あったハイポーションが4本になってしまったな。

 残りは貴重だが、


「はいこれ。飲めよ」


 と、俺はエルフの少女にハイポーションを1本渡す。


「え? こ、これって貴重な回復アイテムじゃないの?」


「だな」


「……そ、そんな。悪いよ」


「おまえの体。傷だらけじゃないか」


「…………」


「そんな姿。おまえのお母さんに見せてみろ。お母さんが心配するぞ」


「うう……」


 彼女は、申し訳なさそうに 衣怜いれとイッチーに目をやった。

 でも、2人だって俺と同じ気持ちだ。

 だから、優しく微笑むだけである。


「ほら。気にせずに飲めって。結構美味いんだからさ」


「う、うん……。ゴクゴク」


 すると、全身傷だらけだった彼女の傷が瞬時に治った。


「うわぁああ。傷が消えたぁ」


「ふふ。これでお母さんも安心だな」


「……人間男。人間女。人間女」


 と、俺たちを見つめた。


「ありがとう」


 すると、目から涙を流し始めた。


「ヒック……。ヒック……」


 いかん!

 情緒不安定だ。

 大声で泣かれたら、またモンスターが寄って来るぞ。


「声は──」


 と、俺が言いかけるまでもなく。

 彼女は声を押し殺して泣いていた。


 自分の大声がモンスターを呼ぶのに気づいていたんだ。


 小さな声で泣きじゃくる。


「お母さん。生きてるかなぁ? お母さん大丈夫かなぁ?」


 安心したのと同時に、張り詰めていた不安が爆発したのだろう。

 彼女の涙が俺たちの胸を締めつけた。


 俺は、彼女を優しく抱きしめた。


「大丈夫だ。きっと無事だよ」


 根拠なんてなに一つなかったけど。

 きっと、これが正解なんだと思う。


「うう……。ううう……」


 大丈夫。絶対に。


 しばらくすると、彼女の涙は止まってくれた。


「人間男……。人間女。人間女。ごめんね。私が大きな声を出しちゃったから、さっきのモンスターを呼んだんだよね」


 俺たちは顔を見合わせる。

 もちろん、その顔は笑顔だ。


「反省してるなら許してやるよ」


「うん。ありがとう」


「んじゃあ、4人で協力して、おまえのお母さんを助けに行くか!」


「うん! ちーむわーくだね。えへへ」


「そういうことだな」


「えへへ。よろしくね人間男」


「俺の名前は鉄壁だ」


「てっぺき……」


「んで、あっちのお姉ちゃんがイレコ。こっちがイッチー」


「ん……」


「おまえの名前は?」


 彼女は真っ赤になっていた。


「エリン」


 イッチーは彼女に頭を下げた。


「エリンさん。さきほどは助けてくれたありがとうございました」


「いいよ。えへへ。ちーむわーくだもん。ね? お兄ちゃん?」


 お兄ちゃん?

 まぁ、いっか。


「んじゃエリン。腹減らないか?」


「うん。ペコペコ」


「よし。それじゃあ飯にしようか。2人もいいよな?」


「うん。賛成!」

「ええ。私も」


「それから4時間くらい寝ようか。このまま進んでも、終盤でバテてしまってはお終いだからな」


 おっと。

 配信は一旦終了だな。


「んじゃ、そういうわけで、今日の配信はここまでです。次は5時間後くらいから生配信を開始しますんで。また、応援よろしくお願いしますね」


 チラリとコメント欄を見る。


『うはーーーー! お疲れ様ーーーー!』

『新キャラのエリンちゃん可愛いよぉお!』

『素直な子でよきよきーー』

『お母さん、絶対助かるからねーー!』

『おやすみーー! また5時間後w』

『めちゃくちゃ応援してます! おやすみです!』

『乙でした!』

『今日会社休むから! 全力で応援する!』

『俺は学校休みますw 行ってる場合じゃねぇしw 応援してます!』

『エリンちゃんもよくがんばったね! ぐっすり寝るんやで!』

『家族で応援してます! お疲れ様でした!』

『イレコちゃんもイッチーもゆっくりやすんでーー』


 ふふふ。

 みんなおやすみ。


 えーーと。

 同接390万人か。

 もう少しで400万人だったんだけどな。

 まぁ、もう自分記録は更新したし十分だろう。それに、おそらくだけど、生配信の日本記録は超えていると思うんだよな。これだけの数字が出てるなら配信者としては十分だろう。


 さて。

 テントの周囲に魔法壁を張って、休む前に紗代子さんと連絡を取っておきたいな。


 暗奏封鎖のタイムリミットまであと残り25時間か。

 休憩の5時間を引いたら残り20時間。

 今は3時間で15階層まで進んでいる。

 ダンジョンの最深部は40階層だから、残り25階層を20時間で攻略することになるな。


 計算的には問題ないが、深く潜るにつれて敵は強くなるだろうからな。

 油断は大敵か。




────

次回。

翼山車よくだし局長の回です!

生配信のテレビ放送権を獲得できて、色々と画策する模様。

お楽しみに!

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