第73話 テレビ VS 生配信 (前編)

 深夜2時。

 鉄壁さんの生放送が終わって直ぐのこと。


  翼山車よくだしは各スポンサーとWEB会議を開いていた。

 独占配信の契約ができたことを報告すると、各スポンサーから条件が提示される。


「ブヒョ!? ボーナスシステムですと!?」


 それはスポンサーの独自のルールだった。

 ネットとテレビとで同時放送をする時にだけ結ばれる契約。もちろん、不本意ならば却下ができる任意の契約である。


「ブヒョ! ネットの視聴者数に勝てば100億円のボーナスが貰えるですと!?」


  翼山車よくだしは身を乗り出した。


 スポンサーボーナスシステム。


 テレビの視聴率がネットを上回れば100億円のボーナスが貰える。しかし、1度でも下回れば100億円の罰金である。

 この100億は各自スポンサーが連名で支払う金額になっている。

 テレビがインターネットに勝つために生み出された苦肉の戦略。

 注目度の高い放送だけに適用される。

 契約は任意なので、大きなギャンブルといえよう。

 しかし、 翼山車よくだしは飛びついた。


「やる! やるに決まっておるわ!! スポンサーボーナスシステムの契約じゃあああ!!」


 このシステムはスポンサーに大きなメリットがあった。

 ネットに勝つほどの人気放送ならば広告の効果は絶大なのだ。

 また、ネット配信より下回り、テレビ放送が負けたとしても100億円が貰えるのである。


「ブヒョヒョヒョオオ! 運がわしに回って来た! ネットでテレビに勝てるわけがないのだ。グハハハハ!!」


 局長の笑いは止まらなかった。

 片井のチャンネル登録者数は現在190万人。倍以上の視聴があったとしても、たかだか400万人程度である。


 一方、視聴率の計算はスポンサーサイドがやるに基づいていた。

 視聴率10%で1千万人。つまり1%=100万人。至極簡単な計算方法であるが、これは複雑な計算式により導き出された最適な数字のようである。

 ネットの普及により、全盛期より落ちているとはいえ、 翼山車よくだしが10%も稼げれば余裕で勝てる試合なのだ。


 これは絶対に当たる万馬券を買っているようなモノである。

 謂わば勝ち確。

 なにせ、この独占テレビ生中継には確実な話題性があったからだ。


「ヌフフフフ。視聴率30%は確実か。よって3千万人の視聴者数は確保できる。まぁ、10%でも確保できれば1千万人の確保でわしの勝利だがな。グハハハ!」





 

 朝9時。

 暗奏封鎖まであと18時間。


 局長の前に、エルフのディネルアが立った。


「総理からお電話が来ております」


 それは鼻息の荒い声だった。


「鉄壁さんこと、片井の説得はどうなったのだ?」


「はい。事務所を通じて引き返すように促したのですが、言うことを聞いてくれません」


「なに!? では片井の独断で暗奏攻略に乗り込んだのか?」


「いえ、他の自衛官の協力もあったかと思われます。あと18時間以内にボスモンスターを倒せばダンジョンは消滅。監査官の認定もされることはないでしょう」


「では、彼は認定の時間内にダンジョン駆除をしようとしているのか?」


「はい。おそらく」


 これらの情報は、第3回緊急暗奏対策会議の時に知っていたことである。

 しかし、彼にとってはダンジョン駆除などはどうでもよく、高い視聴率を稼げればそれだけでいい。

 紗代子を通じて、片井に引き返すことを要求していないのは明白だった。


(ブヒョヒョヒョ。18時間以内に駆除が成功すれば何も問題ない。それに駆除が不成立でも封鎖は実行されるのだからな。封鎖の手前でカメラの不調を訴えて、生放送を切ればいいだけ。ククク。どう転んでもわしが得をするのだよ。日本は安泰。そしてグフフ。わしは50億円の利益を得る。いや、ボーナスが出れば150億円か。ジュフフフ。ヨダレが止まらんわい)


「片井は……。いや、片井殿は自分の身を挺して探索をしてくれているのか?」


「はい。片井の部下からはそう聞いております」

(ブヒョヒョ。どうでもいいわい。単なる目立ちたいだけだろうが。所詮は配信者。利用するだけしか価値のない存在なんだよ)


「片井殿は侍だな」


「は?」


「感動した」


「は、はぁ……」

(暑苦しい男だのぉ……)


「桐江田一尉が逮捕されたからな。これから事情を聞こうと思う。彼女の部下だった一文字曹長は今だ見つからない。引き続き捜査を続行するつもりだ」


「おお、それはお早い対応でしたな。流石は総理」


「生放送では有名芸能人をコメンテイターにして国民感情を操作するのだろう?」


「もちろんでございます。緊急特番の枠を只今作らせております。政治評論家。ダンジョン探索研究家はもちろんのこと。有名アイドル。お笑い芸人を起用して、最高の視聴率を目指すつもりでございます」


「うむ。ならば、寄付も募りたいな」


「ほぉ。寄付ですか?」


「暗奏の周辺住民には相当な被害が出ているからな。暗奏の災害による復興支援金だよ」


「素晴らしいアイデアです!」

(けっ。どうでもええわ。そんなもん)


「それに、ダンジョン駆除の暁には祝杯をあげようか。そのスタジオの準備も頼めるかな?」


「は、はい。もちろんでございます」

(しょうもなーーーー。S級探索者の 光永みつながが討伐不可能だったダンジョンボスをD級探索者の片井が倒せるもんか。殺されるのがオチなのだよ。今は封鎖理由を考えるのが得策だわい。テレビの生放送で広告料を稼ぐだけ稼ぎ、ダンジョンは封鎖する。それがベストの選択なんだ。ブヒョヒョ。加えて、政府が暗奏の駆除に尽力したことを国民にアピールできれば申し分ない。クソ真面目なあんたの支持率は更に跳ね上がるだろうよ。わしはあんたの陰で美味しい汁を吸わせてもらうからな。ブヒョヒョヒョーー!)




 朝10時。

 暗奏封鎖まであと17時間。


 テレビでは緊急生放送が行なわれていた。

 一局だけが鉄壁さんの生放送を独占して放送しているのだ。


 バトルなどの見どころはそのままの画面で映し、起伏の少ない移動シーンは小さなワイプにして評論家たちが解説を入れた。


「教授。暗奏がSS級認定をされると、この国はどうなるのでしょうか?」


「おそらく中国とロシア、アメリカが動きます。移住先まではわかりませんが、100万人単位の探索者が来るでしょうね」


「100万人の外国人探索者ですか。そうなると、日本の治安は悪化しそうですね」


「はい。日本はSS級ダンジョンの所持国として迫害を受けるのです。加えて、外交は圧倒的に不利になります。日本製品は海外に安く買い叩かれて、海外製品は高く買うことになるでしょう」


「じゃあ、それって、他国からすればダンジョンが駆除されない方が有利なのでは?」


「そういうことになりますね。ダンジョンが政治的ギミックとして利用されるのです」


「うーーん。それは日本のためにはなんとしても駆除を成功してもらいたいものですね」


「はい。なんとしても鉄壁さんには駆除を成功してもらいたいです」


「ここで、カリスマ女子校生のミャルルさんがスタジオに到着してくれました。ミャルルさん。鉄壁さんの探索についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」


 それは金髪のツインテールの少女だった。

 耳のピアスは数えられないほど付けている。


「えーーと。鉄壁さんってイケメンだと思うっス〜〜。攻撃アタック 防御ディフェンス! 的なぁ」


「調査によれば、20代から30代の爽やかな男性とのことですね。やはり、学校でも人気ですか?」


「超人気っすね。彼ピッピにしたいタイプっす〜〜。なんかーー。ガツガツしてない感じっつーーんすか? 庶民派的なぁ? 女子友の中でも推しっすね」


「そんな鉄壁さんがS級ダンジョンに挑戦しているわけですが、その辺はどうでしょうか?」


「配信エグいっすね。超かっけぇっす。パないす」


「なるほど。では、お笑い芸人のゲンゴマさんはどうでしょうか?」

 

 マイクに口を近づけたのは体格のいいタンクトップの男だった。


「鉄壁さんはホンマに漢ですわ。この場合の漢字は三水の方ですわ」


「あ! 今、アンケート結果が出た模様です。暗奏の封鎖に賛成が64%。反対が30%。どちらでもないが6%のようです。ゲンゴマさん。この結果を受けてどうでしょうか?」


「これは難しいですわ。封鎖したら鉄壁さんが出れませんやん。見殺しになりますからね」


「本当に、これは難しい問題です。しかし、暗奏がSS級認定をされてしまうと、日本は終わってしまいます」


「鉄壁さんにダンジョンボスを倒してもらうしかありませんわ。ホンマにそれしか方法はありませんわ」




 このテレビを見てほくそ笑んでいるのは 翼山車よくだし局長だった。

 彼の秘書エルフのディネルアはタブレットの画面を見つめていた。


 昼12時。

 暗奏封鎖まであと15時間。


「現在、視聴率は22%です」


「ブヒョヒョ。思ったとおり最高の視聴率ブヒョ。これを計算すると2200万人が視聴していることになる。視聴率はまだまだ上がるだろうな。圧倒的な勝利だ」


 これは鉄壁さんの生配信の視聴者数と比べての勝負である。

 スポンサーボーナスの100億円が支給されるのは、時間内にテレビ放送がネット配信に勝つこと。

 この勝負は1度目の視聴率が計算されてから開始する。

 視聴者数がネットに追い越された場合は罰金100億円である。


「片井の視聴者は何人だ?」


「はい。生配信の同接……。1600万人ですね」


「……え? な、なんだと?」


「ですから、1600万人だと」


「なにぃいいいいいいい!? い、い、1600万人だとぉおおおお!?」


「はい。……あ、今1700万人になりました」


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