第65話 モヒカンの伝説
探索者は雄叫びを上げながら走り出した。
前衛は約20人。
俺たちはその人たちの後に付いて走る。
その左右には80人程度。
後方からは銃火器類を持った探索者が200人だ。
凄まじい地響きが街中に響く。
舞い上がった砂埃が照明の灯りを覆い隠す。
この情景はコウモリカメラを通じて俺のチャンネルで独占生配信されていた。
同接は既に100万人を超えている。
コメントは大盛り上がり。
『すげぇええええ!!』
『かっけぇえええええ!!』
『熱い!!』
『壮観!』
『いけぇええええ! 突撃ぃいいい!!』
『うぉおおおおおおおおお!!』
暗奏から30メートルの範囲に入ると、その入り口から大きな黒い手がニュルリと現れた。
『キターーーーー!』
『出た! 黒い手!!』
『うげぇええ! キモイ』
『キモイキモイキモイ』
『特殊能力なしの戦闘とかマジ胸熱!』
『やべぇええええ!』
『みんながんばれーー!』
メガホン越しに桐江田一尉の命令が響く。
「来たぞ! 前衛、盾を構えぇええええええええ!!」
前衛の20人は防弾盾を構える。
ドォオオオン!!
それは黒い手が縦の群れに接触した音。
俺たちの頭上を探索者たちが舞い上がる。
なにぃいい!?
「マジかよ……」
前衛が吹っ飛ばされたんだ。
その数は10人くらいだろうか。
後衛の群れを飛び越えて遥か先。
30メートル以上も先へと吹っ飛んでいった。
つ、強くないか?
「後衛ぇえええい!! 撃てぇええええええええ!!」
ドパパパパパパパパッ!!
住宅街に銃声が響き渡る。
住民たちは大パニックだろう。
黒い手は銃弾に押されて怯み始めた。
「前衛を補充! 盾を構ぇええええ!!」
メガホンはわずかなハウリングを発生させながらも、桐江田一尉の可愛くも凛々しい声を響かせた。
「援護射撃続けぇえええ!!」
黒い手の外皮は、霧のように消滅を始めていた。
銃弾は貫通しないものの、表皮にはめり込んでいるようだ。
入り口から出てきた時の勢いが既にない。
黒い手は逃げるようにダンジョンの入り口へと吸い込まれた。
「いまだ! 全体進めぇえええええーーーー!!」
これはいけるか?
と、思って10メートルを進む。
残り20メートル。
その時である。
ダンジョンの入り口より黒い手が現れた。
今度は3本。
「前衛、盾構えぇえええええええ!!」
それは一瞬の出来事だった。
ドゴォオオオオオオオオオオオンッ!!
3本の黒い手は前衛を吹っ飛ばした。
20人はいるだろう。盾を持った探索者。
その全員を、たったの一撃で吹っ飛ばしたのである。
おいおい。マジか。
「撃て撃て撃てぇええええええええ!!」
後衛の銃撃によって、3本の黒い手は再び動きを封じられる。
こんなのを前回もやったのか?
「そうち、イッチー……。強すぎませんか? 今回は援護チームを強化したんですよね?」
「……よ、予想外です」
「え?」
「あ、明らかに前回より強い! こんなに強くなかった……。それに数も増えてます。前回は1本の黒い手しか出てこなかったのに……」
おいおい。
それって……。
「成長してるってことですか?」
「そうとしか考えられません」
3本の黒い手は銃弾によって動きを止めた。
よし!
前進するチャンスだぞ!
と、その時。
ドン!
痛っ!
な、なんだ!?
俺の背中に誰かがぶつかったぞ?
「おいおい。ボケッとしてんじゃねぇぞ。このウスノロがぁあああ!!」
モヒカンか……。
「ヒャッハーー! 俺の実力を見せつけてやるわぁあああああ!!」
いや、お前の実力には1ミリも興味がない。
それに、
「そんなに前に出たら危ないって」
「うっせぇ! 腰抜けがぁああ!! イレコちゃん見てっかぁ? 俺様の勇姿をよぉお!」
まるで悟りを開いた修行僧のように。
明鏡止水。どうやら彼女にとって彼の姿は空気らしい。
「イレコちゃあああん? 見てるぅう? ねぇ、見てるってばぁあ??」
ああ……。
なんか可哀想な奴。
「ヒャハッーーーーーーーーー!! 俺様がA級探索者、赤森
ええええ……。
おまえ、本当にA級なのか?
桐江田一尉がメガホンで怒る。
「そこぉおおおお!! 射撃の邪魔だぁああああ!!」
ほらぁああ!
怒られたぁ。
碌すっぽ武器も持たない赤森が奇声を上げる。
「ヒィハハハ! 子供軍曹はビビりすぎだっつーーの。お子ちゃまはランドセル背負ってよぉ。家に帰ってママのおっぱいでも吸ってろっての。もう俺たちの勝利は確実だろうが。地上において銃に勝る武器はねぇんだよぉおお!! 銃最強ぉおお! ついでの俺様も最強ぉおおお!! これはもう勝ち確定だろうがよぉおお!! ヒャハハハ!! 見ろぉおお!」
と、黒い手を蹴り飛ばす。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ。このバケモンがぁああ!!」
コメントは荒れまくっていた。
『うっぜぇえええええええ!』
『うっざ!』
『なにこいつ?』
『うぜぇ』
『おい、マジでA級なのか?』
『A級とは?』
『ガチの話。慎重に行こうぜ』
『調子に乗ってんのはおまえだバカ!』
『真面目にやれよ』
『死ぬぞ』
『こいつ作戦から外せよ。シンプルに邪魔』
『黙れゴミ』
『鉄壁さん、彼に壁パンチを』
『カスがウザい』
『モヒカンは帰ってよし』
『おいおい。危ないくないか?』
『いや、ガチで危ないから』
『早死にするぞ』
ウザいのは確定として、俺も危ないと思う。
「おい。赤森、とにかく下がれ!」
「なんだぁてめぇは? この根性なしがぁ。安全な場所で緩いこと言ってんじゃねぇんだよ!! 能無しビビりは黙ってろ。探索者なら前線に出るもんだろうがぁあ!!」
「あ、あのなぁ……。おまえが根性があるのはわかったから、とりあえず指揮を乱すんじゃない。今はみんなが協力して作戦を実行する時なんだよ!」
「ヒャハハハ! だったらこっち来ればぁああ? 来ないの? 怖いんだよなぁ? それでも鉄壁ちゃんなのかなぁああ? どうちたのかなぁ? ビビってちびっちゃったのかなぁ?」
あ、あのなぁ……。
「ヘタレ乙!! 雑魚確定!! 鉄壁ちゃん終了のお知らせぇえええええええええええええええええ!! 赤森伝説始動ぉおおおおお!! イレコちゃーーん!! 本当の漢はここにいますよぉおおお!!」
うぉおい!
勝手に新番組を始めるんじゃあない!
ここじゃあ、俺は防御魔法を使えないんだぞ!
このぉ、
「バカッ! とにかく慎重に──」
と同時。
1本の黒い手が赤森の体を掴んだ。
「ぐぉおおお!! 離せこのバケモンがあぁあああああ!!」
ほらぁああああ!
「離せぇ、離せぇええええええええええええ!!」
クソ!
仕方ない。
前に……出るか……。
「赤森! 捕まれ!!」
と手を伸ばす。
「も、もっと手ぇ伸ばせ、この無能がぁあああ!! 俺様を早く助けろよぉおお!!」
わ、わかってるけどさ、
「黒い手が速いんだよ!」
くぅうッ!
壁パンチが使えたらぁああああ!!
「赤森! 手ぇ伸ばせぇええええ!!」
「ダ、ダメだ。締め付けが強い。上半身がこれ以上動かねぇえええ!! このバケモンがぁああ!! クソがぁあああああああああああ!!」
「赤森ぃいい!!」
これには桐江田一尉も躊躇する。
このまま撃ち続ければ赤森と俺に当たってしまう。
「撃ち方やめぇえええ!! 打撃にて殲滅ぅうう!!」
探索者たちが黒い手に向かうも遅かった。
赤森を掴んだ手は猛スピードでダンジョンの入り口へと戻る。
「クソがぁあああ!! 俺様の爆炎魔法を食いやがれぇええええ!! メガファイヤー! メガファイヤーーーー!! うがぁああああああああ!! 魔法が出ねぇえええええ!!」
ああ……。
もう距離が離れすぎた……。
とても無理だ。
「メガファイヤー! メガファイヤァアアアア!!」
無駄だ……。
魔法は出ないよ。
だから、みんな慎重だったのにさ。
今更、遅いって……。
黒い手は赤森を更に強い力で締め付けた。
「ぎゃぁあああああああああああ!! 誰か助けてくれぇえええええええええ!!」
彼の声は住宅街に響く。
赤森は、そのままダンジョンの中へと消え去った。
ああ、赤森……。
おまえの実力を見せつける暇もなかったな。
『ちょwwwイキリモヒカンざまぁ』
『ウケるwwwww』
『wwww』
『イキって前に出るからああなるんだよ』
『引っ込んでりゃいいのにさぁw』
『モヒカンお疲れーー』
『鉄壁さんの優しさを無駄にしおって』
『迷惑しかかけてない』
『実力=迷惑』
『雑魚すぎワロタww』
『コーヒー牛乳を盛大に吹いた』
『一尉の命令を遵守しないからこうなる』
『桐江田たんも激おこだぞ』
『wwwww』
『モンスターに食われていないことを祈るw』
『ダメだ。腹痛い』
『wwwwwwwwwww』
『今夜はいい酒が飲めそうです』
『完全に自業自得w』
『黒い手を応援したw』
『可哀想……人間的に』
『wwwwwwww』
『全然、可哀想じゃないwww』
『ざまぁあwww』
同接は200万人を超えていた。
大ピンチには違いないが、配信は盛り上がってるな。
ヅイッターにて『♯赤森ざまぁ』がトレンド入りしたのは言うまでもない。
タイムリミットまで、残り29時間30分。
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