第66話 鉄壁さんは疲れるのでやめます

 俺たちは暗奏の入り口に向かっていた。

 ゴールまでの距離、15メートル。

 入り口までの総距離は30メートルだったので、今は丁度、半分を進んだ状態だ。

 スタート地点から、たった15メートルを進んだだけで50人以上もの探索者が吹っ飛ばされていた。うち何人かは既にダンジョンに連れ去られている。


 救護班の反応から、死者までは出ていないようだが、殴打による重症者は出ているだろう。

 これもダンジョンが成長している影響だ。

 急がなければ、もっと強くなるだろう。


 桐江田一尉はメガホンで叫んだ。


「3本の触手は引っ込んだ。今がチャンスだ!! 前衛の盾を補充し全員、前に全速力!!」


 早くも前衛はダンジョンの入り口に到達。

 俺たちが前に出た瞬間。


ブォオオオオッ!!


 ダンジョンの底から強風が吹き荒れる。

 と、同時。

 5本の黒い手が現れて、そこにいる全ての探索者を振り払った。


 ぬぉおおッ!!


 俺たちは強烈な張り手でも食らったかのごとく吹き飛ばされる。


 着地と同時に四肢の皮膚は擦り切れ、強烈に体を打ちつけた。


「ぬぐぅうううッ!!」


 痛ぁああ!


 探索者になってから久しぶりだ。

 防御魔法の熟練度が上がってからというもの、ここまでのダメージは中々に感じたことがなかったからな。


 20メートルは軽く吹っ飛ばされただろうか。

 もう、ほとんどスタート地点だな。


 幸い、骨は無事のようだ。

 打ち身程度ならばまだ動ける。

 2人は大丈夫かな?


衣怜いれ。イッチー。無事か!?」


「うん! 大丈夫!」


「私も平気です!」


 よし。

 これならまだやれる。


「鉄壁さん。今回は助かりましたが次の攻撃はわかりませんよ」


 確かに……。

 敵の攻撃をモロに喰らっては骨が砕ける可能性があるな。

 俺たちが軽傷で済んだのは前衛の盾のおかげだ。


「撃て撃て撃てぇええええええ!!」


 桐江田一尉の号令と共に、けたたましい銃声が響く。


 混戦中だな。

 どうやら黒い手は増えているようだ。


 援護チームの隊列は乱れて、探索者たちは独自で黒い手と戦っていた。


「どうしますか鉄壁さん? 一旦引いてから作戦を練り直すという手もありますが?」


 いや。


「そんな時間はないよ。探索者の増員や、銃弾の補充には相当な時間を食うだろう。混戦中だが行くしかない」


「わかりました」


 一文字曹長は鞭を取り出した。

 どうやら、それが彼女の得意武器らしい。

 特殊な金属を編み込んだ丈夫な代物のようだ。


  衣怜いれは収納スキルで大剣を閉まっているので応急的に警棒を貰っていた。


 俺は手に嵌めたグローブを引っ張る。一応、この拳が武器だからな。


 目標まで約25メートルか。

 全速力なら5秒か4秒。


「んじゃ、行くぞ!」


「うん!」

「はい!」


 俺たちはダッシュした。


 その時。

 他の探索者が 衣怜いれにぶつかる。

 

「きゃっ!」


 バランスを崩した彼女は地面に転がった。

 その瞬間。

 黒い手が彼女を襲う。


衣怜いれ!!」


 咄嗟に前に出ていた。


「だぁああッ!!」


 俺の拳は黒い手に命中する。


バグン!


 一文字曹長の鞭攻撃も同じ敵に命中していた。


ベシンッ!


 2人の攻撃は黒い手を怯ませた。


 よし。

  衣怜いれを立たせて体勢を持ち直そう。


 そう思った瞬間。

 別の黒い手が俺の死角から現れた。


「なに!?」


 いかん!

 捕まる!


 と、思うや否や。


「鉄壁さん危ないっ!」


ドン!


 俺の体を突き倒し。

 一文字曹長が黒い手に捕まってしまった。


「イッチー!」


 刹那。

 彼女は不敵な笑みを見せる。



「構いません。あなたたちが無事なら」



 なんだと!?

 何言ってんだ!?


「あなたたちを助けることが、私の使命」

 

 まるで、命をかける侍のような表情。


「私のことは構いません」


 自己犠牲こそが本懐ってか。


「走って! 2人でダンジョンを攻略してください!」


 入り口まで約10メートル。

 全速力で走れば、なんとか中に入れるかもしれない。


 だがな。


「走るのはやめだな」


「は!? て、鉄壁さん!?」


 目を見張る彼女に向かって冷静に応える。




「疲れたからな」




 考えてもみろよ。


「入り口まで行ったところで、また黒い手が出てきてぶっ飛ばされるかもしれないんだぞ。20メートル吹っ飛ばされるなんて、体の打ちどころが悪ければ終わりだろう。盾もない状態でモロに喰らったらもうアウトだよ」


 だからな。


「走るのはやめなんだよ」


 一文字曹長は信じられないといった表情を見せた。


「あなた……。なにを言っているんですかぁあああッ!?」


 その声は恨みの念が籠っているように聞こえた。


「あなたは、それでも鉄壁の探索者なのですか!? 私は! みんなはあなたに賭けているのですよぉおおッ!!」


 絶望した、悲痛の叫び声なのかもしれない。

 俺は答えることができず、目を逸らした。


「ああ、信じられない! 嘘だと言ってください! 鉄壁さん!!」


 いや、正直な話なんだ。

 嘘はついていない。


 彼女の絶叫とともに、黒い手はダンジョンの方へと戻り始める。



「走るのはやめたんだがな。諦めた、とは言ってないからな」



 俺は宙に浮かぶ紐を掴んだ。


 さっき、視線を逸らしたのはこれを探してたんだよな。



「鞭。離さないでくださいよ」



 それは一文字曹長の握っている鞭だった。


衣怜いれも一緒に行くぞ」


 俺は彼女の手を握った。


「え!? て、鉄壁さん!?」


 黒い手は曹長をダンジョンへと運ぶ。

 同時に、鞭を持った俺と 衣怜いれも引きずって。


バグンッ!!


 俺と 衣怜いれの体は地面にバウンドした。


 痛ぁあああッ!!


 この作戦は地面に体が擦った時にめちゃくちゃ痛いのが難点なんだよな。

 しかし、一文字曹長があそこまでの覚悟を俺たちに示してくれたんだ。

 多少の痛みは我慢しないとだな。


 おかげで、

 

「一瞬でダンジョンの中に入ることができた」


 走るより確実に。

 それでいて早く。

 3人同時だ。


「すごい! 黒い手の力を利用したんですね!」


 そういうこと。


「ああ、鉄壁さん! また黒い手です!!」


 ダンジョンに入るや否や、凄まじい速度でこっちに向かってくる。

 それは10本の黒い手。

 まるでイソギンチャクの触手のように。


 やれやれ。

 とんでもない数だな。


 でもな。




攻撃アタック 防御ディフェンス




 ダンジョンの中なら俺の魔法が使えるのさ。



ガシィイイイイイイイイイインッ!!



 全て防御。

 10本の黒い手は魔法壁に張り付いた。


 それから、


衣怜いれ!」


「了解!」


 彼女は収納スキルで亜空間から大剣を取り出した。


「はぁああああッ!!」



ザグゥウウンッ!!



 曹長を掴んでいた黒い手をぶった斬る。

 彼女は地面に落下した。


「痛っ! あ、ありがとうございます!!」


 加えて、防御しておいた10本の黒い手は、俺が纏めてぇ……。




「壁、パンチ」




バギィイイイイイイインッ!!




 拳の1発。

 俺に叩かれた魔法壁は10本の黒い手をダンジョンの壁に挟み付けた。



ベチャァアアアアアアアッ!!



「すごい! たった一撃で黒い手を倒してしまいましたよ!!」


 黒い手は消滅した。


 ふぅーー。

 やれやれ。

 

「防御魔法が使えればなんとかなりそうだな」


 コメントは沸いていた。


『カッケェエエエエ!!』

『痺れたぁああああ!!』

『流石の鉄壁さん!!』

『強すぎぃいいいwww』

『無双ww』

『鉄壁の探索者に偽りなし!』

『無敵ですね。わかります』

『いや、強いってw』

『ダンジョン入ったら無敵だったw』

『圧倒的な無双感』

『最強かよ!』

『強すぎ、ワロタ』


 強すぎって言われてもなぁ……。


 俺たち3人は傷だらけだった。


 めちゃくちゃ出血してるし。

 もう、体のあちこちが痛い。

 骨にヒビが入っているのかもしれん。


「流石にハイポーションの出番だな」


 俺たちはハイポーションをゴクゴクと飲んだ。


「初めて飲んだけどさ。味は悪くないな」


 エナジードリンクみたいな味だ。

 甘くて体に染みる感じ。


 みるみる傷が治っていく。


「あは! 私の傷が全部消えたよ。鉄壁さんのも消えてるよ」


「……うん。骨の痛みもなくなったな」


 流石はレアアイテムだ。

 骨のヒビくらいはすぐに治ってしまうらしい。

 これは配信のジ・エルフィーの企画として検証動画を出せる……。


 おっと、そんなことを考えている場合じゃなかった。


「さぁ、探索の開始だぞ」


 ハイポーション残り7個。

 タイムリミットまであと29時間。


 不安要素はままあるが、同接400万人か。

 やれやれ。おかげさまで配信は絶好調。

 このままいけば最高視聴回数を記録しそうだな。

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