第63話 3人目の探索者
「鉄壁さんに会いたーーい!」
一文字は走り回る彼女の襟首を掴んだ。
「お待ちください桐江田一尉。今はそんなミーハーなことをやっている時ではないのです」
「だってさ。萌ちゃんは鉄壁さんの大ファンなんだよ! 防御魔法で探索チャンネルの登録者なんだから!」
「桐江田一尉。ご自身のことを『萌ちゃん』などと呼称するのはお辞めください。部下に聞かれたら示しがつきませんよ」
「いいじゃん。凛ちゃんと2人きりの時はさぁ。へへへぇ」
「まったく……」
一文字は彼女に事の経緯を伝える。
「──すごい話になってるね。鉄壁さんがイレコちゃんと2人だけで暗奏攻略をする……。タイムリミットが来たら……。封鎖してもいいって条件で……」
「そういうことです」
「でもさ。これ以上の犠牲者は出せないよ。防衛大臣の許可が降りないと探索自衛官の追加投入はできないからね。そもそも、鉄壁さんとイレコちゃんの2人が戻らなかったら、犠牲者が2人分増えちゃう。総理の命令を無視して追加2名の犠牲者だよ? 萌ちゃんも凛ちゃんもさ。命令違反で捕まっちゃうよ」
「覚悟の上です」
「うえええええ!」
「桐江田一尉は2280人を犠牲にしてもよろしいとお考えですか?」
「嫌だよ! 嫌に決まってるじゃん! 萌ちゃんは国民の命を護るために自衛官になったんだい!」
「鉄壁さんとイレコさんは命をかけて暗奏に挑みます。私たちも腹を括りましょう」
「く、くどいけどさ……。人員の追加投入はできないんだよ? 要するに鉄壁さんとイレコちゃんの2人だけでやるってことになるんだよ?」
「百も承知です」
「……こ、この国は助かるよ。2人が犠牲になっても暗奏の封鎖は実行されるんだからさ。でも、2人の犠牲者を増やした責任は取らされるよね?」
「…………」
「総理大臣の命令を無視するんだよ? 萌ちゃんも凛ちゃんも自衛官は解雇。重い罪状が下ることになるよ?」
「巻き込んでしまって申し訳ありません」
「……凛ちゃんは正義感が強いなぁ」
「一尉だって……」
「ふふふ。萌ちゃんはそんな凛ちゃんが、だーーーーい好き」
「……んもう」
「一緒の刑務所なら楽しいかもね」
「そうならない方法がありますよ──」
一文字は不敵に笑った。
「──鉄壁さんが暗奏を攻略すればいいんです。ダンジョンボスを倒せば、暗奏は消滅する。2280人は助かって、私たちも自衛官を続けられるんです」
「わは! 最高の展開だね!!」
「鉄壁さんの強さに賭けましょう」
「じゃあさ! サイン貰ってよ!! 鉄壁さんとイレコちゃんの!」
「はぁ?」
「ねぇ、いいでしょう。サインくらいぃいい〜〜。こっちは総理大臣の命令を無視するんだからさぁあ〜〜」
「わ、わかりました。鉄壁さんが無事に暗奏を攻略できたら、そ、その時は頼んでみます」
「わは! やったーー!」
「その代わり、現場の指揮はよろしくお願いしますよ!」
「うふ。任しといて!」
「……それと」
「うん? まだ、なにかあるの?」
桐江田一尉のテントから彼女の悲鳴が轟いた。
「えええええええええええええええええ!?」
紗代子は片井と会うことができた。
「社長! ハイポーションをお持ちしました!」
「ご苦労さま。全部で何個手に入った?」
「それが私は入手できなくて、西園寺社長から10個のハイポーションを貰ったんです」
「そりゃあ、お礼を言っておかないとだな」
「社長……。私もついて行ってはダメですか? 私は回復魔法が使えますし……。多少はお役に立てると思うんですよね?」
片井は鼻でため息をついた。
「ダンジョンが確認されてから55年。暗奏は過去最強のダンジョンと言われている。そんなダンジョンに探索経験の浅い紗代子さんを連れていけないよ」
「あうう……。あ、足手纏いですもんね……。うう」
「そんなんじゃないけどね……。今回だけは不安なんだ」
「え……?」
片井の言葉に紗代子は現実を目の当たりにした。
今、直面しているのは、本当に命を賭けた探索なのである。
「念には念を。だよね。
いつもの、片井なら大丈夫、という絶対の安心感が揺らいだ瞬間だった。
もしかしたら、これが最後になるかもしれない。
一瞬であるが、そんな思考が脳裏を過ぎる。
「それじゃあ、行ってくる」
「か、片井くん……!」
「ん?」
「あ、あのね……」
紗代子は泣いていた。
片井を失うかもしれないという不安に気持ちが押し潰されたのだ。
そんな彼女は暴挙に出る。
「わ、わ、私ね……。き、君のことが……。す……」
最期の別れになるのなら。と、自分の気持ちを告白しようとしたのである。
そんな時。片井の後ろに控える
紗代子は言葉を選び直す。
「か、か、片井くん……。絶対に帰ってきてね」
「ああ。絶対に帰る」
「い、
「うん」
「ぜ、絶対だよ! 2人とも無事に帰ってくるんだよ! 怪我なんかしたら許さないんだからね!」
「ああ。
「ううう……」
紗代子は泣き崩れた。
「さ、3人で温泉に入るんだからね。絶対に帰ってきてよね」
暗奏に向けられた照明が明るさを増した。
いよいよ、暗奏の入り口に突入する準備が整ったのである。
片井と
その者はフードを深々と被り顔が見えない。どうやら男のようである。
しかし、その声は2人が聞き覚えのあるものだった。
「片井さん。沖田さん。私も暗奏に入ります」
それは男装をした一文字曹長だった。
曹長はダンジョン探索に訓練された探索自衛官である。
実力的にはS級クラスだという。
そんな人が助けてくれるならありがたいが、どうして男装をしているのだろうか? と片井は小首を傾げた。
「上層部に対する撹乱が目的です。この作戦は私の一存で起こしたことにしております」
「どういうことですか?」
「この計画は総理の命令を無視して行動するんです。発覚すれば即刻逮捕ですよ。そうなれば身柄を拘束されて動くことができません。計画は中止。片井さんはダンジョンに近づくことさえできません。なので、現場の指揮をする桐江田一尉には、私が嘘の情報を流した、ということにしました」
「う、嘘?」
「総理が鉄壁さんの支援をするという嘘です。要するに封鎖前提の作戦ということです。桐江田一尉にはその体で現場を指揮してもらいます。千人以上の自衛官を動かしますからね。総理の意向は絶対ですよ」
「大事ですね……。総理を説得するわけにはいかないのですか?」
「そんな時間はありません。それに……。納得してくれるとも思わないですしね」
(確かに……)
「私が嘘の情報で桐江田一尉を動かした。とりあえずはその誤情報で上を騙します」
「時間稼ぎ……ですか」
「はい。しかも、問題を起こした自衛官は男装してダンジョンに入っているわけですからね。見つかりませんよ」
「桐江田一尉はこのことはご存知なんですか?」
「もちろん。彼女はあなたのファンなんです」
「え? お、俺の?」
「はい。あなたの正体を伝えたら乗り気でしたよ。イレコちゃんと連名のサイン色紙が欲しいと言ってました」
「はぁ……」
「ダンジョン駆除が成功したら、サインを書いて欲しいのですがいけませんか?」
「サインくらいいくらでも書きますけどね。今回の作戦って2人にとって相当にヤバイ橋を渡ってませんか?」
「……私たちは国民を護るために自衛官になったのです。それに、エルフの子供も泣いていましたしね」
「…………」
「国を護り。ダンジョンに囚われた2280人を助けるのです。そのためなら、この身など捨てる覚悟です」
「こりゃあ、絶対に成功させないといけませんね」
彼女は瞳を輝かせた。
その表情は凛として美しい。
「片井さん……。信じています」
(やれやれ。失敗はできないな)
暗奏の封鎖が開始されるまで、残り30時間。
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