第61話 カーシャ、片井を知る
温泉でゆっくりと言われても……。
「今は西園寺グループの危機です。温泉に浸かってゆっくりしてしまってもいいのでしょうか?」
「まぁ、そう気張っていても解決しないさ。素人の私たちにできるのはハイポーションを届けることくらいだからな。あとは片井さんに全てを託そう」
「……」
暗奏が封鎖されれば周囲は禁足地になる。
そうなれば西園寺不動産の株価は大暴落だ。
会社の存続だって危ぶまれる。
そうなれば、私は再び無職だ。それに社長は借金地獄に堕ちるかもしれない。
「心配するな。片井さんなら大丈夫さ」
社長の片井さん推しは尋常じゃないな。
……まぁ、確かに。
今は気張っていても仕方ないか。
暗奏の駆除は私たちじゃあどうにもできないからな。
温泉に行く前に宅配ピザを頼む。
入浴中に届いてしまうと受け取れないので、引き取りは1階の事務所に頼んだ。すると、褐色のエルフたちは、まるで高級ホテルのフロントのように気持ちのいい対応をしてくれる。
社長の教育が行き届いているんだろうな。良い事務所だ。
そこは特殊なガラスに囲まれた岩風呂だった。
ふはーー。
すごい絶景。ネオンが綺麗だわ。
こんな所に温泉を作るなんて片井社長ってすごい人だな。
「立派な岩風呂ぉ……」
駅近のビルで岩風呂に入れるなんて……。
めちゃくちゃ豪華。
社長のいうとおり、気を張っていても仕方ないわよね。
あとは片井さんに任すしか方法がないんだから。
「ふはぁ……。いいお湯ぅ」
お湯はトロトロでいい温度。
最高だわ!
「片井さんのアイデアでな。地下のダンジョンから温水を汲み上げて作ったのさ」
「へぇ〜〜」
こ、この岩……。
本物?
「これはな。福音ダンジョンからとってきたレアな岩なのさ」
「ふ、福音ダンジョンから!? 国家指定ダンジョンですよね? 通常の探索者では入れないのでは? どうやって入ったのですか!?」
「指定の前に採った物だからな。その時は探索者なら誰でも入れたんだ」
「えーー。すっごいレアですね。ここの温泉ってマニアなら相当な価値をつけそうです」
「ははは。なんでも温泉雑誌の記者から取材の依頼が来たそうだよ」
やっぱり。
「片井さんは目立つのを嫌うみたいでね。断ったそうだ」
「へぇ……」
謝礼とかすごそうなのにな。
断っちゃうのか。それに、金持ちとか社長って自分の会社とか豪邸は自慢したがるものなんだけどな……。片井社長って嫌味のない人なんだなぁ……。
「福音ダンジョンの岩を使った温泉なんて、入れるのはここだけだろう。それに地下から汲んでる温水はダンジョンの水だしな。この温泉はレア中のレアなんだ。この前、紗代子が温泉の効能を専門家に調べてもらっていたのだがな。あらゆる万病に効き、その上、美容効果もあるそうだ」
「ふほぉ……」
どおりで、疲れが取れて、肌がサラサラになってる感じがするよ。
「この福音ダンジョンの岩も温水の効果を高めているらしくてな。いやあ。本当に指定前に採れて良かったよなぁ。流石は片井さんだよ」
ん?
指定の前にって……。
「この温泉っていつ作ったんですか?」
「先月だな。初めてできた時は片井さんたちとみんなで入ったんだ」
せ、先月?
て、ことは福音ダンジョンが国家指定されたのと同じタイミング。
まさか……。
「こ、この事務所には……。コスプレイヤーのイレコちゃんが所属していたりしますか?」
「ああ。いるぞ」
「えええええええええええええ!?」
そんなあっさりと。
「どうして隠していたんですか? 彼女は人気絶頂のアイドルなんですよ! ヅイッターのフォロワーは90万人なんですから!」
「いや。隠していたわけじゃないがな。
い、妹ぉ?
というか、イレコちゃんが探索者としてこの事務所にいるということは……。
もしかして、
「か、片井社長って……。
「ふふ。気がついたか」
そ、それって……。
「つ、つまり、片井さんが……。て、鉄壁の探索者ですかぁあ!?」
「そういうことだな」
「えええええええええええええええええ!?」
「知っているのか?」
「当然ですよ! 鉄壁の探索者。通称「鉄壁さん」。私はニュースとか新聞で取り上げられる前からファンなんですから!」
信じられない。
片井社長が鉄壁さんだったなんて……。
片井社長のイメージって、30代後半くらいのイケオジだったんだけどな。
西園寺社長の思い人だから、そういう人物像だったよ。
でも、鉄壁さんの配信の声は若い感じだしな。
「片井社長っておいくつなんでしょうか?」
「22歳だな」
「えええええ!? 私と同じぃ?」
「そんなに驚くことか?」
「若すぎですよ!! こんな立派なビルまで持ってぇ!!」
「ははは。まぁそうかもな。でも、彼の実力なら当然だろう」
色々と思考が追いつかないんだけど?
「彼はもっともっとすごい人物になるさ」
ゴクリ……。
思わず唾を飲んじゃったよ。
西園寺社長がここまで買うなんてな。
片井さんって本当にすごい人なんだなぁ……。
片井さんが鉄壁さん……。
どんな人なんだろう?
うう、
浮気性な自分にちょっと自己嫌悪だ。
ああ、片井さんってどんな人なんだろう?
温泉から上がって、1階に行くとピザが届いていた。
22時。
ちょっと遅い夕食。
鉄壁さんのチャンネルを覗いて見ると、生配信が始まっていた。
携帯の画面じゃ小さいな。
「テレビにスマホを繋げれば大画面で観れますね」
これで社長と観戦できる。
秘書ちゃんが持っているのは銀色のアタッシュケース。
あれは、西園寺社長が用意したハイポーションだ!
「ふふふ。紗代子は無事に届けれたようだな」
わ、私……。今、イレコちゃんが所属してる事務所のビルで配信を観ているのか! な、なんかドキドキする。
テレビ越しに彼女の顔がドアップで映る。
『こんばんはーー。イレコです。今から生配信が始まります。あそこに見えるのがS級ダンジョンの暗奏です!』
彼女の後ろにいる2人。フードを深々と被って顔を見せなくしてるけど、あのどっちかが片井社長なのね。もう1人は……紗代子さんだ。配信名は事務さんね。
「おや? 紗代子はダンジョンに潜らないと言っていたのだがな?」
「きっと、潜ることになったんですよ! 福音ダンジョンの英雄パーティー再結成です!」
「うーーむ……」
ああ、片井さん、イレコちゃん、紗代子さん。頑張ってね!
あなたたちに西園寺不動産の命運がかかっているのよ!
その時。
社長のスマホにメッセージが入る。
「おい、カーシャ。これ……」
そう言って画面を見せる。
はい?
それは紗代子さんからのメッセージだった。
『ハイポーション。無事に届けることができました! 今、片井ビルに帰ってきましたので、事務所で社長を応援します!』
か、片井ビルに帰って来たぁ?
ってことは紗代子さんはこのビルの1階にいる?
じゃ、じゃあ……。
このイレコちゃんの後ろにいるのは紗代子さんじゃないんだ。
よく見たら男の人だ。
男が2人?
1人は鉄壁さんとして……。もう1人。
「この人……誰?」
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