第60話 一方その頃、片井の事務所では

 時間は少しだけ巻き戻って。

 片井ダンジョン探索事務所にて。


 20時。


 紗代子は片井に頼まれたハイポーションを探していた。

 ハイポーションとはダンジョンだけで効力を発揮する回復薬である。

 その効果は絶大で、骨折程度の傷ならば瞬時に治してしまう。

 世間一般の需要からレアアイテムとして珍重されていた。


「ない! ないわ!!」


 ネット販売を駆け回るもどこも完売。

 早急に入手可能なハイポーションはどこにも売っていなかった。


 5人姉妹のエルフたちにも5台のパソコンが当てがわれて、片井事務所は総動員で探していた。

 長女ネマの検索がヒットする。


「紗代子さま。転売ヤーでハイポーションを売ってる物を発見しました」


「いくら?」


「1瓶300万円だそうです。10個だけ在庫があるそうです」


「通常の10倍?」


(完全に違法じゃない。回復薬って適正価格の2倍が上限のはず。ダンジョンアイテム規制法の違反だわ)


「んーー」


(それでも背に腹は変えられない。今は法外でも欲しいのよね)


「吹っ掛けるのも大概ね。10個なら3千万じゃない。……で、でも欲しいわ」


「届くのは早くても明日が最速みたいです」


「タイムリミットは33時間なのよ! そこから社長がダンジョンに入っても間に合わないじゃない。現地に取りに行くって交渉してみた?」


「その場合は1瓶1千万円みたいですね」


「い、1千万円!?」


「カードは不可。現金で入金を確認できた場合だけ対応するそうです」


「くぅーー! どれだけ足元見てくるのよぉおお!」


 紗代子はその転売ヤーに電話で直接交渉を持ちかけた。

 ハイポーションを暗奏の攻略で使うこと、暗奏がSS級認定を受けそうなこと、全てを伝える。

 

「──と、いうわけで日本の危機なんです! どうか協力していただけないでしょうか?」


「私、知らないよ。日本は大事。でも、私のハイポーションはもっと大事ね。緊急の対応の場合。1千万円は欲しい。それ以下なら売らないね」


 紗代子は計算をした。

 銀行から融資を受けるのにも時間がかかる。

 それに今は銀行の時間外。

 簡易の借入ならば100万円が限界だろう。と。

 彼女は自分の資産を投げ打ってでもハイポーションを買おうとした。


 片井事務所の貯金。

 それと紗代子の財産。合わせて2千万円である。

 来月になればジ・エルフィーの会費が振り込まれるが、今はそれしかないのだった。


 これで2瓶だけ買うことができる。

 電話越しに注文をしようとした、その時だった。

 突然に通話が切断される。


「そんなハイポーションは買うんじゃない」


 現れたのは西園寺社長。

 彼女の細い人差し指は電話のフックスイッチを押していた。


「社長! で、でも、今は緊急を要するんです!」


「わかっているさ。だから来たんだ」


 西園寺はアタッシュケースを机に置いた。

 その中にはハイポーションが並ぶ。


「じゅ、10個も! すごい! どうやって集めたのですか!?」


「西園寺グループの人脈を使ってね。転売ヤーが買い占めしているようでな。まぁ集めるのにはそれなりに苦労したがね」


「ありがとうございます!」


「片井さんには危ない橋を渡ってもらうんだ。こちらも誠意を見せるのは当然だろう」


 紗代子は地下に駐車している自分の軽自動車に乗り込んだ。

 みんなは彼女を見送るために同行する。

 エンジンがかかるのと同時に流れたのはユーロビート。どうやら彼女はこういうのが好きらしい。ボリュームを抑えると、窓から凛々しい顔を見せた。


「今からなら暗奏の周辺で片井社長と合流できます! ネマ、私が留守の間は頼んだわよ!」


 紗代子は軽自動車をアクセル全開で出発した。同時に、ユーロビートのボリュームを最大にして。


「行っくわよぉおお……」


 車はミッションである。巧みなシフトレバーの操作で瞬く間にトップギアまで到達した。

 急なカーブはブレーキペダルを踏まない。

 ギアを下げ、エンジンブレーキで曲がるのが彼女のこだわりである。紗代子曰く、コーナーでパーキングブレーキを使うのは、まだまだ若い証拠らしい。


キキキキキキキキキキィーーーー!!

 


「片井くん、 衣怜いれちゃん、待っててね!!」







〜〜カーシャ視点〜〜


「あの事務の方。紗代子さんって言いましたっけ? バイク便でも使えば早いのに」


「片井さんには自分が届けたいのさ」


「へぇ……。部下に愛されているんですね」


「片井さんはそういう人なのさ」


 片井さんってすごい探索者なんだなぁ……。

 こんな立派なビルと、綺麗な事務員さん。

 部下のエルフも美少女だし。


「今日はここで泊まって仕事をするか」


「と、泊まる?」


「ネマ。VIPルームは空いているか?」


 褐色のエルフは丁寧に答えた。


「はい。空いておりますのでご自由にお使いください」


 そういって部屋の鍵をくれた。


「あ、そうだネマ。さっきの転売ヤーの連絡先。私のPCに送っといてくれ」


「あんな高いハイポーションを買われるのですか?」


「まさか。ハイポーションには法的に定められた適正価格があるからな。回復薬を2倍以上の値をつけて売るのは違法なんだよ。あの調子じゃ違法な転売は慣れてる感じだしな。調査して警察に突き出してやるのさ」


 あはは。

 西園寺社長がやるといったら絶対にやる人だからな。

 あの転売ヤーは終わったな。


 あたしたちはエレベーターに乗る。


「片井さんは、来客に向けてVIPルームを作ってくれていてね。そこはPCも完備されているんだ。だから、快適に仕事ができるんだよ」


「へぇ……。無料ですか?」


「もちろんさ。使えるのは、片井さんにVIP認定を受けた者だけだがな」


 社長はVIPだから使えるのは当然か。


 部屋の中は高級ホテルのように綺麗な内装だった。


 2LDK。

 広いな。数日間、泊まって仕事するなら申し分ないわね。

 

「ベッドはツインなんですね」


 ベッドメイキングはあのエルフたちがやっているとのこと。

 冷蔵庫の中には高級な飲み物がズラリと並ぶ。

 これは自由に飲んでいいやつか。

 なにからなにまですごいな。


「夕食は宅配を頼もう」


「承知しました」


 社長はパソコンを起動させる。


「なにかお仕事でも?」


「ああ、さっきのを片付けておこうと思ってな」


 さっきの?


 数分すると社長の携帯に電話がかかってきた。

 相手は片言の日本語で怒鳴り散らす。


「警察に通報するってそりゃないだろ!!」


 ああ、さてはハイポーションの転売ヤーだな。


「私。真面目に仕事してる! 転売は違法じゃない!!」


「やれやれ。ダンジョンアイテムに関する転売法を知らんのか? レアアイテムは天井知らずだがな。回復薬だけは適正価格の2倍までと法律で厳しく定められているんだよ」


「私、知らなかった! はじめてはじめて!」


「そんなことは警察に事情を話すんだな」


 転売ヤーは電話越しに怒鳴り散らしていた。

 不思議なことに社長はその話をちゃんと受け止めるように聞いていた。

 

 もうかれこれ10分以上も話している。

 私だったら呆れてモノが言えなくなるんだけどな。


「酷いよ! あなた、私虐める。酷い人!」


「ハイポーションを買い込んで、本当に欲しい人に高値で売るんだからな。どっちが酷い人だよ。早く警察に捕まればいいさ」


「あはは! 残念ね! 私の住所、わからない! 警察、捕まえることできないよ!」


「出品サイトに問い合わせたら、おまえさんの住所は教えてくれたがな」


「あはは! そんな住所で、私、捕まらないよ。ばーーか! あなたおバカさんね。脳足りん。私と、あなた、知能指数が違うね。あなた残念な人。私、頭いい人。プクク」


「ほぉ。そうかそうか」


「本当はね。知ってたのよ。法律はあなたより詳しいね。でも、住所わからなければ逮捕無理ね。バーーーーカ!」


 その時。

 社長の電話越しにガチャガチャと騒がしい音がなる。


「え!? ちょ、なんで警察来るの!? 住所なんでわかった!?」


「ああ、どうやら、警官が到着してくれたようだな。ネットの記載住所は架空っぽいからな。おまえさんの携帯から位置を探らせてもらったんだよ」


 あーー。なるほど。

 だから、長電話してたのか。

 社長はパソコン越しに警察と連携して違法転売ヤーの住居を特定したんだ。


「逆探知されていることも知らずに長話とは、頭がいいな」


「ちくしょぉおおおおおおおおお!!」


「念のため、おまえさんの売買記録を販売サイトを通じて摘出しておいた。ハイポーションを10倍以上の値段で売ってる記録がゴロゴロ出てきたぞ。もちろん、この資料は警察に提出しておくからな。その罪も償うんだな」


「むきいいいいいいいいいいいい!!」


 あらら。

 適正価格で転売をしていればそれなりに儲かっただろうに、欲を出すからこうなるんだ。何事にも限度があるわよね。


「よし。仕事が1つ片付いたな。温泉でも入って少しゆっくりするか」


「温泉? この近くにあるのですか?」


「屋上だよ」


 屋上に温泉?

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