第59話 片井の選択

 ここに来て、常識なのだがな。

 

 探索業と配信業は業種が違う。

 配信とは食えない探索者の副業なんだ。

 謂わば、収入を増やす工夫。

 なので、探索業界では、誰がどの配信者なのかは不明なんだ。

 チャンネル名称や顔出しでその正体がわかるわけなんだがな。

 俺は顔出しがNG。自前のコウモリカメラは首より下、または、後ろ姿のみを映すように設定している。

 フードを被った状態も多いから、正体は絶対にバレないんだよな。


 福音ダンジョンの一件以来、 衣怜いれは顔出しOKになったがな。

 依然として、俺は顔出しNGなんだ。

 よって、探索者の間でも、俺が鉄壁の探索者であることは知られていないというわけだ。


 しかし今。 

 俺の実績が問われている。

 実力のない探索者に、攻略の協力はせんだろう。


「おい! おまえが鉄壁の探索者なのか?」

「おまえが鉄壁さんかよ?」

「おい、なんとか言え!」


 でも、ふと思う。

 わざわざ、「俺が鉄壁の探索者だ」てさ。名乗る必要あるか? 

 今は、暗奏の中にいる2280人を救出することが最優先されるのであって、俺の正体は関係ないのではないだろうか?

 重要なのは 衣怜いれの率いるパーティーの実力だ。

 だったら、


「俺は、ここにいる沖田  衣怜いれと一緒に福音ダンジョンの攻略に出ました。そして、彼女が中心になって 寺開じあく  輝騎てるきの悪事を暴いたんです」


 場内は騒ついた。


「じゃあやっぱり、あんたが噂の鉄壁の探索者なんだな?」

「イレコちゃんが、鉄壁さんと一緒に探索していた、と言ってたぞ!」

「お前が鉄壁さんか?」


 さぁ、ここが正念場だぞ。




「俺たちはパーティーを組んでいます。配信は裏方も必要でしょ?」




 顔出しは 衣怜いれだけなんだ。

 俺が裏方といっても過言ではないだろう。

 まぁ、チャンネル名は防御魔法で探索チャンネルって名前だけどさ。


 みんなは眉を寄せた。

 ボソボソと話す。


「なんだよ。こいつは裏方かよ」

「あれ? じゃあ、こいつが鉄壁さんじゃないのか?」

「鉄壁さんは強そうだもんな」

「こいつじゃないわな」

「おい! 片井といったか。じゃあ、鉄壁さんはここに来てるのかよ?」


 ふむ。

 その問いには正確に答えてやろう。


「もちろんだ。鉄壁の探索者と呼ばれる者はパーティーの一員だよ。この会場にも来ている」


 どよめきが起こる。


「マジか!」

「どこだ?」

「え? ガチで来てるのか? 会いたいんだが」

「鉄壁さんは誰なんだ?」

「何気にファンなんだよな!」


 ここにいますよ。

 まぁ、嘘はついてないからな。


「ブヒョヒョ! おい図書カードよ。呼んでもいないのにどうして来たんだ?」


 はい?

 図書カードって俺のこと?

 こいつ、俺の名前も覚えてないのか?

 ってか、またこのパターンかよ。

 呼んでないってどういうことだ?

 紗代子さんは探索局から会議参加の要請を受けたと言っていたがな……。


 局長の問いかけに答えたのは一文字曹長だった。


「彼を呼んだのは防衛省です。暗奏の事案は環境省だけの問題ではないのですよ」


 曹長がいるなら局長は無視でも良さそうだな。

 あとは会議に来ている探索者に協力を促そう。


「俺は裏方です。暗奏攻略は、ここにいる沖田  衣怜いれを中心に実施します。みんなは彼女のパーティーに協力をしてください」


 暗奏に入るのは俺と 衣怜いれの2人だけなんだがな。

 入るには問題があるんだ。


 暗奏の入り口30メートル以内に近づくと、黒い手が出て来て捕まってしまう。

 それを阻止しながらダンジョンの中に入らなければならないんだ。


 しかし、探索者の力はダンジョンの中でしか使えないからな。

 要するに、魔法やスキルが使えない状態で、モンスターと戦わなければならない。

 だから、入り口に近づく為には探索者の協力が必要なんだ。


  衣怜いれは俺の言いたいことを理解してくれた。


「みなさん。私、こと沖田  衣怜いれが、暗奏攻略に挑戦します! どうか力を貸してください!」


 場内は盛り上がる。


「おお! イレコちゃんと鉄壁さんなら希望が持てるかもしんねぇな!」

「俺はイレコ推しなんだ! 協力するぜ!」

「私は2280人を助けたい。協力するわ」

「俺も」

うちも協力させてもらいまっせ!」

「おいどんも協力するばい!」


 うん! 

 いい感じだ。


 あとはダンジョンの情報があれば欲しいな。

 会話はしたくないが、仕方ない。


翼山車よくだし局長。 光永みつながさんとはどうやって連絡を取っていたんですか?」


「ブヒョ。携帯を使ったに決まっておるだろう」


光永みつながさんはどんな状況だったのでしょうか?」


 局長はほくそ笑んだ。


「ブヒョヒョ。 光永みつながの音声データがある。聴かせてやろうか? ビビってやめると言い出すのではないだろうな?」


 そう言われると緊張するな。


「ブヒョヒョ。 光永みつながは、たった1日で最深部の40階に到達した」


 へぇ。

 シンプルにすごいな。流石はS級探索者だ。


「そこでの音声データがこれだブヒョ」


 局長が指示をすると 光永みつながの声がスピーカーに流れた。



『お、俺は今……。最深部にいるようだ。ここはボスルーム。な、なんだあれは!? デ、デカい!! デカすぎる!! こんなデカいボスは初めて見たぞ! うわぁああああああああッ!! ピーーーーガーーーー!!』



 音声はここで途絶えていた。

 まるでSFのホラー映画でも観ているようなシュチエーションだな。

 デカすぎるって……。どんなボスモンスターだったんだろう?


「ブヒョヒョ……。ビビったか? ダンジョンが日本で確認されてから55年。最大体高記録はエンペラーハウズの62メートルだ。つまり、 光永みつながが見たボスモンスターはこれ以上という可能性があるのだ。そんなボスをどうやって倒すのだ? 倒せる策はあるんだろうな?」


 場内は一転する。

 先ほどのやる気が嘘のように暗い空気に包まれた。


「あんまりデカいとさ。頭頂部が弱点だったら勝ち目がないよな」

「飛行スキルはレアだからな。国内にはいないだろうから、海外から募集しないと集まらないぞ。でも、海外から来てもらう時間なんてないしさ」

「足元に弱点があるならそれでいいけどさ。大きすぎる場合は近づくのも一苦労よね。踏み潰されたら終わりだわ」

「高火力の魔法で一掃するのが良さそうだけどな。デカいモンスターに効果があるのかは謎だよな」


  衣怜いれも不安げな顔だ。


 いや、これは暗いニュースじゃない。

 ボスを倒す十分なヒントだ。

 この会議に参加した甲斐があった。


「倒せるかどうかは対面しないとわからないさ。沖田  衣怜いれの大剣は切れ味がすごいんだからな」



 

 俺たちは自衛隊のジープを使って、再び暗奏の入り口へと向かった。


 一文字曹長は車内で顔を曇らせる。


「片井さん。探索者の協力は上手くいった。ボスモンスターの情報も得た。しかし、問題が1つありますよ」


 彼女が、言わんとしていること……なんとなく察しがつく。

 

光永みつながさんが24時間で40階に到達したことから……。片井さんも同じように24時間でボスルームに行ったとします。そこでもしも、ボスが倒せなかった場合……」


「引き返すのに、もう24時間かかりますね」


「……つまり、ボスが倒せなかった場合は往復で48時間だ。言いたいこと、わかりますか?」


 これには 衣怜いれも汗を垂らす。


 WSOの監査官が来るまでに残り31時間。

 48時間では余裕でオーバーしてしまう。

 ボスを倒せばダンジョンは消滅する。

 しかし、ボスが倒せなかった場合……。


「片井さん。私たちはダンジョンの封鎖を実施する」


 当然だろう。

 SS級認定を受ければ日本は終わるんだからな。


真王まおくん。このダンジョンの探索は片道切符だよ」


 入ったらもう2度と戻って来れないというわけか。


「片井さん。入らない、という選択もありなんです。あなたまで命を落とす必要はない」


 …………。


「私は 真王まおくんに従うよ。君の選択には間違いはないから」


  衣怜いれ……。


 ここで封鎖を選べば俺たちは確実に助かる。

 西園寺社長には迷惑がかかるかもしれないが、俺たちには支障ないだろう。

 いつもの日常に戻るだけなんだ……。

 でも、



「やりますよ」



 封鎖を選ぶ選択肢なんてないよな。


 頭の中に、女の子の鳴き声がこだまする。

 お母さんを助けて欲しいと懇願していたエルフの少女の叫びだ。

 それに、ダンジョンの中には2280人もいる。

 大勢の命を犠牲にして、自分たちだけが助かる未来なんてあり得ないよな。


衣怜いれ。ごめんな。わがままに付き合わせて」


「ううん。みんなのために決断するなんてすごいよ。それでこそ 真王まおくんだよ」


「おまえまで付き合うことはないんだがな」


「そんなことを言うのはやめてよ。私は 真王まおくんのパートナーなんだからさ」


衣怜いれ。ありがとうな」


 絶対に負けられないな。


「一文字曹長。もしも、ボスを倒せなかったら……。その時は封鎖を優先してください」


「ありがとう。私もできるかぎり限りのことはします」


 俺たちは現場に到着した。

 タイムリミットまで、残り31時間。


────

次回。

紗代子さんハイポーションを買う。

に、ご期待ください。

めちゃくちゃレアで入手困難な模様。

果たして購入できるのか?

カーシャも出てくるようですよ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る