第58話 第3回。S級ダンジョン暗奏。緊急対策会議

 一文字曹長は少しだけ笑った。

 まるで希望でも見つけたかのように。


「片井さん。封鎖には最低でも1時間はかかるでしょう。監査官が到着する前には封鎖が完了しておかなければならない。つまり、タイムリミットから1時間は引いて欲しいということです」


「じゃあ、あと残り34時間?」


「そうです。その間に暗奏を駆除してくれれば問題はありません」


「協力……。してくれるのですか?」


「子供が泣いています。それを無視するのは自衛官の本懐ではありません」


 この人、意外といい人なのかもしれないな。


「探索局に行くのならジープが早いでしょう。行って30分。戻って30分です」


 それだけで更に1時間か。


 S級探索者パーティー 栄光なる歓声グローリーシャウトのリーダー、 光永みつながは局とまめに連絡を取っていたはずだ。

 事前にダンジョンのことがわかれば有益になる。

 局に行くのは遠回りのようだが、必要だろうな。


 俺と 衣怜いれはジープに乗って探索局へと向かった。

 

 車内から電話をかける。


「紗代子さん。もしかしたら厳しい探索になるかもしれないんだ。回復アイテムを揃えられるかな?」


「回復魔法なら私が使えますが?」


「いや。今回はどこまで危険かわからない。探索の経験が浅い紗代子さんは連れていけないよ」


「社長……」


「少し値は張るが、ハイポーションは必要だ」


「わかりました。ネットで買い漁ってみます」


「頼む」


 俺たちは探索局に到着した。


 局の館内は大勢の人でごった返す。

 会議室には人混みをかき分けて入るほどだ。

 入り口には『第3回。S級ダンジョン暗奏。緊急対策会議』と書かれていた。


 やはり3回目だ。

 2回目は俺抜きでやったんだな。


  翼山車よくだし局長が大声を張り上げる。


「今や、暗奏の担当は防衛省に引き継がれた! 我々ができることは情報統制だけだ!! 今回の件はマスコミ、および周囲への口外は禁止する!! 情報漏洩が発覚すれば国家を危機に晒した賠償責任を問いただすブヒョォオ!!」 


 やれやれ。

 もはや、対策会議でもなんでもないな。

 探索局の責任逃れをする保身会議じゃないか。

 

 畳み掛けるように、


「今回の全責任は 栄光なる歓声グローリーシャウトにある! 彼等がダンジョンを駆除さえしていればこんな事態にはならなかったのだ! 新聞にはそのように記事を書いてもらうブヒョ!」


 いやいや。

 局の指示で駆除に乗り込んだのにさ。

 全責任まで負わされたらやりきれないよ。

 

 一文字曹長が登壇した。


「みなさん聞いてください。私はダンジョン自衛隊曹長、一文字 凛です」


 彼女の言葉に場は静まる。


「S級ダンジョン暗奏がSS級認定を受けようとしています。そうなれば北海道と沖縄が外国の圧力によって占拠されてしまう。これを皮切りに日本は大きく弱体化するでしょう。SS級の認定を受けた日本は各国から迫害を受け危機に晒される。国内の治安は悪化するのは明白。はっきり言って終わりです。現在行方不明になっている2280人を犠牲にしても、ダンジョンを封鎖するのが得策です!」


「ブヒョォオオオ!! 小娘が! んなことはわかっとるじゃボケがぁあああ!! 今は封鎖してからの話をしておるのじゃよぉおお!! 重要なのは、我々が尽力した姿勢を国民にアピールすることなのだ。わしらは精一杯やった! その姿勢を国民に周知徹底することが、今もっとも議論される問題なんじゃろがぁあああああ!! 時間の無駄じゃぁあ! 小娘は黙っとれぇ! 知った風な口を利くんじゃあなぁあああい!!」


「現在。2280人の安否はわかりません」


「んなもんはモンスターの餌食になっとるわい」


「いいえ。それはわかりません。生きているかもしれないのです」


「何を生ぬるいことを! 黒い手に連れ去られた人間は、ダンジョンに入ってから日をまたいでいるのだぞ! 数分でも命がないと言われているダンジョンに、素人が装備も無しで生きていけるもんか! バカも休み休み言え!」


「今回は特殊です。ダンジョンが確認されてから55年。始まって以来の事案なのです。既存の考えは空論にすぎない」


「ブヒョォオオオ!! 小娘がぁああ!! だったらどうだというのだぁ!? 2280人が生きていたとしても助ける術はないだろうがぁあああ!! 貴様はさっさと入り口の封鎖をして、WSOの監査官を接待してりゃああいいんだよぉおおおお!! ブヒョオオオ!!」


「監査官が到着するまで、あと残り33時間。それまでに暗奏の駆除が成功すれば2280人は助かるかもしれないのです」


  翼山車よくだしは身を乗り出した。


「だぁあああれがやるんだよぉおおおおおお!? 貴様が指示した千人の無能自衛官は音信不通じゃねぇかああああ!! んん? S級探索者パーティー 栄光なる歓声グローリーシャウトだって敵わなかったんぞぉお? そんなダンジョンを誰が攻略できんだよぉおおお? 言ってみろぉ。このバカがぁああああ!!」


「私は彼に賭けてみようと思ったのです」


 え?

 あ、この流れで俺が出るのか?

 めちゃくちゃ出にくいのだが……。


「彼だと? 誰だぁああ? ブヒョオオ?」


 一文字曹長の視線の先には俺が立つ。

 みんなは俺に注目した。


 あああ……。


「こほん……。えーーと。俺がやってみようと思います」


 会場は騒めいた。


「誰だあいつ?」

「S級探索者なのか?」

「A級かな?」

「いや、弱そうだろ」

「誰か、あいつの名前を知ってる奴はおらんのか?」


 まぁ、そうなるよな。

 探索者って全国で100万人以上いるっていわれてるからな。

 俺なんかが知られているわけはないんだ。

 一文字曹長が回答する。



「彼は福音ダンジョンで 寺開じあく財団の悪事を暴いた功労者です」



 あーー、それ言っちゃいますか。

 あんまり目立ちたくはないのだがなぁ。

 しかし、俺がどんな実力の持ち主なのか、周知させないと協力はしてくれないだろうしな。


  衣怜いれはコホンと咳をついた。


「ここにいる彼こそが、 寺開じあく  輝騎てるきの悪事を暴いて、新異世界アンダルハイヤーを公認ダンジョンにした立役者。片井  真王まおなのです!」


 場内はどよめく。


「おい! あれイレコだぞ!」

「じゃあマジか? あいつが?」

「え? え? ということは……」

「あ、あいつが……あの男が……」

「ま、まさか……」

「あいつが鉄壁の探索者なのか!?」


 ああ……。

 なんか恥ずかしいな。

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