第57話 タイムリミットは35時間
「私たちが迎えに来たのは察しがついていると思う。片井さん。あなたの力を貸して欲しいのです」
S級ダンジョン暗奏は
おそらく、俺を迎えに来たのは、その捜索の依頼。
主に、
「探索自衛官を救出して欲しいんでしょ?」
「誤解があるようですね」
「誤解?」
「あなたに依頼をしたいのはダンジョンの封鎖です」
はい??
「あなたは防御魔法が得意だ。警察の調査では沖田
「いや、意味がわからん」
「詳しくは車内で説明しましょう。時間がありません。ついて来てください」
俺は
今回の件、ダンジョンに潜ることになれば、初心者の紗代子さんには荷が重過ぎる。俺と
車内にて、一文字曹長は表情を曇らせた。
「暗奏がSS認定を受ければ、この日本が大打撃を受けます。そのことはご存知ですね?」
「ええ。外交が不利になるんですよね。詳しくは知らないけど」
「暗奏がSS認定を受ければ、領土問題へと発展します」
「領土問題? 聞いたことありませんが?」
「オーストラリアの滅亡以来、諸外国で協定が結ばれた話なのです」
なるほど。
オーストラリアはSS級ダンジョンの認定が遅れてSSS級に成長。1千万人の死者が出た。
そのダンジョンは封鎖。オーストラリアは禁足地になり、滅亡した。
「暗奏がSS級認定を受けた場合。北海道は中国とロシアに、沖縄はアメリカの所有地になります」
「なんだってぇ!? そんなバカなことありえない!」
「それがそうなるのです。各国はダンジョン協定を結んでおります。ダンジョンの災害を未然に防ぐ国同士の約束です。その中に、SS級ダンジョンの保有については、中国、ロシア、アメリカの協力を経て未然に防ぐことが条約として掲げられているのです」
「そ、それが、北海道と沖縄の占領? で、でも流石に有り得なくないですか?」
「……仰るとおり、国の領土は国際法に則って守られております。実際には無理でしょう。しかし、事実上は違う」
「事実上?」
「もしも、SS認定を受ければ、主要3カ国からは400万人を超える外国人の探索者が、この日本にやってきます。全世界の力でSSS級ダンジョンの育成を阻止する為です。それに付随して移住してくる企業、親族は3倍と予測されます。つまり、この日本に1200万人の外国人が移住するのです。しかも、SS級認定を受けた日本人は迫害を受け、外国人探索者が優遇される国になる。そうなれば、間違いなく治安は悪化するでしょう。その移住先が北海道と沖縄になっているのです」
北海道の人口だけで確か500万人とかじゃなかったか?
それが、倍以上だと!?
そんなの、事実上、乗っ取られるのと同じだぞ。
……とんでもない事態だな。
「現在、暗奏の中には2千人以上の人間が行方不明となっております。しかし、その犠牲を払ってでも、封鎖をしなければならないのです」
「に、2千人? 確か、自衛官は千人ですよね? エルフが3人で、
「緊急対策会議が開催されるまでの間に、周辺住民が千人以上も行方不明になっているのです」
確か、ピクシーラバーズの館長
どうやって周辺住民を捕まえたんだ?
「暗奏がある場所はピクシーラバーズの敷地内でしょ?」
「敷地内でも道路に面していたのです。おそらく、そこを通った者をダンジョンの中に引き摺り込んでいるのでしょう。現在、暗奏による犠牲者は2280人とカウントされております」
かなり多いな。
緊急会議が開かれた頃には、既に自衛隊が封鎖していたらからな。
つまり、緊急会議が開く前に、かなりの犠牲者が出てたってことか。
しかし、情報漏洩を恐れて報告しなかったんだ。
奴にしてみれば
行方不明者を公式発表していないのもそういうことだろう。
責任は探索局にあるが、公表しなければ言い訳はつくか。
とんでもない悪だな。人命救助より保身か。
「ダンジョンの等級指定には様々な条件があります。その中に犠牲者があって、1日に100人を超えた場合はS級認定となります。これは国内基準によって認定され、その被害は都道府県レベルということです。そして、短期間で千人以上の犠牲者が出た場合、
そりゃそうだよな。
オーストラリアの二の舞はゴメンだ。
ダンジョンが成長して国を滅ぼしてから世界が動いたんじゃ遅すぎる。
だから、予想されるレベルでSS級認定をするのか。
「監査官が現地に到着し、SS級認定を下せば、日本は終わりです」
「もしかして、監査官はもう動いてるのか?」
「はい。飛行機で向かっているそうです。現地に到着するまで、あと36時間」
やれやれ。
ゆっくりもしてられないな。
「今は封鎖が優先されます。あなたの
「曹長が1人で探索者を集めてるんですか?」
「まさか。部下にやらせていますよ。あなたを迎えに来たのは特別待遇だからです。なにせ、あなたは福音ダンジョンを国家資産にした功労者ですからね」
特別待遇ね……。
そういえば、第1回目の緊急対策会議の時、
まるで、なんでこんな所にいるの? とでも言わんがばかりの対応だった。
もしかして、
「緊急対策会議に俺を誘ったのって一文字曹長ですか?」
「いいえ。会議の権限は探索局にありますからね。局長が権限を握っているはずですよ」
だったら、なんで2回目は俺を呼ばなかったんだ?
自衛官が千人も犠牲になったってのにさ。
ジープは現場に到着した。
自衛隊が簡易のバリケードを作って、入場規制をしている。
ピクシーラバーズは大通りに面しており、暗奏が発生したのは駐車場だった。
かなり広い駐車場だ。
ひっくり返った車や大破した車が、あちこちに散乱している。
地面には擦り傷や抉られた跡。植木は薙ぎ倒されて、巨大台風が通り過ぎた跡のようになっていた。
どうやら、一悶着あったようだな。
自衛隊が取り囲む中心にそれはあった。
その入り口は禍々しいオーラを放つ。
稲光を纏い、瘴気を放出していた。
暗奏を中心に半径60メートルはあるだろう。
ダンジョンの入り口から道路まで20メートル程度か。
道路も封鎖対象内なのはこれ以上犠牲者を出さないためだな。
ロープから身を乗り出すと、自衛官から注意を受ける。
「あまり近づいてはいけません。人間に反応して入り口から大きな触手が出てくるのです。捕まったらダンジョンの中に引き摺り込まれてしまいますよ」
これはダンジョンの中に入るのも苦労しそうだな。
現場には100人を超える探索者が集まっていた。
全員が防御魔法が得意な者である。
「一文字曹長。探索局はこのことを知っているのですか?」
「いえ。これは、もう既に国防の管轄です。ですから防衛省が担当する。あちらは環境省だから、仕事が違うのです。今は会議中かと」
なるほど。
もう国防の範囲だもんな。
そんな中、子供の鳴き声が響く。
「私のお母さんが飲み込まれちゃったんだ! 助けてよぉおおおお!!」
それはエルフの子供だった。
金髪のツインテール。
おそらくピクシーラバーズの子供だろう。
暗奏に引き摺り込まれた3人のエルフを助けて欲しいんだな。
少女はボロボロと大粒の涙を流す。
「封鎖するなんていわないでよぉおおおおお!!」
そうか。
どこかでそんな話を聞いたんだな。
救出ではなくて入り口の封鎖をすることを。
ダンジョンの中には2280人が連れ込まれているからな。
連絡がつかないから、その生死はわからない。
おそらく、今頃はモンスターの餌食になってるんじゃないだろうか。
かといってこれは、
「うぁああああああん!! 人間は最低だぁあああああ!!」
彼女の言葉に誰も言い返せない。
ただ自衛官が事務的に「どきなさい。危ないから」というだけである。
彼女はその腕を振り解くように暴れる。
「お母さぁああああん!! うぁああああああああああああああああああん!!」
うう、見てられないな……。
あれから1時間か。
「一文字曹長。WSOの監査官が到着するまであと35時間ありますよね?」
「そ、それはそうですけど!?」
「だったら足掻いてみましょうか」
「え!? ま、まさか潜るのですか!?」
「そのまさかです」
「し、しかし。これは政府の命令なんですよ?」
「SS級認定される前に、ダンジョンが駆除できれば問題ないでしょ?」
「そ、それは……。そうかもしれませんが……」
現状把握は必要だな。
局がどこまで絡んでいるのかわからない。
「
「反対か?」
「まさか。私も同じ気持ちだもん」
通常、素人がダンジョンに入れば、瞬時にしてモンスターの餌食になるだろう。
しかし、今回は黒い手によって引きづり込まれた前例のないパターンだ。
目的はわからないが、助かっているということも考えられなくはない。
「
「うん!」
遠回りだが、準備は念入りに。慎重に行こう。
タイムリミットまで、あと35時間。
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