第56話 SS級ダンジョン

 S級ダンジョンに潜ったS級探索者、 光永みつながから連絡が途絶えた。

 

 テレビのニュースでは、探索局から派遣された探索者による駆除が実行されていると言ったきりだ。


 探索局は3回目になるS級ダンジョン緊急対策会議を開催しているらしい。


「3回目? 2回目の間違いじゃないのか? この前は1回目だったよな?」


「なんでも、2回目は既に終わっているらしいです」


「……紗代子さんの連絡漏れ?」


「いえ。社長の案件で私のミスが発覚した場合はすぐにご連絡することになっております」


 だよね。

 じゃあ、どうなってるんだ?

 俺を呼ばずに2回目をやったというのか?

 まぁ、別に俺が参加した所でどうってことはないが、呼ばれなかったのはよくわからんな。


「2回目を呼ばずに3回目で呼ぶなんて虫が良すぎますよね。キャンセルのメールでよろしいですか?」


 紗代子さんは参加に乗り気じゃないようだ。


 ……気持ちはわかるんだけどさ。


 会議の内容には、駆除と同様に 光永みつながの救出も含まれるだろう。

 あの偉そうにしていた 光永みつながの救出だからな。

 彼女の気持ちはわからんでもない。


 まぁ、俺も奴を助ける義理はないんだけどな。

 見過ごすのもなんだかシコリが残るんだ……。

 それに、潜入して5日で会議が3回目ってのも気になるしな。


 と、そこへ、


「ただいま、帰りました」


 褐色肌のエルフの少女、ネオが帰ってきた。


 彼女は俺の指示でピクシーラバーズに潜入に行っていたんだ。


 まずは、こっちが優先か。


「会議の返事は少し待ってくれ」


「承知しました」


 さてと、


「ネオ。ご苦労さま。内情はどうだった?」


「想像以上に酷い状況でした」


 ピクシーラバーズはエルフの支援団体だ。

 なんらかの理由で自分の国に帰れなくなった者、また、家族を亡くして路頭に迷っているエルフを助ける組織。

 

「館長の 座古井ざこいはエルフを私物化していました。日常的な暴力はもちろんのこと。エルフを使った売春行為、違法な人身売買を行なっていたのです」


 やっぱりか。

 これは見過ごせない案件だな。


「エルフの数は約50名。しかも、保護しているのは若い女ばかり。老人や男のエルフは保護を断っているそうです」


「酷いな」


 保護施設とは名ばかりか。


「全員が白い肌で、ファンシーネイバーから来たエルフのようですね」


 エルフの5人姉妹は複雑な表情を見せた。

 他族とはいえ、同じエルフが厳しい境遇に遭っているのが辛いのだろう。


 ネオは続ける。


真王まおさまが気になられていた。ピクシーラバーズの収支報告書についても調べることができました」


 彼女は優秀だな。


「ピクシーラバーズは年間10億の売り上げを出しています。そのほとんどがエルフの売春や人身売買で稼いだお金です」


 とんでもない場所だな。


「銀行に入金された10億円。その半分は他の口座に振り込まれまれていました」


 ほぉ、半分なら5億か。


「どこだ?」


「通帳のコピーを取ることができました。こちらになります」


 金の振り込み先は……。


「ダンジョン探索者海外銀行……」


 これは外国のダンジョンや探索者に関係した銀行だ。

 国内に店舗はあるが、その内容は国外向け。

 アイテムの売買で海外のオークションを使う時や、ダンジョンが海外と通じている場合なんかに使われたりするんだ。

 そんな所に毎月、数千万円の振り込みがあるな。

 どうしてこんな銀行に?


座古井ざこい館長は 翼山車よくだし局長と電話で頻繁にやり取りをしていました。その音声がこちらです」


 と、自分のスマホの録音アプリを起動させた。

 

 録音までやってくれるとは、どんだけ優秀なんだよ。


『ブヒョヒョ。今月の分はダンジョン探索者海外銀行に振り込んだんだろうな?』

『抜かりありません。4千万円は指定の口座に振り込ませていただきました』

『ブヒョヒョ。エルフの体は良い値段で売れよるわい。警察の視察はわしが上手く手を回すからな。おまえは売春事業を進めろ。いいな?』

『承知しました』


 やれやれ。海外銀行は隠れ蓑か。

 送金先は、おそらく 翼山車よくだし局長の口座だろう。

 環境省の錬金術。

 その化けの皮が剥がれ始めたな。

 違法なことで収益を得るなんて許せないことだ。


 それにしてもネオは大活躍だったな。


「特別ボーナスを出さないとな」


「……な、ならば、お金なんかいりません」


「何か欲しいモノがあるのか?」


「あ、えーーと……。あ、あ、頭を撫でてくれるだけで……」


「なんだそんなことか」


 俺は彼女の頭をなでなでした。


「よくやってくれた。助かったよネオ」


「えへへ♡ 真王まおさまぁ♡♡」


 いいのか? これがボーナスで?


「あーー! ネオだけ狡いです! ネナもやって欲しいです! 泣いちゃいます!」

「ネミも!」

「ネ、ネマにもお願いします」

「ネネもネネも!」


 いや、全員になでなでしたらボーナスの意味がなくなるだろう。


 これである程度の証拠は揃ったな。

 あとは、海外銀行の送金先を押さえれば問題ない。

 このネタを引っ提げて 翼山車よくだし局長を問い詰めれば、エルフの保護は改善されるだろう。


 ネネは瞳を潤ませた。


「今頃、ピクシーラバーズでは、エルフが辛い境遇なんですよね……。なんとかならないですかね……。 真王まおさまぁ」


 気持ちはわかる。

 もしも、地球人がファンシーネイバーに行って同じ境遇だったら、俺も彼女たちと同じように思うだろうからな。


「暗奏の件が片付いたら動くつもりだ。局長と館長にはエルフたちに謝罪させてやるさ」


「あは! ありがとうございます!」


 そんな時。

 西園寺社長から電話が入った。


「忙しいところをすまない。S級ダンジョン暗奏の駆除についてなのだが……」


 そういえば、あの辺一体は西園寺不動産の土地だったな。


栄光なる歓声グローリーシャウトが担当するからと、安心していたのだがな」


 社長も内情は知っているようだな。


「このままだと、封鎖地区に指定されるかもしれん。そうなれば土地の価格は大暴落。ゴミ同然になってしまうんだ」


「封鎖とは大袈裟ですね」


「いや。今のままだとその可能性は高い。自衛隊関連の探索者が千人ばかり潜入したらしいが音信不通なんだ」


 千人!?


「そんな話。知りませんが?」


「報道規制さ。関係者しか知らない情報だ。片井さんには知らされていないのか?」


 さては2回目の会議で決定した事案だな。

 環境省から防衛省に管轄が移ったんだ。


「暗奏はS級レベルを超えてSS級認定される可能性があるんだ。そうなれば手に負えん。政府はその前に封鎖を考えているようなんだ」


 おいおい。

 とんでもないな。


「片井さん。もう頼る人があなたしかいないんだ。なんとかならないだろうか?」


「俺は暗奏の緊急対策会議に呼ばれています。そういうことなら動かざるを得ないですね」


「動いてくれるか! 良かった!」


「ははは。俺はD級探索者ですよ?」


「……不思議だよ。片井さんが動いてくれるというだけで、すごく安心するんだ」


「善処します」


「ありがとう」


 俺が電話を切ると、みんなが不安そうな顔で俺を見つめていた。

 状況を説明すると、 衣怜いれと紗代子さんは目を見開いた。


「「 え、SS級ぅ!? 」」


 対照的だったのはエルフの5人姉妹。

 意味がわからずきょとんとしていた。

 長女のネナは眉を上げる。


真王まおさま。SS級とはそんなにすごいことなのでしょうか?」


 これは探索者の中では常識なんだがな。

 エルフの彼女たちにはわからないだろう。

 説明してあげようか。


「S級は都道府県が危険になるレベル。SS級はその上。つまり国。日本が危険に晒されるレベルってことなんだ」


 その上がSSS級の世界危機なんだがな。


「で、では、今回の暗奏ダンジョンは国が危険に晒されるSS級指定になると?」


「ダンジョンは成長するからね。時間が経てばその可能性はあるな。そうなれば世界が動く」


「せ、世界が? 大事ですね」


「SS級指定は世界で管理するダンジョンになるんだ。なにせ、成長すれば世界が危機に晒されるSSS級になる可能性があるんだからな」


「そんな恐ろしいことが、実際に起こったのでしょうか?」


「5年前にな。オーストラリアに発生したS級ダンジョンが凶悪だった。SS級認定が遅れてしまってな。ダンジョンが成長して地震や噴火を起こしたんだ。1千万人の死者が出たよ」


「い、1千万人ですか!?」


「ああ、それからダンジョンはSSS級認定を受けてな。世界各国から集まった探索者が駆除に挑戦したが誰もできなかった。よって、ダンジョンの封鎖がされたんだ。しかも、被害を重くみた諸外国はオーストラリアを禁足地にしてしまったんだ。ダンジョンは人の魂に反応して生成されるからな。人が入らなければダンジョンは生まれない。つまり、事実上、国が1つ滅んでしまったんだよ」


 みんなの顔は青ざめていた。

 まぁ、そうなるよな。


「そんな経緯もあってね。各国はSS級の認定は受けたくないのさ。SS級のダンジョンを保有するのは外交に不利なんだよ」


「なるほど。では早く駆除しなければいけませんね」


「まぁ、そうなんだけどね。ダンジョン内のモンスターが強すぎて駆除できないことがあるんだよ。オーストラリアの時みたいにね」


「今回の暗奏のことですか?」


「そうだ。SS級認定は 世界探索機関ワールドシークオーガニゼーションが行う。通称WSOと呼ぶんだがな。そこの監査官が日本に到着して、ダンジョンをSS級認定してしまうと終了なんだ」


「えーーと。よくわからないのですが……。その場合。世界の探索者がそのダンジョンを攻略してくれるのではないのですか?」


「まぁ、そうなるんだけどね。それより外交が不利になる方が大問題なんだよ。自国が有利になることを考えたらね、諸外国にはSS級のダンジョンは保有してもらった方がいいのさ。例えるならね、『おまえの国はSS級ダンジョンがあるから世界に迷惑をかけている。だから、私の国の食料を高く買いなさい』みたいなことになるんだよ」


「……じゃあ、とにかくSS級認定は受けちゃダメなんですね」


「そういうことだな。だから、認定を受ける前に封鎖するんだ。S級の時点でね」


「封鎖……」


「ダンジョンを入れなくすれば認定を受けることもないからね」


「なるほど」


「でも、封鎖をすれば、その周囲10キロは人が立ち入れない禁足地になってしまうんだよ」


  衣怜いれは手を叩いた。


「あ、そうか。禁足地になれば、その場所は国の管理下になる。そうなれば土地の価値は下がるわね。だから、西園寺社長は困っていたんだ」


「そういうことだな」


「じゃあ、そのダンジョンを早く駆除しないとだね」


 今は自衛隊がダンジョンの入場規制をかけている。

 入場許可は局を通さないと下りないだろう。

 会議に出るのが手っ取り早いか。


 そう思っていると、片井ビルの前に大きなジープが止まった。

 1人の女が降りる。


 美しい顔立ちではあるが、軍服を着た、険しい表情の女。

 髪型はポニーテール。まるで侍のような雰囲気だ。


「私はダンジョン自衛隊。曹長の一文字 凛です。D級探索者、片井  真王まお殿を迎えに来ました」


 自衛隊の曹長が俺を迎えに?

 どうなってんだ?

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