第55話 動く片井

「ほぉ。随分と綺麗な人が仲間なんだな。さぞや配信も人気が出るだろう」


「私は単なる事務員よ!」


「へぇ。ならば、私の所へ来ないか? 君ならば優遇しようじゃないか」


「結構です!」


「ふ……。事務を雇うくらいに配信が儲かっているのか。まぁ、結構なことだな。しかし、所詮は子供のお遊びだ。小学生が憧れるコメディアンや芸能人と同じだよ。我々のように本物の探索者とは身分が違う。神聖なダンジョン探索を娯楽のようにネットに垂れ流しされては迷惑なんだ。自重してくれたまえよ」


 はぁ〜〜。


「あのさぁ。ダンジョンで配信をやっちゃいけない風習でもあるのか? 探索を楽しんで視聴するのがどこが悪んだよ?」


「ハハハ。見解の相違だな。遊び感覚でやるなと言いたいだけさ。こっちは命を賭けているのだからな。それに、世間の印象もある。ダンジョン内での死亡事故は年間5万人を超えているというからな。そのほとんどが配信者だ。これではダンジョンの中に死にに行くようなものだよ。探索者の死亡率を上げられては、世間の印象が悪くなるんだ。『配信者』ではなくて『ハイ死んだ』じゃないかガハハハハハ!!」


 言うなぁ……。

 ちょっと上手い感じが、拍車をかけて腹が立つ。

 まぁ、でも、


「俺は仕事としてやってますからね。遊び感覚ではないですよ」


 もちろん、楽しんではやってるけどね。


「ププ。まぁ、配信をしている時点で遊びなのだよ。本来ならばそのような低俗な人種と私が会話をするなんてあり得んことなのだがな。同じ部屋で空気を吸うことすら不快感を覚えるよ」


 ああ、そうですか。

 だったら話しかけてこなけりゃいいのに。


「ちょっと表彰を受けたからといって調子に乗らんことだな。この会議に参加したことだってそうだぞ。自慢げに世間に言い触らしたりせんでくれよ。私は君と一緒の部屋にいることが屈辱なのだからな」


 俺が眉を寄せていると、紗代子さんが冷ややかに話し始めた。

 

「あなた方にとっては名誉なことですよ。新異世界アンダルハイヤーを国の管理下にできたのは、この片井社長の功績なのですから。謂わば歴史に名を残す偉人。偉業の探索者がこの片井  真王まおという男なのです」


 おいおい。言い過ぎだよ。

 俺は庶民派なんだからさ。

 しかも、こういうのって、火に油を注いでいるんじゃないのか?


 案の定、 光永みつながは顔を真っ赤にしていた。

 血管が浮き出てブチ切れそうだ。眼輪筋がピクピクと痙攣する。


「調子の乗るなよ。この若造がぁああああ!! 私は探索者人生25年のベテランなのだぁああああ!! 貴様とは能力も経験も全てが上なのだぁああああ!!」


 ああ、めちゃくちゃ怒ってるよ。

 でも、ちょっと気持ちはわかるんだ。

 年下が活躍してたら気に触るよね。


「あはは。ですよね。先輩はすごいです」


「ぐぬぅうう!! 今後、S級ダンジョンの駆除は私たちがやる! 貴様は会議に参加するな! いいな!」


 いや、別に参加したくて参加したんじゃないんだけどな……。


「私に関係するなと言ったんだ! わかったか!?」


「え、あ、はい……」


「ふん! 貴様の面など2度と見たくないわ! 次に顔を見せてみろ。私の暴風魔法が黙っておらんぞ!!」


 そう言って去っていった。

 

 すげぇ横柄だな……。


 紗代子さんは舌を出していた。


「んべぇええ!! 頼まれたってねぇ、2度と参加なんかしないんだからぁああ!! んべぇええええ!!」


 やれやれだな。


 まぁ、S級ダンジョンの問題は 光永みつなががやるし、俺が考える必要はないか。

 それより、気になるのはエルフの支援団体だな。

 あの 座古井ざこい館長。……妙に引っ掛かる。

 そもそも容姿がおかしいんだ。


 首には金のネックレス。

 腕にはめていたのは高級なブランド物の腕時計だった。


 支援団体なんてのはボランティアでやっているからな。

 大抵は貧乏なんだ。それなのに妙に羽振りがいい。


 「私のエルフ」なんて私物化発言はかなり気になるよな。

 俺は社員にエルフがいるからな。エルフの事情には妙に敏感になっている。

 この地球はエルフにとって最高の環境というわけじゃないんだ。

 ピクシーラバーズ。何もなければいいが、少し探りを入れてみるか。

 

 帰宅後。

 俺はエルフの5人姉妹を呼んだ。

 そして、今日起こった会議の話を伝えた。


座古井ざこいは保護したエルフを私物化している可能性がある。ピクシーラバーズの現状を知りたい。誰かに潜入して調べてもらいたいんだがな。できるか?」


 5人は身を乗り出した。


「それは長女の仕事かと」

「姉さん狡い。私もやりたいです!」

「このネオにおまかせください」

「私がやりたいです!」

「ネネもやりたいです!」


 潜入調査は1人がいいからな。

 よし。


「ネオ。頼めるか?」


 と言うと、彼女は「いよし!」と肩を踊らせた後に静かに膝を付いた。


「お任せください。命に替えてもその任務、やり通してみせます」


「いや、命まではかけないでくれよ。ヤバかったらすぐに逃げていいからさ」


「ありがとうございます。 真王まおさまのためにがんばります」


 他の4人からは羨望の嵐。

 そんなに取り合う仕事なのかな。危険なんだがなぁ。


 まぁ、ネオなら5人姉妹の中でも積極的な性格だ。

 それでいて頭がいい。

 彼女ならスパイの任務には適任だろう。


「紗代子さん。ネオの手配はできるかな?」


「可能です。西園寺不動産の土地にダンジョンが発生して、そこから迷いエルフが保護されたことにしましょう。西園寺社長に頼めばネオはダンジョン探索協会に送られます」


 なるほど。

 協会ではエルフの保護はしていないからな。

 協会からピクシーラバーズに送られる筋書きか。

 

 あと、


「ネオの名前は変えた方がいいな。見た目も変装して雰囲気を変えよう」


 なにせ、彼女は今をときめくジ・エルフィーのメンバーなんだからな。

 彼女の正体がバレたら大事件だ。


 じゃあ、西園寺社長に連絡してみるか。

 俺は携帯で、ことの経緯を話した。


「なるほど。片井さんのエルフを潜入とは面白いな。ピクシーラバーズは以前から気になっていたんだ。全面的に協力をさせてもらうよ」


 よし。上手くいきそうだぞ。


「それと片井さん。暗奏の話は聞いているかい?」


「ええ。緊急対策会議に参加しましたからね」


「実はあの周辺一体は西園寺不動産の所有でね。ダンジョン駆除は必須なんだよ」


「そうだったんですね」


「探索は 栄光なる歓声グローリーシャウトと聞いているが、片井さんは潜らないのかい?」


「俺の出番はありませんよ。D級の底辺探索者ですからね」


「そうか……」


「S級探索者なら問題ないでしょ」


「……だといいがな」


 次の日。

 西園寺社長の協力で、ネオの潜入は上手くいった。

 後は、彼女の報告を待つだけである。


 それから4日後。

 紗代子さんは探索局から連絡を受けた。


「社長。S級ダンジョン暗奏の緊急対策会議がまた開催されるそうです」


「はぁ?  光永みつながはどうしたんだよ?」


「ダンジョンに入ったまま連絡が取れなくなったそうです」


 おいおい。

  光永みつながが入ってまだ5日目だぞ。


「社長には、この会議にどうしても参加して欲しいそうです」


 やれやれ。

 妙な雲行きになってきたな。

 

「でも、もちろん、不参加ですよね?」


「え? いや……」


 紗代子さんは親指をピィンと立てて笑った。


「ざまぁです!」


 あのなぁ……。

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