第54話 S級ダンジョン緊急対策会議

 俺と紗代子さんはダンジョン探索局に来ていた。

 

 あの図書カードを貰った、環境省の傘下の団体である。


 というのも、そこではS級ダンジョンの対策会議が開かれており、表彰をされた俺は特別に参加することになったのだ。

 だだっ広い会議室には100人以上はいるだろうか。

 警察や消防、自衛隊関係者にいたるまで、ありとあらゆる災害対策のプロが集まる。


 会議室の入り口には『S級ダンジョン緊急対策会議』と看板が掲げられていた。


 S級ダンジョン。

 正式名称。国家指定災害級ダンジョン。

 連日のニュースでは台風のように報道され、ダンジョンには警戒網が敷かれて一般人は近寄れないようになっている。


 そんなダンジョンが、ある場所に突如として出現したのだ。


 映写された画面にはそのダンジョンの入り口が撮影されていた。

 映像の説明をするのは中年の男だった。

 ブランドのスーツに身を包み、手首には高価な腕時計。

 しかし、見た目はひょろひょろの体格で目の下にはクマのある男だった。

 明らかに普通の日本人ではあるが、語っているのはエルフの話。


「うちのエルフがですね。午前中に出かけたまま帰ってこなくなった。心配した仲間のエルフが探しに出かけて、そいつも帰ってこなくなった」


 男は汗だくで、その顔は恐怖に引き攣っていた。


「私が見に行くと、敷地内にダンジョンの入り口ができていたんです!」


 なるほど。

 推測するに、そのダンジョンの中に2人のエルフが入ってしまって帰って来なくなったと。

 そう言いたいわけだな。


 ところが、


「私は見てしまったんだ! ダンジョンの入り口から大きな黒い手が出てきたのを! その手は、私のエルフを掴んでダンジョンの中に引き摺り込んだんだ!」


 ほぉ。

 奇妙な話だ。

 通常、ダンジョンのモンスターは地上に現れない。

 原因は不明だが、地上の空気に触れた瞬間に消滅してしまうんだがな。


「ブヒョヒョ。 座古井ざこい館長。それはおかしいですな。ダンジョンモンスターは地上には出れんのですよ。ブヒョ」


 そう言ったのは、肉の塊、 翼山車よくだし局長である。


「そ、そんなこと私だってわかりませんよ。ただ、出てきたのは一瞬でしたし、出てくる距離も決まっているようでした。おそらく30メートルが限界かと」


「ほぉ……。つまり、消滅する前にエルフを掴んでダンジョンの中に引き摺り込んだと?」


「はい……。うう……。わ、私のエルフが3人もダンジョンの中に連れ込まれたのです。もう生きているのかすらわかりません。私のエルフが……」

 

 さっきから、エルフのことを「私のエルフ」と呼んでいるのはエルフの支援団体ピクシーラバーズの館長だ。

 ピクシーラバーズは路頭に迷ったエルフを保護するボランティア団体なのだがな。

 言い方からして私物化しているようで気味が悪い。事実、探索協会の人は「良い噂を聞かない」と言っていた。


 まぁ、そんなピクシーラバーズの敷地内にダンジョンの入り口が出現したという事件だ。


「ブヒョヒョ……。迷子のエルフが3人ねぇ。それだけで緊急会議とは大袈裟な」


  座古井ざこい館長は机を叩いた。


翼山車よくだし局長! これは緊急事態なのです! 貴重なエルフは3人も行方不明になっているのです! あなただって困るはずだ!」


「ブ、ブヒョ!? い、言い方には気をつけたまえ! も、も、もちろん、エルフの人権は大切だ。我々、地球人はエルフを大切に扱う必要があるブヒョ」


 やれやれ。

 なにか、裏で繋がっていそうな引っ掛かる言い方だな。


座古井ざこい館長の不安はわしが拭い去ってやるブヒョ。探索者諸君は立ってくれたまえ」


 やれやれ。

 このために俺は呼ばれたのか。

 

 俺はゆっくりと立ち上がる。

 俺の他にも10名ばかし探索者がいるようだった。


「あーー。君はいいんだ。座ってくれたまえブヒョ」


 え?


「俺ですか?」


「そうだ。ブヒョヒョ。えーーと、片野じゃなかった片江じゃなかった……」


「片井です」


「そうそう。片井くんだ。図書カードのね。ブヒョヒョ。君はD級だからね。なぜこの会議に参加しているのか知らんが、こんなレベルの高い案件に君程度の人間に頼んでは申し訳ないよ」


 おいおい。

 じゃあ、なんで呼んだんだよ?


「ブヒョヒョ。ここに立っている10人の探索者は私が用意したS級の探索者たちだ」


 会議室は沸いた。

 「おーー」という感嘆の声が上がる。


 40代くらいの男が自信満々に声を出した。


「私はS級冒険者の 光永みつながです。S級探索者パーティー 栄光なる歓声グローリーシャウトのリーダーをやっております。今まで攻略してきたS級ダンジョンは100以上にのぼる。今回も我々 栄光なる歓声グローリーシャウトに任せていただければ何も問題はない。S級ダンジョンの駆除は全て我々にお任せください」


 拍手が巻き起こる。


「もう大丈夫。私の暴風魔法がダンジョンの黒い手など、全て吹き飛ばしてやりますよ!」


 ふぅむ。

 S級の探索者か。

 上位クラスの探索者が出るんなら俺の出る幕はないな。


 横に座る紗代子さんは耳打ちした。


「社長。あの方たちは配信者ではないのですか? 見たことのない顔ぶればかりですが?」

「S級ともなれば配信なんかしなくても食べていけるよ。レアアイテムの売買だけで億万長者になれるからね」

「探索者は全員が配信をしているわけではないのですか?」

「配信は底辺探索者が生活のために考えたビジネスさ。A級クラスのダンジョンを数人で攻略していても収入はしれているからね」

「へぇ……。S級探索者ってすごい人たちなんですね」

「ほとんどが、このダンジョン探索局と繋がっているよ。災害級のダンジョン攻略には必須の人材だからね」


 なので、俺なんかは場違いなんだ。

 

「今回のダンジョン攻略はS級探索者がやってくれるよ。彼らに任せていれば問題ないだろう。そもそも、なんで俺が呼ばれたのかすらわからないんだからさ」

「でも、探索局の方から、ぜひ来て欲しいってせがまれてしまったのです」

「探索局ねぇ……」


 ってことは局長はあの 翼山車よくだしだよな?

 それなのに俺の名前を覚えてないってどういうことだよ?


「探索局からすれば、社長の実力を買っているのではないでしょうか?」

「うーーん」


 俺の実力は500円の図書カードレベルなんだがなぁ……。


 ダンジョンに名前が付けられた。

 国家指定の場合だけ命名されるんだ。

 その名は『暗奏あんそう』。

 

「ブヒョヒョ。暗奏の攻略は 栄光なる歓声グローリーシャウトに任せておけば解決するブヒョ」


 局長の発言に安堵の声が漏れる。


「彼等に任せるなら大丈夫だよな」

「日本屈指の探索者だ」

光永みつながさんの暴風魔法に敵うボスモンスターはおらんだろう」

「これでダンジョン駆除は成功したも同然だな」

「彼等を用意するなんて、流石は局長だな」


 会議は、S級探索者パーティー 栄光なる歓声グローリーシャウトが対応することで終った。


 さて、


「帰ろう。俺たちは場違いだ」


 と、立ち上がった時である。

 光永と名乗った、 栄光なる歓声グローリーシャウトのリーダーが声をかけてきた。


「おおっと。君が福音ダンジョンの功労者かい?」


 功労者ってなぁ……。


「あの事件はイレコが解決したんですよ。俺はその場にいただけですから」


「ほぉ……。噂では鉄壁の探索者がイレコ嬢と一緒に潜っていたとか……。まさか、君があの噂の配信者かい?」


 やれやれ。

 名乗る理由はないよな。


「別に……。俺はD級探索者ですからね」


「ふふ……。まぁそうか。鉄壁の探索者であろうと、所詮は配信者。謂わばエンターテイナーだろう。我々のように誇り高き探索者とはわけが違う」


 この言葉にキレたのは紗代子さんだった。


「なんですってぇ!? 社長はすごい探索者なんですからね!!」


 おいおい。




────

さぁ、2章が動き始めました。

鉄壁さんの大活躍。どうぞお見逃しなく!

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