第40話 さようなら衣怜。君のことは忘れない


  輝騎てるきは近くを通ったから寄ってみたと言っていたな。

 つまり、エルフを連れてる奴らと合流したってことだ。

 拘束してる奴らは7人で、1人足りなかったから、そいつがこの霧を発生させているんだな。

 確か、小柄な奴だったよな。


真王まおくん!  輝騎てるきがいなくなってる!!」


 なに?


 気がつくと、磔にされていた 輝騎てるきの姿が消えていた。

 ダンジョンに残っているのは奴の流した血だけである。


 高所から声がする。


「うう……。よ、よくもやってくれたなぁ……」


 見上げると、それは血だらけの 輝騎てるきだった。

 しかも、ギリギリ動ける程度には回復しているようだ。


 彼の体を支えているのは小柄な女。


 どうやら、彼女が 輝騎てるきに回復魔法を付与して、霧の魔法を発生しているようだな。


「き、貴様に後悔させてやるぅう。私を敵にしたことをなぁああああ!! 絶望させてやるぞぉおおお!! 片井ぃいいいい!!」


 そう言って銃を構える。


「おいおい。槍が通じないからって銃かよ。赤木との戦いを見てなかったのか?」


 今更、そんな攻撃が俺に通じるわけがないんだ。

 眼前に魔法壁を出すのなら空気抵抗はゼロ。

 弾丸程度の速さなら、瞬きほどの瞬間で防げるんだからな。

 

「槍より銃は速いけどさ。俺には効かないよ」


「後悔させてやるといっただろうが」


 そう言ったかと思うと、銃口を俺から逸らした。


 なぜだ!?

 狙いは俺じゃないのか!?


ダン! ダン! ダン!!


 3発の銃弾は 衣怜いれに向かった。


 なにぃいい!?


「しまったぁああ!」


  衣怜いれとは距離がある。

 魔法壁が間に合わない!



「あぐっ!!」



 それは全弾命中した。

 顔、首、胸。

 確実に即死レベル。

 彼女は吐血しながらその場に倒れた。



衣怜いれぇえええええええ!」

衣怜いれちゃん!!」



 俺たちは彼女に駆け寄った。


「グハハハハハハハ! 後悔するがいいい! 次はその女もろとも、貴様を殺してやるわ!!」


  輝騎てるきと少女は霧の中に姿を消した。


 奴は逃げた。

 しかし、そんなことより今は 衣怜いれの方が心配だ。


「片井くん! 回復したのに 衣怜いれちゃんが目を覚さない!! 回復魔法で傷は治したのにぃいいい!!」


 即死の場合。

 回復魔法では生き返らない。




衣怜いれちゃん!  衣怜いれちゃん! いやぁあああああああああああああッ!!」




 紗代子さんの泣き声がダンジョンに響く。

 その声は俺の体にも響いた。

 現実を突きつけるように、激しく。

 張り詰めていた全身の力が、全て抜けていく。


衣怜いれ……」


 彼女との思い出が走馬灯のように駆け巡る。


 いつも笑顔で優しい 衣怜いれ

 初めてのデートは不動産屋を梯子したっけ。

 それから、宝石店でネックレスを買って、彼女は喜んで付けてくれた。

 その日の夜。

 俺たちは、あのボロボロのマンションの一室で……。


 キスをした。


 お互い、初めての口づけ。


  衣怜いれは俺の目の前で横たわる。

 目を閉じて覚そうとしない。


 ああ、 衣怜いれ……。


 首元には、あの日、俺がプレゼントしたネックレスがあった。

 その部位は所々が破損している。


 ダンジョンの探索にまで……。

 身につけてくれていたのか。

 俺がプレゼントした時。本当に喜んでいたな。


「良かった……」


「……か、片井くん? なにが?」


「ネックレス……。俺が彼女にプレゼントしたんだ。身につけてくれていた」


「な、なによ。こんな時に。い、 衣怜いれちゃんが……。ううう。 衣怜いれちゃんが死んじゃったのにさ。良かったなんて言葉……最低だよ」


「いや。でも、俺の渡したネックレスを身につけてくれていたから」


「だから、それがなによぉお!? そんなことより 衣怜いれちゃんでしょぉおお!!」


 彼女は大粒の涙を流す。


「わ、私はねぇ……。ひっく。 衣怜いれちゃんをねぇ。ひっく……。妹みたいに……。本当の妹みたいに思っていたんだからぁぁあ!! うぁぁあああああああ!!」


「あーー。でも俺が渡したネックレスを、彼女が身につけているって重要なんですよ」


「薄情者ぉおお!! 見損なったわ!! そんなことより彼女に優しい言葉でもかけてあげなよぉおおおお!!」


「だから、良かったって」


「どこが良いのよぉおおおお!! この薄情者ぉおおおおおお!!」


 ネックレスは破損してるからな。

 ちゃんと効果が発揮されたんだ。


衣怜いれ。起きろよ 衣怜いれ


「……う、ううん。……ま、 真王まおくん?」


「良かった。目が覚めたな」


 紗代子さんは目を見張る。


「い、い、生き返ったぁあああああ!? 奇跡よ! 奇跡が起こったんだわぁああああああああああああああああああ!!」


「ふふ。彼女は死んでなんかいなかったんですよ」


「ど、どういうこと!?」


 ちゃんと説明しなくちゃだな。


「地面に落ちてる弾丸を見てください」


 それは3発の変形した弾丸だった。


「え? これって貫通してなかったってこと?」


「ええ。彼女の体には少しめり込んじゃったけどね。このネックレスが機能してくれた」


 これには 衣怜いれさえも驚く。

 2人は眉を上げた。


「「 どういうことなの? 」」


「ネックレスに俺の魔法を付与しておいたんだ」


 宝石店で彼女の首に掛けた時にね。プレゼントの一環として思いついたんだ。もちろん、魔法はダンジョンでしか使えないから、次の日に潜った時にこっそりとね。


潜伏ハイド 防御ディフェンス。アイテムに付与する防御魔法。攻撃アタック 防御ディフェンスの半分程度の防御力だけどね。弾丸程度なら跳ね返す。ただし、骨はひびが入るけどね」


 まぁ、それも、


「紗代子さんの回復魔法で回復してくれたからさ。なにも問題はないってこと」


 紗代子さんはヘナヘナとその場に座り込んだ。


「ああ……。もう、本当に……。うう……。本気で泣いちゃったじゃない。うう。でも助かって良かったぁあああ〜〜」


「ははは」


「んもう! 片井くんったら意地悪なんだからぁ!」


「でも、彼女が身につけてくれていて良かったよ。一時は本気で心配したからさ」


  衣怜いれは、


「ありがとう。 真王まおくん!」


 と喜んだ後に、壊れたネックレスを見て悲しげな表情を見せた。

 

 大事にしてくれてたんだもんな。


「また、買ってやるよ」


「うん。えへへ。ありがとうね。 真王まおくん」


 そういえば、


「紗代子さん。俺のことを薄情者とか言ってませんでした?」


「そ、それは……。うう、ご、ごめんなさい。……で、でも、ううう! やっぱり社長は意地悪です!」


「ははは」


「それにしても残念ね。敵を逃がしちゃったわ」


「んーー。まぁ、そうでもないよ」


「え?」


 こんなこともあろうかとね。


衣怜いれ。頼んでいた事はやってくれたか?」


「うん。バッチリ!」


 よし。

 だったら大丈夫。


「さぁ、反撃開始だ」

 

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