第52話 カーシャ、がんばる


〜〜カーシャ視点〜〜



  翼山車よくだし局長に解雇通達を出されてから、数日が経つ。

 私は一念発起して、就職先を探していた。


 就職希望の企業はすぐに見つかる。

 しかし、履歴書の審査や面接で落とされた。


 環境省のダンジョン探索局に配属されて1ヶ月で解雇されているからだ。

 解雇の理由は局長にあるのだが、世間には言いにくい事案である。

 作り話とでも思われたら、私が変な目で観られてしまうだろう。

 どうしても、そこがネックになって就職が決まらない。


 また、環境省が絡む職種は電話さえ対応が悪かった。

 私の名前を伝えるだけで、


「ああ。あなたが 須賀乃小路すがのこうじ カーシャさんね。申し訳ないのだけど、今回は縁がなかったということで」


 そう言って電話を切られる。


 あたしのことを知っているような口ぶり。


 局長の仕業だろう。

  翼山車よくだし局長が手を回して、あたしが就職できないようにしているのだ。


 以前のあたしなら泣き崩れて前に進めなかっただろう。

 しかし、


「へへへ……」


 それはファスナー付きのビニール袋。中にはコーヒーの空き缶が1つ。

 もちろん、洗って綺麗にしてあるのは言うまでもない。


「あの日……。あたしが局長からクビにされた日。同じベンチに座った探索者さんがあたしにくれた缶コーヒー」


 この空き缶を見るだけで勇気が湧いて来る。


「缶コーヒーの探索者」


 あたしは彼のことをこう呼んでいる。

 あの日、彼と初めて出会った日。彼は名乗らずに足早に去って行った。

 正体不明だから、勝手に名付けてみた。


 この空き缶はお守りだ。

 観ているだけで力が湧いて来る。


 もう20社以上に落とされてるけど、構うもんか!

 観ててくださいね。

 


「缶コーヒーさん」



 もう、愛称に変わっていた。

 この缶コーヒーを見るたびに呼称するもんだから、言いやすいように短縮してしまうのだ。

 自分で名付けときながらなんだけど、缶コーヒーの探索者って長いんだよね。

 まぁ、それだけ身近な存在ってことです。

 『鉄壁の探索者』を『鉄壁さん』と呼ぶのと同じね。


「えへへ。缶コーヒーさん。午前は全滅だったけど、午後は決めてやりますからね!」


 いよーーし。

 牛松屋の牛丼大盛りいきますか!


 盛り盛り食べて就活だ!


 

 午後。


 お腹は一杯。

 公園のベンチに座った。


「このベンチ……。ふふふ」


 ここは缶コーヒーさんに出会った運命の場所なんだよね。


 よーーし、就活午後の部、スタートだ。


 スマホで求人検索開始。


 一件、気になる会社を見つける。


「西園寺不動産の求人か……」


 超一流大企業だしな。

 しかも、環境省とはつうつうで有名だ。

 電話で断られるのは目に見えているか……。


 いやしかし、灯台下暗しという言葉もある。


「チェレンジ精神って大事ですよね?」


 と、缶コーヒーに呼びかけた。


『うん。俺はカーシャのがんばりを見てるよ』


 一応、彼の声真似をしてみる。


「やったります!」


 あたしは西園寺不動産に電話をかけた。

 なんと、筆記試験まで漕ぎ着けてしまう。


「やった! やったよ! 缶コーヒーさん!!」


『うん! おめでとう! 君ががんばったからだよカーシャ』


 電話で門前払いを食うと思ったのに……。

 ああ、でも面接があるんだよなぁ。


 ううん、悩んでいても仕方ないわ。


「ね? 缶コーヒーさん」


『うん。なんとかなるよ』


「ふふふ。だよね」


 ええいままよ。何事もチャレンジしてからだ。


 筆記試験は無事に終了。

 

 うん。

 なにも問題なかったな。

 おそらく満点だろう。

 

 12月だというのに希望者は10人以上いた。


 人手不足なのだろうか?

 社長のわがままで解雇をしまくってるとか?

  翼山車よくだし局長と同じタイプ?


 うげぇ……。それだけは勘弁願いたいわ。

 もう、あんな地獄は懲り懲りよ。


 ホームページには女の社長ってことになってるけど、どうなんだろう?

 

 そうして、面接の日を迎えた。

 面接官は西園寺社長、ご本人である。


 筆記試験には5人が合格していた。

 1人づつ面接室に入って社長とサシで会話をする。

 あろうことか、あたしは最後の人間だった。


 これって運が良いのかな?

 緊張の疲労が影響するような気がするけど。


 しかも、恐ろしいことに、面接室に入った人間は1分もかからずに部屋を出て来る。


 ええええ!?

 は、早くない!?


 表情は絶望しており、しょんぼりと項垂れる。

 そのままトボトボと歩いて帰って行った。


 あれは不合格判定を喰らった顔だな……。


「次の方ーー」


 受付の言葉に、私の隣りに座っていた人が入って行く。

 そして、1分以内で帰って行った。


 ひぃええええええ。

 これは難関だぞぉおお。


「次の方ーー」


 ああ、遂に来た。

 あたしの出番。


 バッグに忍ばせた、缶コーヒーを見つめる。


 い、行って来ます。


 缶コーヒーにあの人の顔が浮かぶ。


 がんばってね!


 ああ、笑顔でそう言ってくれたような気がする。

 頑張ります!

 あたしは負けません!


 面接室に入ると、飛び込んで来たのは西園寺社長の容姿。

 その顔は凛々しく、それでいて穏やか……。


 き、綺麗な人ぉ……。


 32歳って聞いてるけど、肌なんか艶やかでシワなんか1つもない。

 全体的に放つ美女のオーラにやられてしまう。


 女が女に惚れる、なんてこと、他人事のように聞いていたけれど、実際にはこういう人がその対象なのだろう。

 男の人はいうに及ばず。女だってこの人の美貌に惚れてしまうよ。

 胸の大きさは、同性のあたしでもドキドキするほどだ。


須賀乃小路すがのこうじ カーシャです。本日はよろしくお願いいたします」


「うむ。座ってくれ。最近はどうだ? 楽しいことはあったか?」


 え? いきなり??

 こういうのって初めは志望動機を聞くんじゃないの?


 就活に苦しむ女に楽しいことを聞くのか……。

 うーーん、でも。


「楽しいことはありましたね」


「ほう。どんなことだ?」


 缶コーヒーの探索者に出会えたこと。

 もうこれは何にでも変え難い出来事。

 でもね。


「へへへ。ちょっと言えません」


「言えないだと? なぜだ?」


「私の人生が変わったくらい、凄まじく素敵な出来事だったからです。自分だけの宝物なんです」


「ほぉ。それは相当に大切で素敵な出来事だったんだな?」


「はい! おかげで、牛松屋の牛丼を大盛りで食べてしまうほどパワーが湧いてきます! 就活なんてへっちゃら! 牛皿をあてにして瓶ビールを飲んだら1日ハッピーになれるんです!」


「ふぅむ……。 須賀乃小路すがのこうじ カーシャか……。カーシャと呼んでも?」


「どうぞ。そっちの方が嬉しいです」


「カーシャの耳は……」


 と、私の履歴書を見る。


「母親譲りのようだな」


「はい。母がエルフなんです」


「いい形だ。付けているピアスもお洒落で似合っている」


「ありがとうございます。安物ですけどね。一目惚れで買っちゃったんです。フフフ」


「うむ。ではカーシャ。話を変えようか。西園寺グループは、どんな会社になるのが理想だと思う?」


「それは──」


 どんなことを話したのかは忘れてしまった。

 ただうっとりとして、それでいてワクワクするような。

 まるで、仲のいいお姉さんと話しをしているような不思議な感覚。

 社長といるだけで居心地のいい時間が過ぎる。


 あれ?

 もう20分以上話しているような気がするけど?

 な、長くない?


「よし。採用だ」


「え?」


「採用と言ったんだ」


「……あ、ありがとうございます」


 いきなりの言葉に、ただフワフワと返答してしまう。


「し、しかし社長。合否は後日報告するのではないのですか?」


「そんなことは時間の無駄だと思うがね。今からは都合が悪いのか? なにか予定があるとか?」


「いえ。特には」


「では、会社を案内する」


 し、信じられない……。

 もう、採用された。

 

 ちょっと無粋だけど、気になるな。


「あの……。少し聞いても?」


「なんだ?」


「面接……。どこが良かったんですか? 私の前にいた4人はすぐに落とされていましたが?」


「楽しい話がまったく楽しくなかったからな。その場で適当に丁稚あげた話とか、強引に引っ張り出してきた話とかな。そもそも、楽しい話がない、なんて論外な答えもあったしな。自分が楽しかった話しもできんようでは、私の求めている社員にはなれんよ」


 私は缶コーヒーさんがいたからな……。

 すごく助かっちゃった。

 あれ? でも「言えません」って言っちゃったけどな。

 それはいいのか……。


 ふと、気になる。


「社長ならどんな楽しい話をするんですか?」


「聞きたいか?」


「はい」


「最近買ったブラジャーがな。最高にいいんだ。海外の個人が作ってるヤツなんだがね。オシャレな刺繍と、なによりフィット感が堪らない。肌に馴染んでね。肩が凝らないんだ。職人の腕がいいのだろう。その人はこだわりが強くてね。日がな1日ブラジャーのことばかり考えているらしい。私なら無理だな。1つのことを四六時中考えるなんて気が参ってしまうよ。職人とはそれができる人のことをいうのだろうな。本当に頭が下がる。おかげで最高のブラに出会えることができた。毎日快眠でね。便通までも解消したかもしれん」


「どんなブラジャーか気になりますね」


「この話続けるか? 終電を逃すことになるぞ?」


 ははは。

 社長と会話したら止まらないな。

 本当に楽しい話ってこういうことなのか。


「……じゃあ、私の話は楽しかったってことですか?」


「だから、私の横にいるんじゃないか」


「……あ、ありがとうございます」


 会社の案内は社長が自らするのだった。

 なんて豪華なナビゲーターなんだろう。


 都心の一等地に、50階建ての自社ビルである。


 す、すご過ぎる。


 一通りの案内が済むと社長室に通された。

 彼女は、机に置かれた3枚の文書に顔を曇らせる。


「やれやれだ」


「どうされました?」


「3件とも仕事の案件だが読めるか?」


 それは英語とイタリア語、アラビア語で書かれた文章だった。

 内容的には英語とイタリア語はセレブだな。

 アラビア語の人は有名な石油王だ。


「お1人は自社ビルの建設についてのご相談ですね。あとの2人は社長とデートがしたいのでしょう」


「ふっ。わかるか」


「お2人は文章の内容に的を射ておりません。仕事の案件は口実でしょうね。その証拠に社長のドレス姿ばかりをお褒めになっております。それに2人きりで会うことを熱望されていますからね。こういうのは直ぐにわかりますよ」


「やれやれだ。こういう輩が多くて断る」


「社長はお綺麗ですからね」


「振り向いて欲しい人には振り向いてもらえんがな」


 へぇ……。

 なんか乙女っぽい。

 この話振りだと好きな人いるんだ。

 こんな美人に好かれるなんてどんな男の人だろう?

 きっと、ずば抜けて素敵な人なんだろうな。

 追求したいけど、今日は初めて会ったばかりだし。

 そういう話はもっと親しくなってからか。


「さぁて、困った。仕事にも影響が出るしな」


「承知しました。電話を貸していただければ、私が対応いたします。仕事の件は進めて、デートの件はやんわりとお断りましょう」


「頼めるか?」


「お任せください」


 こんなこと、朝飯前ですよ。

 例えセレブといえど、男は男。

 自尊心を傷つけないように、やんわりと断ればいい。

 

 私は10分程度でこの3件の仕事を片付けた。


「うむ。電話対応は完璧だな。お前には個室を与える。動ける部下もつけてやろう」


 そ、そんなに!?

 ああ、でもそうなるとどうしても気になるな。


「1つ聞いてもよろしいでしょうか?」


「なんだ?」


「履歴書の件です。私はダンジョン探索局を1ヶ月でクビになっています。そこは気にならなかったのでしょうか?」


「ふっ。なんだそんなことか」

 

 そりゃあね。

 それだけで散々な就活だったんだから。


「どうせ、あのガマガエルに虐められたのだろう。正論を突きつけたら解雇された。そんなところだ」


 す、すごい……。

 そこまで見抜いていたなんて……。

 それに、局長のことをガマガエルに表現するなんて、相当に嫌っている。

 局と不動産屋は近しい存在だと思っていたけど、灯台下暗しだったんだな。


「まぁ、エロオヤジの戯言なんか気にしなくて良いからな。おまえは私の会社で実力を発揮してくれればいいのさ」


 じ、実力……。

 あたしの能力を買ってくれている。


 気づけばポロポロと泣いていた。

 辛かった数日が、嘘のように報われた瞬間。


「おいおい。なにか辛いことがあったのか?」


 あった。

 あったけど、それより今は嬉しい。


「いえ。とても光栄で……。泣いてしまいました」


「最近、恩義のある人に相談を受けてね。その人の会社にうちのエース社員を出向させたんだよ。だから、今は有能な人間が不足しているんだ。そんな私をサポートしてくれると助かるよ」


「はい!」


 ああああああああ!

 なんて素敵な日。

 これも全て彼が側にいてくれたおかげだ。

 缶コーヒーさんありがとう!

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