第45話 片井の本質

「ああ。一律の給料は紗代子さんに任せてるけどさ。特別ボーナスとかさ、昇給の権限って俺にあるよね?」


「そ、それは社長権限なので当然なのですが……。しょ、昇給!? と、特別ボーナス?」


「うん」


「いや、しかし、私の固定給は60万円で、今月は10時間くらい残業をしまして……。追加で5万円ばかし付けさせていただいたのですが?」


「ああ、うん。それは当然だよ。いつもありがとう」


「え? いや、それで追加の100万円というのは?」


「ダンジョンで探索したじゃない。だから特別ボーナスだよ」


「えええええええええええ!? で、でも、私は赤木の人質になったりして社長にご迷惑をおかけしましたのにぃいいい!!」


「いやいや。紗代子さんの回復魔法でさ。エルフたちが助かったじゃないか。それに、 衣怜いれだってね。銃弾で撃たれた彼女を治してくれたのは紗代子さんだよ」


「ううう……。そんなのは当然のことです。それより迷惑の方が多かった気がします」


「そんなことないって。それにさ。片井ダンジョン探索事務所の売り上げが鰻登りなのは紗代子さんの功績が大きいんだ」


「そ、そんな……。それは社長がすごいだけです!」


「ははは。謙遜しなくていいって。いつものお礼を兼ねた特別ボーナスだからさ。あ、そうそう、固定給の昇給もしようね。80万円にしよっか」


「ええええええ!?」


「事務所が儲かってる時はこれくらい貰ってくれていいからさ。ははは」


「はわわわわわわわわわわわ」


「もちろん、年2回のボーナスも期待してくれていいからね。固定給からの換算だから良い収入になると思うよ。フフフ」


「はうぅううう……。しゃ、社長……。あ、ありがとうございます」


 あ、そういえば……。


「この前、新聞で読んだんだけどさ。紗代子さんが前に勤めていた会社、倒産したんだって?」


「ああ。そのようですね」


「ははは、クールだね」


「まぁ、私が半分以上の営業を受け持っていましたからね。その顧客が離れたわけですから、その維持ができないのなら当然でしょう」


「あはは。紗代子さんが抜けたら会社は倒産しちゃうのか。うちも気をつけないとね」


「社長は、私なんかいなくてもすごい会社に成長させますよ」


「いやいや。俺なんかダメだよ。探索くらいしかできないからさ」


「それがすごいんです」


「最近、 衣怜いれの顔出しが解禁になったじゃない。そしたらさ、すごいんだわ。人気が。コメントなんか俺より 衣怜いれの応援コメントのが多いからね」


「一過性のモノだと思いますけどね。気にすることはありませんよ。直に熱は冷めます」


「……街中を歩いてるとさ。スーツ姿のサラリーマンを見てね、ふと悩む時があるんだよ。俺、このまま探索者でもいいのかな? てね」


「絶対にいいですよ。社長は成功者ですからね。悩む必要なんてありません」


「そかな?」


「そうです。私が視聴者だったら鉄壁さん推しのコメントを弾幕の如く打ち込みますけどね」


「ははは」


 それは逆にアンチだよ。

 でも、紗代子さんが熱心に応援してくれる気持ちは伝わるよな。


「ふふ。ちょっと自信ついた」


「そ、それに……。ど、どんな極貧経営になったとしても……。わ、私は……。つ、付いて行きますからね……」


「そか。そんな風に言ってくれるならがんばらないとだな」


 あれ?

 紗代子さん、めちゃくちゃ赤くなってるな。


「熱あるの?」


「い、いえ……」


「今から温泉入るのに大丈夫?」


「だ、だ、大丈夫です」




 片井温泉はダンジョンの岩に囲まれた屋根のある温泉だ。

 その外周は特殊コーティングされたガラスに囲まれている。

 中からは見えるが外からは温泉が見えない仕組みだ。盗撮は防止しとかないとな。

 

 湯船に入るのは俺が一番手だった。

 入湯すると拍手が起こった。


「ふはぁ……。良いお湯だぁ」


 浴槽は大きい。

 総勢、9人が入っているわけだが、まだまだ余裕がありそうだ。


 ふはぁ……。

 気持ちいい……。

 42度の温泉は最高だな。


 それにここはビルの5階。

 見晴らしも最高である。


 屋上から見える夕焼けは最高だな。


 温泉の横には飲食スペースも完備した。

 みんなで食べれるお菓子やお酒、ジュースがいっぱい置かれている。


 お酒なんかは温泉に入りながら飲んじゃうもんね。


 缶ビールをプシュっと開けてゴクゴクと飲む。


「ぷはぁ! 最高!」


 お酒を飲めない 衣怜いれはコーラだ。

 西園寺社長は紗代子さんと日本酒を楽しんでいた。


 紗代子さん曰く、温泉に入りながらアルコールを飲むのは危険なので1缶だけ、とのこと。

 健康管理までしてくれるいい部下だよね。


 チラリと横に目をやると 衣怜いれの姿。そして、紗代子さんと西園寺社長、エルフの女たち。

 みんなはバスタオルで身を包んでいるが、露出された胸の谷間はなかなかに刺激的である。


 ああ、こんなに極楽でいいのだろうか?


真王まおさま! あの、空を飛んでいる物体はなんですか?」


「あれは飛行機っていうのさ」


「ふはぁああああ……。日本ってすごい世界なのですねぇ!」


 エルフたちは美しい夕焼けより日本の技術に興味津々だ。


 俺と 衣怜いれはそんな彼女らを見てクスリと笑った。


「……ねぇ、 真王まおくん」


「どした?」


「プレゼントで貰ったネックレス。この前の探索で壊れちゃったよね」


 ああ、 輝騎てるきの銃弾を受けたヤツだ。 潜伏ハイド 防御ディフェンスが作動して破損しちゃったんだよな。


「新しいの買わなくちゃな。今度、買いに行こうか」


「うん。えへへ。催促しちゃった」


「気にするな。いつも上手い料理とか作ってくれてるしさ。日頃の感謝も込めないとな。この前のは2万円だったけどさ。次はもっと高価なヤツをプレゼントするよ」


「……あ、えーーと。お、同じヤツが良いの」


「今は収入が安定してるからさ。ふふふ。ちょっとくらい贅沢しようよ」


 とびきり高価なネックレスを買ってあげよっと。


真王まおくん……。私、本当にね。あのネックレスが欲しいの。値段も形も同じやつ。……ずっと、あの日のことを大切にしたいから」


 あの日のことって、俺と 衣怜いれが初めてデートをして、付き合った日のことだよな。

 ボロボロのワンルームマンションでお互いが告白して……。一夜を過ごした。


「私にとってはね……。あの素敵な日はお金では買えないのよ……。だからね。えへへ。同じのが欲しいの。ダメかな?」


「……そか。確かに、あの日は忘れられない1日だったよな」


「うん」


「……そか。よし。んじゃあ、次のオフの日には同じ宝石店に行こっか」


「ありがとう 真王まおくん。えへへ」


  衣怜いれが居てくれたから、俺の探索は楽しかったな。どんな時でも、快適で、最高だった。


衣怜いれ。ありがとな」


「……わ、私も」


 俺たちは湯船の中で手を握った。

 誰にもバレないように、こっそりと。

 

  衣怜いれは小さな声で囁く。


真王まおくん。大好き」


 俺も同じように囁いた。


「俺も大好きだよ」


「ほえ?  真王まおさま、何か言われましたか?」


 しまった、エルフは耳が良いのか。


「な、なにも言ってないよ」


「そうですか……。てっきりご指名かと思いました」


「なんのだ?」


「お体を洗うならば、このネオにお申し付けくださいませね」


 はい?


「あーー! ネオ狡いわよ!  真王まおさまの体を洗うのはネネなんだからぁ!」

真王まおさま! ネミも 真王まおさまのお体を洗いたいです!」

「ネ、ネナもです!」


 やれやれ。

 片井ビルが随分と賑やかになったな。


 エルフたちが騒ぐと他のみんなは笑っていた。


 ふふふ。気の合う仲間たちに囲まれて最高だな。

 ああ、楽しい毎日になりそうだ。


 もちろん、自分の体は自分で洗うけどね。






 そこは刑務所の面会室。

 強化ガラス越しに立ったのはスーツ姿の男だった。しかし、男はモノを言わず、立っているだけである。


 男の向かいに座っているのは、囚人服を着た 寺開じあく  輝騎てるきだった。彼は不服そうにため息を吐く。


「なにか言えよ。口が付いているのだろう?」


 男の影が生き物のように動いたかと思うと、それは黒装束の姿に変貌した。フードの奥から見えるのは、褐色肌で鋭い目つき。


輝騎てるき。元気にしているか?」


 男の名はギーベイク。

 アンダルハイヤーからやって来た褐色肌のエルフである。


「人の影に忍んで入場するとは、変わった面会の仕方だな」


「アンダルハイヤーのエルフが、君と直接面会をするのは禁止されているのさ」


「地上でも力を使えるのは羨ましいよ」


 監視員は買収されていた。

輝騎てるきからは目を逸らすだけ。

 2人はゆっくりと対面した。


「元気そうでなによりだ」


「ふん。携帯が使えないのは不便だな。早く海外の刑務所に移送されたいよ」


「君の部下が手配しているよ。いずれはそうなるだろう」


「海外の刑務所ならば携帯を使うことが可能だ。そうなれば、刑務所内から組織に指示が出せるからな」


「いつものように金で揉み消して出所すればいいじゃないか」


「そうはいかん。今回の事件は大っぴらにニュースになりすぎた。政治家の力でもモミ消すのに一苦労さ」


「だから海外に行くのか? 私はこの世界の法律に詳しくないがね。日本の犯罪を海外で裁けるのかい?」


「私は多重国籍の持ち主なのさ。都合よく、どこの国の人間にもなれる。まぁ、なんとでもなるさ」


「流石だな」


「王になる者ならば当然だよ」


「なるほど。王か」


 ギーベイクはニヤリと笑った。


「君をここへやった男の正体がわかったよ」


「……片井を調べたのか?」


「そうだ。彼の力は脅威だからね。アンダルハイヤーの魔法学者を10人も使ったよ」


「ふん。たかだか、魔法壁を100倍に強化できるだけだろう。私の 王の突きキングトラストの敵ではなかった」


「それは片鱗に過ぎない」


「なに!?」


 ギーベイクは目を細めた。


「彼の力はあんなものではないはずだ」


「な、なんだと!?」


「100倍の魔法壁など……。彼の力が目覚めれば息をするより簡単なこと」


「……い、一体、奴は何者なんだ?」


「彼は堅牢神ガーディインの加護を受けている」


「堅牢神? なんだそれは!?」


「どんな攻撃も防ぐといわれている伝説の神。その加護を受けた者は勇者になれる」


「勇者だと?」


「千年に1人だけ誕生すると言われている伝説の勇者。どんな攻撃も防ぎ、傷一つ付けることはできない。どんな災いも、その者には敵わない」


「ふざけるな! 片井が選ばれた特別な存在だとでもいいたいのか!?」


「そうだ」


  輝騎てるきは仕切られた強化ガラスをドンと叩いた。


「ふざけるなぁあああああ!! 神に選ばれているのは王である、この私だぁああああああ!!」


 ギーベイクは冷静に口を開く。


「片井を懐柔しろ。それが王の務めだ」


「仲間にしろというのか!? あり得ん! 絶対に! 地球が滅亡する日であったとしても、そんなことは絶対にあり得んのだぁあ!! 王である私が自由を拘束され、携帯さえ使えん不便な生活だぁああ!! これ以上の屈辱があるかぁあああああ!! 絶対の絶対に許せるもんかぁあああ!! クソカス庶民の分際でぇええええええええええ!! 絶対の絶対に絶対的に、圧倒的な敗北を食らわせてやるぅう!! 片井  真王まおぉおおお!! この世から抹殺してくれるわぁああああああああ!!」


 ギーベイクの答えは揺るがなかった。

 心を乱す事なく、ただ冷静に。

 それは氷のように冷たい表情だった。





「片井は堅牢の勇者だ。世界を厄災から救う者」






 第1章。完結。






────


いつも応援、コメント、星とハートの評価、ありがとうございます。

とても嬉しいです。


みなさんのおかげで1章を終えることができました。

というのも、今作は人気がなければ5万字程度で終わっていた物語だったのです。予定では赤木のざまぁくらいで終わっていました。


続けることができたのは、みなさんが評価、ブクマしてくれたおかげです。


次回から2章が始まります。

面白ければ、星の評価をお願いしますね。

基本は完結まで持っていきますので、安心してお読みください。

鉄壁さんの大活躍は、まだまだこんなもんじゃありませんよ!

応援、よろしくお願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る