第38話 最強の矛と壁

 霧の中から出てきたのは端正な顔立ちの男だった。

 30代前半くらいの中年だろうか。

 高級なスーツを身に纏っている。


 ダンジョンにスーツで来るとかどういう感覚だ?


 などと思っていると、男はニヤリと笑った。


「ダンジョンの近くを通ったもんでね。様子を見に来たんだ」


 様子だと?

 なんのことだろう。


「私は収納スキルが使えるんでね。ダンジョンの中では手ぶらでも結構なんとかなるもんだよ」


 そう言って、亜空間から立派な槍を取り出した。


「ホラね。手ぶらでもなんとかなるだろう」


 槍使いか。

 やはり、こいつが俺の魔法壁を貫いたんだ。


 何者だろう?


 襟に付いてるのは社章か?

 「J」の文字に見えるな。


「兄が随分とお世話になったようだな。片井  真王まお


 俺の名前を知っている。

 それに兄だと?


「ククク。私は 寺開じあく  輝騎てるき。君が倒した 寺開じあく 晴生の弟さ」


 なるほど。

 兄弟がいたのか。


 弟も兄と同様に裏社会の臭いがプンプンするな。

 関係を持ちたくないタイプだ。


 でも、これでわかったぞ。

 赤木が妙な力を身につけていた理由が。


 銃を持っていたり、複数の手足れを連れていたり。それに、高価なレアアイテムまで。

  寺開じあく財団が裏で手を引いていたのか。

 赤木が俺を殺そうとしたのは 輝騎てるきの指示だな。

 俺に恨みを持っていた赤木を利用したんだ。


 そうなると、


「エルフの女たちが縛られていたが? 人身売買は重罪だぞ」


「おっと、バレてしまったのか。ククク。まぁいいさ。この際だから全て話してやろう」


 やれやれ。

 この霧の魔法は厄介だな。

 コウモリの録画が機能しないから証拠が取れない。


「ダンジョンは良い。レアアイテムや配信で稼げるからなぁ。でも一番いいのは密輸なのさ」


 密輸?


「ダンジョンは法整備が追いついていないんだ。なにせ、定期的に地下空間が成長してしまうんだからな。せっかく地図を作っても、数日経てば迷路が広がっている可能性がある。国が管理するには難しい場所なのさ」


 そう言って、亜空間から小袋を取り出した。


「見ろよ。これ。上質だろ?」


 小袋からサラサラの白い粉が出てくる。

  輝騎てるきはそれを鼻で吸い込んだ。


「すぅうううううううう!! クフフフゥ! 最高だぁああああああ!!」


 おいおい。

 アレってもしかして?


「これはコカインだよ。南米から取り寄せたんだ。地下空間は世界各地に繋がっているからねぇ」


 麻薬を運んでいるわけか。

 ああ、コウモリが作動していないのが本当に悔やまれるな。


「とんでもない大悪党だな」


  輝騎てるきは亜空間から銃を取り出した。


「ククク。銃の密輸だって可能だ。見ろよ。トカレフだ。ソ連が開発した最高の自動拳銃さ」


 赤木が持っていた銃だな。


「これを作っている所は少ないんだぞ。マカレフは威力が低いしね。私はトカレフが好きなんだ」


 やれやれ。

 違法な銃の自慢をされてもな。

 

「ククク。加えて、ダンジョンは異世界とも通じていてな。アンダルハイヤー。私が取引きしている世界の名前さ。そこでエルフの女たちを買い込んでいるんだ。エルフの女はいいぞーー。地球上に登録がない存在だからなぁ。殺したって誰も文句はいえないしなぁ。自由なんだ。それこそ、物のように扱える」


「なるほど」


 これで全てが繋がったわけだ。


寺開じあく財団はダンジョンを使った違法ビジネスに手を染めていたのか」


「ククク。不服そうな目だ。私を悪だと思っているな。なにが正義かは君が決めることではないのだよ」


「正義とかさ。そんなんじゃないけどさ。おまえは、腐った牛乳を拭き取った雑巾より、強烈な臭いがプンプンしてるよ」


「フン……。まぁ、穏便にいこうじゃないか。私は愚兄とは違うんだ」


 ほぉ。


「じゃあ、自首するのか?」


「フッ。まさか。正義について語りたいだけさ」


 拘るなぁ。


「おまえは、悪だよ」


「それは君の見解だね。まぁ、聞きたまえよ。私の正義は利益なんだ」


「なんだそれは?」


「個人の利益こそが正義という話さ。麻薬は気持ちがいいんだぞ? 最高にハイになれる。これは個人にとって利益だとは思わないか? 銃を持っていれば暴力から身を守れる。エルフの女は性奴隷にできるんだ。最高の利益だろう。これこそが正義さ!」


 やれやれだ。

 反論するのも嫌になるが答えてやろう。


「麻薬は体と精神を蝕み、銃は犯罪を増やす。性奴隷はエルフの尊厳を奪う行為だ。おまえの主張に正義なんて1ミリも感じられないけどな」


「ククク。理解できんか。ならば、これはどうだ? 1億やろう。君に1億円をプレゼントしてやろうじゃないか。小切手じゃないぞ。現金でだ。ククク。これで将来安泰だな」


 1億か……。それだけあれば、 衣怜いれと紗代子さんと楽しく暮らせるな……。

 いやいや。なにを反応しているんだ俺は。


「目的はなんだ?」


「フフフ。私の仲間になって欲しいのさ。君のことは調べ上げた。正体は今話題の配信者、鉄壁の探索者だ」


 隠しても無駄のようだな。


「だから?」


「ククク。君の人気は鰻登りだ。おそらく配信者のトップに君臨するだろう。君の影響力を使えば 寺開じあく財団は更なる飛躍をするというもんだ。私はいずれ、この国さえも手中に納める存在になるのだ。私と君が組めば支配者になれるのさ。2人でこの国の王になろうではないか!」


「えーーとな。最近、俺のビルに温泉ができたんだ。探索終わりにゆっくり浸かろうと思うんだけどな」


「ふん。どうせ小さな温泉だろう。私なら巨大な屋敷に最高の温泉を作ることが可能だぞ! そこに奴隷のエルフを従えてだな。ハーレムにできるんだ」


「いやいや。小さくていいんだよ。こぢんまりとさ、仲間と入って探索の疲れを労う」


「ふはは! つまらん願いだな。力を持っているのなら誇示するべきだ」


「俺はそういう男なんだ。大きなことは望まないのさ」


「失望したぞ。片井。それでは王になれん」


「そんなのは求めてないさ。俺は一般庶民なんだよ。牛松屋で牛皿をあてにしてさ、瓶ビールを飲めれば幸せなんだ」


「クハ! つまらん人生だな! だったら、死ね。 寺開じあく財団の秘密を知った者は生かしておけない」


 やれやれ。

 気取っていても、所詮は兄の晴生と一緒か。


攻撃アタック 防御ディフェンス 壁パンチ」


 俺は魔法壁を殴って奴に向かって飛ばした。


 さぁて、効くかな?


「くはっ! 無駄だぁああああ!!  王の突きキングトラスト!!」


 奴の槍は俺の魔法壁を貫いた。

 穴の空いた壁は消滅する。


 なるほどな。

 刃先のオーラはスキルか。

 突きに特化した特殊技で俺の魔法壁を貫通するんだな。

 だったら、


攻撃アタック 防御ディフェンス10倍。壁パンチ」


王の突きキングトラストぉお! 無駄だと言っているだろうがぁああ!!」


 ふむ。簡単に貫くな。

 まるで抵抗がない。

 10倍でも無理か。


「俺のスキル。 王の突きキングトラストはどんな物でも貫通してしまうスキルなのさ。まさに王の突き! 愚民の貴様に王の技は防げない!」


「おい。勝手に愚民って決めるなよな。ちゃんと税金は納めてんだからさ」


「くだらん。死ね!」


 おっと。槍攻撃。


「ふん! 身のこなしだけは中々のものだな。しかし、避けていてもいずれは俺の槍がぶっ刺さるぞ!」


 よし。

 じゃあ、一気に厚くしよう。


攻撃アタック 防御ディフェンス50倍」


「無駄ぁああああ!!」


 おお……。やっぱりダメか。

 簡単に貫くんだな。


 じゃあ、初めてやるが、全力の壁を出してみようかな。


 俺は魔力を溜めた。


 こんなに全力で魔法壁を生成するのは始めてのことだな。


「ほぉ……。魔力を溜めているのか。出るか? 全力の魔法壁」


「ああ、これが全力の、魔法壁だ」


 その壁は稲妻を纏っていた。

 通常の物のより、激しく発光する。






攻撃アタック 防御ディフェンス100倍!」






 ダンジョン内に強風が吹き荒れる。

 100倍の壁が空気の歪みを生んでいるのだ。それは渦を作り、強い風を作る。


  衣怜いれは捲れ上がるスカートを抑えた。


「す、すごい……。あれが 真王まおくんの本気……」


 さぁ、これでどうかな?


「貫けるか? 俺の魔法壁」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る