第26話 二ノ宮 紗代子は恋をする 後編

 学生が相方なんて、よほど極貧経営なのだろう。

 借金とかあるのだろうか?

 私の人生において、そんな男は遠ざけたい存在である。

 にも関わらず、彼との会話を1秒でも長引かせたい自分がいた。


「へぇ。紗代子さんはOLなんですね」


 うう。なにこの子。最強に話しやすいわ。

 もう、私のことを紗代子さんって言ってくれてるし。

 わ、私だって、


「か、片井くんは探索者になってどれくらいなの?」


 んきゃーー!

 片井くんとか言っちゃたわ。

 年下の子だもんね。良いわよね? 犯罪じゃないわよね?


 彼は会話の達人だった。

 気がつけば1時間以上トークが弾む。

 まぁ、ほとんど私が喋っているような気がするけど、聞き上手ってやつかしら?

 会話が止まらないのよ!

 もう、とっくに会社の昼休みなんか過ぎてるけど構わないわ。


 気がつけば会社の愚痴を溢していた。


 信じられない。

 初対面なのに……。


 ああ、もう本当に彼とは運命を感じるわ。


「俺、探索者の事務所を持っているんですけどね。事務員が欲しいんですよ。紗代子さんくらい仕事のできる人が来てくれたらありがたいんですけどね」


 ああ、どうせ、極貧経営なのでしょう。

 知っていますよ実情は。

 こんな話は完全にスルー案件。

 ……なんだけどもね。


「やるわ」


「え?」


「その事務所の事務員。私にやらせてちょうだい」


 自然と言葉が出ていた。

 ああ、運命って怖い。

 今、私は冒険をしている。

 一生後悔するかもしれない大冒険。


 私は会社に戻った。




「会社辞めます」




 社長は目を見張る。


「はぁああい!? き、君が抜けたら我が社はどうなるんだ? 君の実績は大きいんだぞ!?」


 そんなこと知らないっての。


「私はただのOLですよ」


「事実上、君の仕事は部長クラスなんだよーー!」


 そう言われても。

 今まで道具みたいにこき使われて来たしな。


「わかった! 昇給させようじゃないか! 給料を20万にするから辞めんでくれぇえええ!」


 いや、もう遅いって。

 

「残念ですが、人生を賭けてもいい職場が見つかってしまったのです」


「そ、そんなぁああ〜〜」


 ああ、暴挙だなぁ。

 20万かぁ……。うう、大きい。


「おいおい、このメスガキが! 調子に乗ってるんじゃないぞ! 社会の厳しさを思い知るがいいさ! おまえみたいなレベルの奴がな! 良い職場に恵まれるわけはないんだ! それが自然の摂理なんだよ! 社会常識だ! また雇ってくださいと言われたってな! こっちから願い下げだからな! 覚えておけ!!」


 ああ、心に刺さるなぁ。

 社会が甘くないのは十分理解してるわよ。

 わかってて飛び込むの。それが冒険なんだからさ。

 ああ、待っているのは極貧生活。

 パンの耳が主食になるのかしら?

 うう……。がんばるしかないわね。


 私は片井くんの事務所に行った。


「か、片井ビル……。片井ダンジョン探索事務所……」


 こ、これって……。

 

「自社ビルぅうう?」


「ええ。まぁ一応」


 ここって駅近よぉ?

 そんな場所に5階建てのビルですってぇえ!?

 す、凄ぉおおおおお!!


「俺、配信者なんですけど、その配信料の管理とか税金の手続きとか面倒臭くて困っていたんです」


「そんなのは、私が税理士の免許を持っているし、任してくれたらいいけどさ。配信者だったら登録者がいるわよね? 何人くらいなの?」


「えーーと。今は40万人ですかね」


「よ、40万人ーー!?」


 す、凄すぎる……。

 有名人じゃない。


「えーーと。紗代子さんの給料なんですけどね。固定給にしておきたいんですけど。50万円でいいでしょうか?」


「はいーーーー!?」


「あ、少なすぎましたか? ですよね。やっぱり60万円でお願いします」


「貰いすぎよ!!」


「ああ、だったら良かった。まぁ、事務処理は大変だろうから、それくらいは貰ってください。あ、もちろん、年2回のボーナスも考えますから」


「…………」


 い、いいのかしら?


「うちは完全週休2日制なんですよ。基本は朝9時から夕方5時勤務でお願いします。もちろん、残業した分は請求してくださいね。あ、あと有給休暇も考えますから」


 なんなのここは?

 私はパラダイスに迷いこんでしまったの?


 てっきり極貧生活に突入するとばかり思っていたのに。

 蓋を開けたら超ホワイトな上位企業に就職した感じじゃない。


 ああ、ここで片井くんと甘い生活が始まるのね。

 おっと、片井くんなんて言っちゃいけないわ。社長って呼ばなくちゃね。ふふふ。

 そして、ゆくゆくは社長夫人に……。

 片井くんのことを「あなた」なんて呼んだりして。んきゃーー!

 

「ただいまーー」


「おお、 衣怜いれお帰りーー」


「あれぇ? すっごい綺麗な人ぉ……。どなたなの?」


「うん。今日から事務を担当する紗代子さんだよ」


「わぁ! よろしくお願いします。私。沖田  衣怜いれです」


 なにこの子ーーーー!

 めちゃくちゃ可愛いいいいいいい!!

 アイドル顔負けの美少女!

 なんなのよぉおお!!


「あ、えーーと。これが俺の相方で……。えへへ。俺の彼女です」


ガァーーーーーーーン!!


 彼女おんのかーーーーい!

 

 そりゃそうよねぇ。

 こんなに素敵な男の子なんだもん。

 いるに決まってるわよねぇ。


「……二ノ宮 紗代子です。どうぞ、よろしくお願いします」


「えへへ。私のことは 衣怜いれって呼んでください。私は紗代子さんって呼ばせてもらってもいいですか?」


「ええ。お願いするわ。 衣怜いれちゃん」


「えへへ。紗代子さんって。お姉さんって感じします」


 ああ、これだったら極貧生活の方がまだマシだったわ。

 こんなに可愛くて性格良さそうな子じゃ、絶対に勝ち目がないじゃない。


 うう……。でも、諦めちゃダメよ。

 片井くんには運命を感じちゃったんだから。

 2人は結婚してるわけじゃないんだもん。

 ま、まだ可能性はゼロじゃないわ!

 

 がんばるのよ紗代子!! 


 数日後、私は元会社の社長にセクハラとパワハラを理由に慰謝料を請求した。断れば裁判にてバトルである。ことが大きくなれば、会社の評価は駄々下がり。ひいては、嫁や子供にもそのことが知れ渡るだろう。


 もう、気を使う必要がないもんね。

 全力で戦ってやろうじゃないの。

 もうね。こっちは生活の基盤が安定してるから、気持ち的に余力があるのよ!


 そんな強気な姿勢が功を奏したのか。


「倍払う! 倍払うから事を大きくせんでくれぇええ!! すまなかった! 許してくれぇええ!!」


 と、土下座をして来た。いや、土下寝かもしれない。

 もう、私の靴まで舐めそうな勢いだったので許してやろうと思う。

 私が、こんなに強気になれたのは片井くんのおかげだな。本当に感謝しかないわね。

 

 ──

 次回、赤木たちが出るようですよ。

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