第25話 二ノ宮 紗代子は恋をする 前編

〜〜二ノ宮 紗代子視点〜〜


 私は二ノ宮 紗代子。

 24歳のOL。

 短大卒業後。

 中小企業に就職した。


「紗代子ちゃん。今週の日曜は空けておいてね。お客さんとゴルフ接待だからさ」


 と、社長は言う。


 いやいや。

 先週もそう言って付き合わされた。


「社長。今週は予定が入っているんです」


 買い物をして気晴らしをしたい。

 私だって少しくらいは休みが欲しいのよ。


「おいおい。ちょっと美人だからって調子に乗っているんじゃあないぞ。身分を弁えたまえよ。身分を」


「ええ。ですから。私はOLですからね。それなりの仕事だけに止まろうかと」


「んなことは詭弁なんだよ。お客さまあっての我々だろうがぁ! 私だって休みを削って仕事をしているのだ。社員の君が頑張らんでどうする? ん?」


 社長とOLの仕事を一緒にしないで欲しいわ。


「それともなにか? 君のそのいやらしい体を我が社のために使ってくれるとでもいうのかね? グフフ。君は美人だからね。胸なんかFカップはあるんじゃないか? ヌフフ。お客さんはみんなが君を狙っておるんだよ。枕営業をしてくれるのならゴルフの接待は免除してやってもいいがな、ククク」


 あり得ないわ。


「お断りします」


「だったら休みを返上してゴルフの接待くらいせんかい! それが社員の勤めだろうが!!」


 ああ、これで月収12万の仕事だからな。

 本当にやりきれない。

 それに事務所の仕事でも、


「二ノ宮さん。この仕事、お願いします」

「二ノ宮さん。B社の案件。どうなりました?」

「二ノ宮さん、Aプロジェクトの改善提案をお願いします」

「二ノ宮さんイタリア語の通訳お願いします」

「二ノ宮さん中国語の翻訳をお願いします」

「二ノ宮さん──」

「二ノ宮さん──」


 ああ、もううんざりするほどこき使われる。

 10以上取得してる資格と、5ヶ国語が喋れてしまうのが問題なのだと思う。

 みんなはこぞって私を頼る。

 世間のOLってこんなに仕事を任されるものなのだろうか?

 毎日サービス残業で、帰るのは終電間近だし、月に数件、新規の顧客契約を結ぶことがあるわ。やっているのは営業部長クラスの仕事をしているような気がするのだけど、気のせいかしら?


 昼休憩。


 ランチの時間だけが唯一の休憩だ。


 今日は1人でゆっくりできる場所にしよう。

 路地裏に入った所のイタ飯屋が良い。あそこは雰囲気がよくてゆっくりできる。


 私が路地裏に行くと、そこには見慣れない地下への入り口があった。


「げっ。こんな所にダンジョンができたんだ」


 市に電話すれば駆除してくれるみたいだけど。

 もう着手してくれているのだろうか?


 入り口を覗き込んでみる。

 暗く、ジメジメとして、土と獣の臭いが混ざったような独特の臭気がする。


 この中に入れるのは探索者の資格を持つ者だけだ。


 子供の頃は憧れたな。

 モンスターを倒して未知のアイテムを入手する。

 まるでゲームみたいな世界。


 まぁ……。一応、資格は持ってるんだけどね。

 ちょっと資格取得が趣味みたいなところがあったから、その延長で取ってみた。私なら、探索者になって冒険する、なんて人生も選べる……。


 でも、現実は甘くないのよねぇ。

 探索業だけで生活している人なんて殆どいない。

 探索者の実情は極貧生活。テレビ番組『プロフェッショナル職業の流儀』で特集がやってたもん。

 想像以上に過酷な職業だったな。

 ダンジョンで手に入るアイテムってそんなに高く買ってもらえないらしい。稀に高価なレアアイテムで億万長者になっている人がいるみたいだけど、そんなのは宝くじの1等が当たるくらいの確率みたい。

 そんな現状だから、探索者は配信業が中心になっているようだ。

 でも、配信者は腐るほどいるし、なかなか観てもらえないんだとか。

 酷い人なんか100再生も観てもらえないってインタビューで答えてたな。


 この前、ニュースで日本の探索者は100万人を超えたって言ってたけどさ。

 警官の人数が約30万人だから、倍以上の数が存在する。

 でも、探索業で生活できるのはごくわずかな人だけなのよね。

 

 ああ、でも憧れちゃうな。

 ダンジョンに潜ってモンスターを倒してさ。

 ゲームみたいな大冒険。

 仲間たちとパーティーを組んでさ。

 恋とか生まれちゃうのよ。ウフフ。

 スリルとワクワク。安定しない生活でもさ。そんな人生でも良かったかもね。


 貧乏でもさ。

 愛し合う2人ならどんな困難も越えられるのよ。


「んきゃ♡ 紗代子のロマンティスト」


 ああ、妄想が暴走してる24歳は痛いわ。

 恋人ってどうやって作るんだろ?

 せめて、30歳までに処女は捨てたいわね。


 そんな時だった。


ゴゴゴゴゴゴゴ!


 突然の地響き。


「え!? なになに!?」


 ダンジョンの入り口は強烈な光を放って消滅した。


「え!? 消えた!?」


 ダンジョン駆除だ!

 初めて遭遇した。


ドン!


 痛っ!


 なにかにぶつかる。


 私は尻餅を付いた。

 と、同時。

 掛けられたのは優しい声だった。


「あ、大丈夫ですか?」


 その声は澄んでいて、とても穏やか。

 聞いた瞬間に、ドキっとした。


 そこに立っていたのは探索者の男。


 この人にぶつかったのか。


 きっと、この人がダンジョンを駆除してくれたんだな。


 彼の顔を見た時に、私は全身に電気が走った。

 

キュピーーーーン!


 か、かっこいい。

 爽やか、イケメン。

 可愛いという感じもある。

 なんというか、空気清浄機を通した風のような、胸いっぱい吸いたくなるような空気の持ち主。


「あ、あの! ぶつかってごめんなさい! お礼にお茶を奢らせてください!」


 なんてこと。

 私が……。男に対して奥手だった私が、人生初めての逆ナンをするなんて。


「あ、いや。気にしないでください。それより怪我はありませんか?」


「だ、大丈夫です。本当に申し訳ないと思っています。ちゅ、昼食は食べられましたか? よ、よろしければご一緒にどうですか?」


 私は捲し立てるように喋った。

 体が勝手に動くとはこのことだろう。

 かなり強引かもしれないけど……。ええい、ままよ!


「この路地の先にね。とても落ち着ける店があるのです。探索でお疲れでしょうから、ぜひ!」


 こんなことは初めて。

 でも、彼には運命を感じる。


「ぜひ、ご馳走させてください!」


「じゃ、じゃあ……。そんなに言うのなら……」


 彼は私の推しに負けて、昼食を食べてくれることになった。


 いよし!

 人生初の逆ナン成功!!


 そこは小洒落たイタ飯屋。

 ゆったりとしたジャズが流れて、部屋のいたる所に観葉植物が並ぶ。


 そんな場所に探索者の装備に身を包んだ彼と入る。

 私はOLの服装なので、傍から見ればなんともアンバランスな2人だろう。

 周囲の視線は感じる。でも、そんなことはどうでもいいのだ。

 彼と同じ時間が過ごせるのなら。


 彼の名前は片井  真王まお

 22歳の探索者。

 普段は相方がいるらしく、その人は学生なので、今日は1人なのだという。


────

次回はざまぁ展開です。

お楽しみに。

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