第27話 片井ビルの発展


〜〜片井視点〜〜


 紗代子さんが事務員になって数日が経つ。

 それはもう凄まじい仕事っぷりだ。

 

 配信料金に対する面倒な対応は全て彼女が受け持ってくれている。

 今までスルーしていた海外からの特殊な案件や、依頼も全て彼女が担当する。

 なにせ、紗代子さんは5ヶ国語が喋れてしまうのだ。外国語の長文メールもなんなく読めてしまうのである。加えて、営業トークはお手のもの。俺の負担は一切なく、相手にも利益が出るように話を進めてくれた。

 おかげで、配信料金は海外の分まで入ってくるようになった。

 彼女を雇う前と今では収入が倍以上に膨らんでいる。


 それに、仕事以外でもありがたいんだよな。


「ただいまーー! 紗代子さん。この前の英語のテストなんとかなりましたーー!」


「そう。良かったわ」


  衣怜いれの勉強も面倒みてくれている。

 紗代子さんは英検2級を持っており、加えてTOEICは900点以上の実力者である。

 英検は1級の実力に匹敵しそうなものなので、一度、2級の理由を聞いてみたのだけれど。曰く、なんとなく受験した2級が簡単に合格して、あとは取得するのが面倒になったとか。

 彼女にしてみれば、もはや、こだわる部分ではないのだろう。

 学力は超優秀。こんなにすごい人が俺の部下だなんていいのだろうか?


 ここまでしてくれるのなら、俺としてももっと優遇してあげたい。 

 ということで、彼女にはこのビルの4階の1室に住んでもらうことにした。

 もちろん、家賃は格安。広さは以前の倍以上だ。


「本当にいいの? こんなに立派な部屋。しかも、家賃は格安じゃない」


「気にしないでよ。紗代子さんにはお世話になっているからね」


「ありがとうね。片井くん」


 紗代子さんはプロフェッショナルだった。

 仕事モードに変わると徹底して敬語になる。


「社長。住居スペースの運用のご相談なのですがよろしいでしょうか?」


 もっとフランクな話し方でもいいと思うんだけどね。

 本人はこっちの方がやり易いみたいだ。なので、合わすことにした。


「住居スペースか。3階と4階の話だね。20部屋ほどあったっけ。そのうち1部屋が紗代子さんが使っているよね」


 ちなみに、1階と2階は探索事務所。5階は俺と 衣怜いれの居住スペースとなっている。


「19室を賃貸スペースにして家賃を徴収することが可能ですがどういたしましょう?」


 うーーん。

 そうなると、知らない住民が俺のビルに通うことになるんだよな。

 配信料は鰻登りだし、特別な収入は必要ないように思える。


「その案は却下しよう。まずは俺の関係者だけにこだわりたいね」


「承知しました」


 しかし、腐らすのは勿体ないよな。


「紗代子さん的には他にいい案とかある?」


「客室として宿泊専用のVIPルームを作るのはどうでしょうか? ご友人が泊まるのになにかと便利だと思います」


 おお!

 それはいい。

 まぁ、俺に友人がいるわけではないが、今後のことを見越してそういう場所があるのはいいかもな。


「よし。じゃあ、試験的に作ってみようか」


「承知しました」


 あとはそうだな……。

 

「娯楽施設とかさ……。ハハハ。流石に無理かな」


「……例えば大浴場とかでしょうか?」


 おお!


「いいね。温泉とか入れたら申し分ないけどね」


「温泉でございますか……」


「ハハハ。流石に無理だよね。思いつきすぎるか」


「いえ。調べますので少々、お時間をください」


 いやいや。

 流石に温泉は無理だろう。

 

 と、思っていたら数時間後。


「社長。温泉の件。可能でございます」


「できるの?」


「はい。地下50メートルに地下温水が存在しております。それをポンプで組み上げれば可能かと」


「へぇ。じゃあさ。ビルの屋上で見晴らしのいい温泉とかさ。入れたら最高だよね」


「ただ問題がありまして……。地下温水がダンジョンの影響を受けているようなのです。汲み上げて使うには魔晶石による呪いの解呪が必要ということです」


 ふむ。


呪湧水じゅゆうすいだな。ダンジョンの湧水が呪われていて人間の皮膚に触れると焼き爛れるんだ。温泉の湯として使うなら解呪の魔晶石で呪いを解く必要があるな」


「流石は社長。よくご存知ですね。厄介なのが、解呪の魔晶石が特殊なことでしょうか。B級ダンジョン以上にしか存在しないそうです」


「だな。ちょっと取ってくるよ」


「わかりました。では、フリーの探索者を募集いたしますね」


「いや。 衣怜いれと行くから大丈夫だよ」


「え!? し、しかし、資料では最低でも10人以上の探索者が必要だと書かれていますが?」


「いつも2人で探索してるんだ。大丈夫さ。あれ? 俺のアーカイブ見てなかったっけ?」


「た、確かにいつも秘書ちゃんと2人ですね。あれは……。他に誰かいるとかではないのですか?」


「うん。だって協力者とか知らないだろ?」


「他のパーティーと協力してとか……」


「ははは。ないない」

「あはは。紗代子さん。心配しなくても大丈夫です。B級なら 真王まおくんと2人で余裕ですよ」


「で、でも 衣怜いれちゃん。このガイドブックは公式発表よ? 安全面は守った方が良いんじゃないの?」


「ふふふ。大丈夫です。 真王まおくんなら」


「そ、そうなの?」


「まぁ、安心してよ。俺たちは大丈夫だからさ。紗代子さんは事務所の留守番頼むね」


「は、はい……。何日くらい攻略に時間がかかるのでしょうか?」


「そんなに時間はかからないと思うよ」


「え? しかし、ガイドブックには最低でも3日はかかると……」


「ははは。あくまでも目安だから」


「はぁ……。で、では、お気をつけて」


 3時間後。


「ただいまーー」


「早い!!」


「とりあえず20個ほど拾って来たよ」


「す、すごい!」


 1個の魔晶石で1週間分の地下水を解呪できるだろう。

 定期的に拾って足せば問題ないな。


「ガ、ガイドブックの目安を平然と凌駕する社長の探索はすごすぎますね」


「別に普通だけどね」


「うう。そんなアッサリと……」


 さて、あとは施工費用か。


「温泉を作る料金ってどれくらいなのかな?」


「はい。見積もり書を作成しておきました」


 流石は紗代子さんだな。準備がいいや。


「施工費用は2千万円ほどかかるようですね」


「うーーん。高いな」


 流石にそこまでの貯金はないよな。

 目的の遂行には金を貯める必要があるのか。

 まぁ、ローンという手もあるが……。


「念のため、融資ができる所を調査しました」


「そんなことまで?」


「一般の銀行ならどこでも問題なく融資が可能でしたよ。一番条件が良かったのが西園寺不動産ですね」


「え? 西園寺社長に聞いたの?」


「はい。実は以前から西園寺社長には、問題があったら相談するように言われておりましたので確認させていただきました」


 優しい社長だなぁ。


「そうしましたら、社長からこう言われました。『私もその温泉に入りたいから施工費用は全額出す』とのことです」


 はいい?


「ですから、西園寺社長が施工費用は負担すると仰っております。よって、片井社長のGOサインが出ましたら、無料でビルの屋上に温泉を作ることが可能でございます」


 すごい展開になってきたな。

 思いつきで言っただけなのだが。


「あは!  真王まおくんとみんなで温泉に入るなんて最高ね」


 確かに……。

 まぁ、混浴は無理だろうがな。以前から探索終わりに温泉に浸かりたいと思っていたんだ。


「どういたしましょうか、社長?」


 うーーん。

 それにしては施工費の全額負担は大きいよな。

 流石に気が引けるよ。


「西園寺社長は念を押されていましたよ。『金のことなら気にするな、そんなことより温泉に入りたい』とのことです」


「ははは」


 まぁ、あの社長の言いそうなことか。


「よし、わかった! 温泉を作ろう!」


 こうして、俺のビルの屋上に温泉を作る計画が始まった。

 

「紗代子さんってすごいよね。なんだか片井ビルがドンドンよくなるような気がするよ」


 彼女は顔を赤らめて、


「いえ。社長が快適に過ごしていただけるのなら、私は本望です」


 と、謙遜したかと思うと、積み上げられた魔晶石を見て呆れた。


「というか、私より社長の探索の方がすごいと思いますけどね」


 いやいや。俺はただB級ダンジョンを攻略しただけだからな。

 まぁ、紗代子さんは探索の実情を知らないみたいだから感覚はわからないか。

 それにしてもよく働いてくれる。気がきくし話し易い。本当にいい人を雇えたよな。


「社長。事務手続きで温泉に名前が必要なのですが、なんて名前にいたしましょうか?」


「えーーと、適当なのが浮かばないなぁ」


「では、社長のお名前でよろしいですか?」


「んじゃ、それで」


 そういうことで、片井温泉となった。

 まぁ、わかりやすいネーミングだよな。


 そういえば、


「紗代子さんはさ。温泉好き?」


「だ、大好きです」


 なんで赤くなるんだ?


「しゃ、社長と入れるのを楽しみにしています」


「ははは……」


 まぁ、混浴はないだろうけどね。


 それにしても、まさか、片井ビルに温泉を作るなんて想像もしてなかったや。

 細やかに探索業をやっていくつもりだったけどさ。拠点のビルが大きいから夢は膨らむよな。

 将来は探索者を登録させてギルドのように運営するのも面白いかもしれないぞ。




 片井温泉の施工が始まった。

 ビルの地下階では工事業者が慌ただしく作業する。

 そんな時。

 

 二ノ宮が受付をしている窓口に3人の探索者がやって来た。


「おいおい。片井ビルってマジかよ? ここ片井のビルかよぉ?」


 赤毛の男は二ノ宮に声を掛けた。


「なぁ、綺麗な姉ちゃん。片井はいるか?」


「社長になんのご用でしょうか?」


「社長!? おいおい。嘘だろ? あいつ社長になってんの?」


「お客様はどちら様でしょうか?」


「ははは。まぁ、片井の昔馴染みっつーーか、戦友っていうかさ。ケハハ。まぁ、そんな感じだわ」


「はぁ……。社長のご友人でしょうか?」


「ああ。俺たちは 炎の眼フレイムアイってパーティーなんだ。配信者の中ではよぉ、結構有名人なんだぜ」


「はぁ……」


「俺はリーダーの赤木だ。よろしくな」

 

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