第14話 衣怜の秘密

  衣怜いれには秘密があるという。


 ふぅむ。

 一体どんな話なのだろう?


 彼女は俺の腕を抱きしめた。


 Iカップ以上はあるであろう、大きな胸の感触が俺の全身を支配する。


「た、大切な話なんです」


 この胸の感触。

 期待はしてしまうよな。


「じゃ、じゃあ。行こうか」


 ぎこちなくエスコートする。

 彼女は無言でコクンと頷いた。


 一応だが……。

 避妊具は買ってあるんだ。

 一応な……。


 マンションに到着する。


「ちょっと待ってて」


 玄関前で、彼女に待ってもらう。


 早く片付けろーー。

 まさか来るとは思ってなかったからなぁあ。


「うぉおお!」


 散らかっている物を回収。

 急いで押し入れに入れてぇえええ。


 彼女を待たすのは悪い。

 探索より必死だわ。


 避妊具は枕の下に忍ばせてぇ。

 消臭除菌スプレーで臭いを除去だ。


 10分後。


「ど、どうぞ……」


「お、お邪魔します」


「散らかってて悪いな」


「いえ。すごくスッキリしてて素敵な部屋です」


「狭くて恥ずかしいよ」


「ウフフ。なんだか、いい匂いがしますね」


 ありがとう除菌スプレー。効果は抜群だな。


 俺たちは紅茶を飲んだ。


「あ、あの……。 真王まおさん」


「うん?」


「私の秘密。聞いてくれますか?」


「ああ」


 こんなに改まるなんてな。

 なにを隠しているのだろう?


「実は……」


 と、言って黙り込む。


 そんなに話にくいことなのか?


「私……」


「うん」


「今まで黙っていのですが……」


「おう」


「だ……」


「うん」


「大好き……」


 え?


「大好きなんです」


「え? え?」


「すごく好きなんです」


 これって、もしかして告白か?

 枕元には準備万端。

 ついに童貞を捨てる時が来た。



「私。アニメが大好きなんです!」



 はいーー?


「……なんの話だよ?」


「私、アニメが大好きな人なんです!」


 やれやれ。

 勿体振るからなんのことかと思いきや。

 こりゃ、避妊具の出番はなさそうだな。


「そんなことか。深刻になるから身構えたよ」


「す、すいません」


「安心しろよ。俺だって好きだしさ。今までだって、ちょいちょい今季の新作の話題で盛り上がってたじゃないか」


「えーーと。その……。度が過ぎているというか……」


「グッズとか集めてるってこと? 別に気にしないぞ? そんなことで嫌われるとでも思ったのか?」


「き、嫌いになりませんか?」


「ならない」


「私、カラオケはアニソンオンリーなんですけど大丈夫ですか?」


「俺も似たようなもんだ」


「本当に、嫌いになりませんか?」


「当たり前だろ」


「じゃあ、そのぉ……。言ってしまうのですがぁ……。わ、私ぃ……」


 と、モジモジ。


 どうやら、まだあるようだな。


「安心しろ。全部話しても大丈夫だ」


「ま、 真王まおさん……」


「全部受け止めてやる」


「は、はい……」


 彼女が話し出すまで待ってやろうか。

 これは彼女なりの悩みごとなんだからな。




「じ、実は……。私、コスプレをしているんです」




 そう言った彼女は全身を赤らめていた。

 汗ばんで、顔は真剣そのもの。


 一世一代の告白、とでもいうのだろうか?


「ふむ。別にアリだと思うが?」


 拍子抜けというか。

 そんなことで悩むなよ、といった気持ちが強い。


「ハロウィンとかさ。みんなコスプレしてるし。アニメコスだって立派な文化だろ? それが趣味でもおかしくないと思うぞ?」


「あ、えーーと。度が過ぎていると言いますかぁ……。はわわわわ」


 うん?


「あーー。コミケとかコスプレのイベントに行ってるってこと?」


「は、はい……。い、行ってしまってます」


「俺だって行ったことあるし、気にするなよ」


 昔、興味がてらに一度だけ行ったことがあるんだよな。

 その時にコスプレイヤーを生で見たけど、あの迫力は凄かったな。


「じゃあ、結構、気合い入れてやってんだな」


「は、はい……。入れてしまっています」


「なんだよ。ははは。どんな秘密かと身構えたけどさ。大したことじゃないじゃないか」


「だ、だってぇ……。私……。このことを誰かに話したの初めてなんです」


 へぇ。

 悩みごとってのは人それぞれなんだな。


「写真とかある? どんな姿なのか興味あるよ」


「あわわわわわ」


「こういう流れになったら見せるもんだろ?」


「あぅうう……。わ、笑わないでくださいね」


「笑わない笑わない」


 俺たちはベッドに並んで座った。

 彼女はスマホの画面をスライドさせる。


「ど、どうぞ」


「おう」


 ふふふ。


「どれどれぇ……」





 え!?




 そこに写っていたのはアニメのキャラをした女の子。

 化粧をバッチリ決めて、カラーコンタクトで瞳の色を変えている。

 髪の毛はピンク色。カツラを付けているんだな。

 これが 衣怜いれ? 普段から可愛いのに2倍増しで可愛くなっているぞ。


 本格的だ……。

 この世界のことは知らないがプロなんじゃないか?


「すごいな」


「はぅうう……。へ、変ですか?」


「いやいや。可愛いよ」


「か、可愛いなんて……うう」


「クオリティに度肝を抜かれている」


「イレコ名義でレイヤーやってます。一応、ヅイッターとかもやっていて」


「へぇ……。フォロワーは何人なんだ?」


「85万人くらいでしょうか?」


「多っ」


 聞けば、プロのスカウトまで来ているという。

 探索者になりたい彼女は断っているそうだ。


 彼女は上機嫌。まるで、鳥籠から出た小鳥のようにはしゃぐ。


「もう、全部話してしまうのですが、アニソンに合わせてダンスするのがすごく好きなんです!」


 そう言って、スマホを見せる。

 それは有名動画サイト、ディックトックのダンス動画だった。

 そこにはコスプレをした 衣怜いれがアニメソングに合わせて踊っていた。

 その再生回数、


「100万回!? 凄すぎるだろ」


「あはは。なんかバズっちゃったんです」


 意外だったな。

 彼女がこんなにも人気者だったとは……。

 いわばネットアイドルというやつか。


「ま、 真王まおさん……」


「うん?」


「私……。このことを話したのはあなたが初めてです」


 ヅイッターフォロワー85万人を差し置いて、俺が彼女の秘密を知ってしまったというわけか。なんだか感慨深い。


 彼女は俺の肩にもたれ掛かった。


「不思議。 真王まおさんにだったら……。なんでも話せてしまいます」


 時計は0時を回っていた。

 

 いかん、終電はもうないな。

 これで彼女の不安は解消されたんだし、月曜からは探索に集中できるだろう。


「タクシー呼ぶよ」


 そう言うと、彼女は俺の腕を抱いた。


「ま、 真王まおさん……。きょ、今日は……。か、帰りたくない、とか言ったら……め、め、迷惑でしょうか?」


 え?


「ま、 真王まおさん……」


 彼女は更に強い力で俺の腕を抱きしめた。





「わ、私……。 真王まおさんが好きです」




 ……まさか、告白を受けるとは思わなかった。


 今まで、ダンジョン探索では数々のピンチがあったけどさ。

 そのどんな場面にも敵わない衝撃だよな。


 嬉しい。


 人から、好き、なんて言葉を聞いたのは生まれて初めてだ。


 心臓の鼓動は激しさを増した。


「私、元々は鉄壁さんのファンだったんです。防御魔法の無双がカッコいいのはそうなんですけど。性格が……。なんていうか、飄々として可愛いというか……。落ち着いてて癒されるというか……。それで、すごく会いたかったんです」


「ああ、本人がこんなんで幻滅した?」


「違います。もう本人は動画で見るより100倍魅力的で……。 寺開じあくさんに絡まれているのを助けて貰った時から、もう……その……。忘れられなくて」


 たしか、牛丼屋の帰りの話だよな。彼女と初めて会った夜のことだ。


「私がパーティーから追放された時も助けてくれましたし……。もう、 真王まおさんは……。私の中ではかけがえのない人になっているんです」


 そんな風に言われると照れるな。


「仲間にしてもらって、一緒に探索をしていてもそう。 真王まおさんに対する想いは募るばかりで……」


 彼女は俺の腕を更に強く抱きしめた。


「わ、私。 真王まおさんのことばっかり考えてます。毎日ずっと、どんな時も。目をつむると 真王まおさんの顔が浮かん来るんです。ま、 真王まおさん……。私……。もう、どうしていいのかわかりません。こんな気持ちはじめてなんです!」


 俺も初めてだからな。


真王まおさん……」


 彼女は震えていた。


「や、やっぱり……。め、迷惑ですか?」

 

 俺も応えなくちゃな。

 本心をハッキリと伝えよう。


 俺だって、彼女を初めて見た時からずっと気になっていた。

 あの牛丼屋の帰り。彼女の声、仕草、容姿。あの時から目が釘付けだったさ。

 それに一緒に探索をしていてもよくわかった。

 彼女は本当に気が利いて、優しくて、一緒に居ても楽しい子だ。


 この気持ちは間違いない。





衣怜いれ。俺も、君が好きだ」




 

 彼女は全身を赤らめて震えていた。

 まるで幸せを噛み締めるように。


 こういう時は抱きしめてやるべきだよな。


 俺は彼女の肩に手を回して、その体をそっと抱き寄せた。

 柔らかく、そして軽い。

 香水の香りが鼻腔一杯に広がる。


「ま、ま、 真王まおさん……。わ、私……。こういうの初めてなんです」


「そ、そうか……」


 同じくだ。

 見栄を張っても仕方がない。

 正直に言おう。


「俺もだ」


 ああ、本当に、彼女が好きだ。

 人を好きになるってこういうことなんだな。


 俺は彼女の唇にキスをした。


 柔らかい。

 これが女の子の唇。


 彼女の小さな吐息が漏れる。


「ん……」


 その全身は快感を抑えるように震えていた。肩に添えた俺の手を僅かに動かすだけで、彼女はビクンと反応した。


 彼女の鼓動が聞こえる。

 俺のドキドキも彼女に伝わっているだろう。

 恥ずかしさと嬉しさが入り混じっているんだ。俺たちの鼓動は更に早くなっている。

 彼女は全てを俺に委ねていた。ただ、俺のエスコートを待つだけである。


 俺は再び彼女にキスをした。


 ああ、最高の夜だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る