第10話 仲間ができた

「片井さん! あなたが鉄壁の探索者だったのですね!」


 鉄壁の探索者。

 通称、『鉄壁さん』


 彼女曰く、ネットの掲示板などで使われている俺の名前。らしい。


 思えば、俺はチャンネル内では「俺」としか呼んでいなかったからな。

 配信者の呼び名は必要だったのか。

 まさかそんな名で呼ばれているとはな。思いもよらなかったよ。


 ことの経緯は全て彼女から聞いた。

 なにやら、ネットの掲示板では、俺の名前が飛びかっているのだとか。

 やれやれ。一体、何を書かれているのやら。


「すごいです! 片井さんが噂の鉄壁さんだったなんて!!」


「ははは……」


「私、ファンなんです! 勿論、チャンネル登録もしています!」


 まさか、彼女が視聴者だったとはな。


「メタルファングの倒し方は最高でした! もう何十回も見ています! あとブリザードドラゴンは痛快でしたね!  反射防御ミラーディフェンス最強です!」


 しかも、かなりコアな感じだな。


 恥ずかしい。

 なんて返答すればいいかわからないや。


「す、すいません! 自分だけで盛り上がってしまいました!!」


「あ、うん。大丈夫」


 彼女は肩を躍らせる。


「ふふふ……。片井さんが鉄壁さん……。うわぁ、うわぁ……」


 俺みたいな冴えない男に会えたのがそんなに嬉しいものなのかな。


 さて、腹が減った。


 テントの中に寝床の用意ができると、夕食の準備に取り掛かる。

 といっても、乾燥レトルト食品をダンジョンの湧水で戻して食べるだけの貧相な食事なんだけどな。


「片井さんは休んでいてください」


 と、言うので任せてみる。

 彼女はせっせと動き回った。

 水飲み場とテントを行ったり来たり。


 どうやらレトルトは使わないようだな。


 しばらくすると、周辺は米の炊けたいい香りが充満していた。


「できました!」


 と、持って来たのは黄色い米。

 その上には蒸し焼きにされた小さな蟹とキノコが散らばる。


「これは?」


「ダンジョン沢蟹のパエリアです。近くで美味しいキノコがたくさん採れましたからね。それと合わして作ってみました」


 ほぉ。

 食材を現地調達とは考えたな。

 

 味はどうだろう?


 モグモグ……。


 もっちりとした米。そこに詰まった蟹とキノコの旨み。


「美味い!!」


「あは。良かったです!」


 地上で食べるイタメシ屋でもこんな美味い料理は中々食べれないんじゃないだろうか?


「料理得意なんだね」


「はい。私、まだまだ、駆け出しで。こんな雑用くらいしかパーティーのお役に立てませんから」


 収納スキルが使えて、美味い料理も食えりゃあ言うことなしだがな。


「あ、あの……。片井さん」


「どした?」


「私を仲間にしてくれませんか?」


「はい?」


「私。片井さんに助けてもらってばっかりで、全然、恩返しができていません。なので、仲間になってお役に立ちたいです!」


「いや……。しかし、急だな」


 俺に仲間だなんて、考えたことがなかったな。


「……私じゃ、嫌ですか?」


 こんな可愛い子が仲間になるなんて、嫌な男がいるだろうか?

 そんなことより戸惑いの方が強いんだ。


「是非、お願いします!」


「うーーん」


「掃除。洗濯、料理。家事全般ならなんでもします! 絶対に探索の邪魔はしません!」


 雑用か……。

 それも助かるけど、なにより彼女の収納スキルは便利なんだよな。

 彼女が仲間になればアイテムの持ち運びが楽になる。


「お願いします!」


「うん。わかった。いいよ」


「本当ですか! ありがとうございます!!」


「ああ。よろしくね。沖田さん」


「ああ、敬語なんてやめてください。名前を呼び捨てで呼んで欲しいです」


 え?

 まぁ、そっちのが楽でいっか。


「じゃあ。よろしくな。 衣怜いれ


「はい♡」


 彼女は全身を赤らめた。

 随分と嬉しそうだ。


「あ、あの……。わ、私は……。ま、 真王まおさんって呼んでもいいですか?」


「ああ。別にいいけど」


「ありがとうございます!! ……ま、 真王まおさん」


 彼女は喜びを噛み締めるように俺の名前を連呼していた。


真王まおさん……。 真王まおさん……。フフフ」

 

 気恥ずかしいのもあるが、若干の狂気を感じるな……。


「は! か、勘違いしないでください! ファンが推しと一緒のパーティーになって喜んでいるとか、そういうんじゃありませんから!!」


 彼女は隠すのが苦手なタイプなんだな。


「あの……。俺が鉄壁の探索者ってのは秘密にしているんだけど、大丈夫か?」


「勿論です! 口外禁止。2人だけの秘密です! グフフ……」


 彼女は後ろを向いて呟いた。


「2人だけの……。秘密。 真王まおさんと私だけの……。グフフ」


 心の声が漏れ聞こえとるがな。


 そうして就寝時間へとなった。


 テントは1つだけである。

 俺は外で寝ることを提案したんだが、


「そんな! 夜のダンジョンは冷えます!  真王まおさんの体に悪いです!!」


 と、言うことで、俺たちはテントの中で寝ることになった。

 美少女と2人で寝る。

 思えば、女の子とこんな近い距離で寝ること自体が初めてだ。


「わ、私は……。お、男の人とテントで寝るのは、は、初めてです」


 彼女も同じらしい。


「安心してくれ。そういうことはないからさ」


「し、信じてます」


 と、全身を真っ赤にする。


「で、では……。お、おや、おやすみなさい」


「うん。おやすみ」


 彼女は凄まじくいい匂いである。

 テントの中が彼女の匂いで一杯だ。

 これはなんというか、癒しだな。


 翌日。

 朝食は 衣怜いれが用意してくれた。

 

 鰹出汁のいい匂い。 

 ダンジョンで味噌汁が飲めるなんて感動だよな。


 さて、彼女が仲間になったってことは配信も一緒にすることになるよな。


「じゃあ、まずは視聴者に君を紹介することからだな」


「は、はい」


「顔出しはしないけどさ。体は映るけど大丈夫か?」


「は、はい」


「ははは。緊張してるな。配信は初めて?」


寺開じあくさんのパーティーでは彼が中心でやっていました。私が映ったのは遠巻きに背中くらいでしょうか」


「じゃあ、ドアップで撮るのは初めてなんだな」


「は、はい。喋ったりするのも、は、初めてです」


「ははは。まぁ、気楽にいこうよ」


 俺はコウモリカメラの電源を入れた。


「ども。俺です。今日はみなさんにご報告があります」


 横に並ぶ 衣怜いれを手差す。


「彼女が仲間になりました」


「は、はい。よろしくお願いします」


 しまった。

 名前を決めていなかったぞ。

 そもそも、俺の名前すらなかったんだからな。


「名前が必要かもな」


  衣怜いれって名前はまずいだろうし。

 沖田でも特定は怖い。


「では、秘書でお願いします」


「はい?」


「鉄壁さんの秘書です」


 そんな位置付けでいいのか?

 まるで、俺が社長じゃないか。


「みなさん、鉄壁さんの新しい仲間の秘書です。どうかよろしくお願いします」


 まぁ、いいか。

 彼女がそれでいいんなら。


『うぉおお! 顔見えないけど絶対可愛いだろぉおお!』

『ちょw マジかwww』

『超展開』

『肌白ぉおお! 髪の毛サラサラァァア!』

『顔見たい! 顔見せろし』

『美少女登場』

『鉄壁さん、裏山ぁああ!』

『秘書さん声可愛いぃいいい!!』

『おっぱい、おっぱい』

『肌の色、白ぉおお! 美少女やん!!』

『ニーハイの太ももがたまらん!』

『鉄壁さんの彼女なのか?』

『くぅうう。羨ましい!』


 ああ、なんかコメントが盛り上がっている。


 仲間を紹介するだけの動画だったんだがな。

 たちまち200万回再生を記録してしまった。

 なんかチャンネル登録者も異様に増えた。な。

 美少女パワー恐るべし。


 あと、今回のダンジョンも余裕で攻略した。

 彼女の収納スキルが大活躍したのはいうまでもないだろう。


────

次回、赤木回です。

お楽しみに!

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