第33話 抱く身体に刻む痕
「ごちそーさまー」
「食器は自分で片付けてよね」
「えぇ〜、何で?」
「休みだからって遅く起きてくるお姉ちゃんが悪いの」
土曜日の朝。
学校の疲れをほぐしながら遅くまで寝ていた私は、糸魚が作ってくれた朝ごはんを食べ終わった。
パパッと片付けをしてしまい、洗濯物を干す。
やるべき課題も特に無いため、暇になった私はベッドに転がった。
スマホを開いても新着のメッセージはない。
「何かあったのかなぁ、万代さん」
昨日から少し様子がおかしかったのは察していた。
授業中にやたらと視線を感じるし、何か言いたいのかと思って近づくとどこかに行ってしまう。
何故避けるような行動をしたのかは謎だが、万代さんのことだし悪意があってやってることじゃないと思う。
だとするなら私が介入するようなことじゃないかなと思って、敢えて触れずにおいた。
でもそれ以降連絡がないのが気になる。
いつもなら帰った後もメッセージのやり取りくらいはするんだけど、昨日はそれすら無かったし。
こうなってくると、さすがに違和感を感じざるを得ない。
少し聞いてみるかな。
『今通話できる?』
メッセージを送りしばらくゴロゴロしていると、ガチャッと部屋の扉が開いた。
掃除機を持った糸魚がズカズカと私の部屋に入ってくる。
「はーい、掃除機かけるから物どかしてよ」
「ちょっと、私の部屋は自分で掃除するからいいって言ってるじゃん」
「そう言っていつまでも掃除してないでしょ?ほら、足退けて」
呆れながら、糸魚は問答無用で掃除機のスイッチを押した。
それはその通りなので、面倒になって私は足を上げた。掃除機のうるさい音が部屋に響き出す。
糸魚は掃除機をかけながら、チラッと私のスマホに目を向ける。
「万代さん………って、前ウチに泊まった人だよね。本当仲良しなんだね」
「仲良しって………まぁそうっちゃそうか」
周りから仲良しと言われると、何とも言えない違和感を覚える。自分がそう思われるくらい仲を深めた人がいるのか、と変に感慨深くなる。
「けど、たしかに一緒にいて楽しいか」
変に納得してしまい、スマホに目を落とす。とりあえずしばらく返信待ち………
ぷにっ
「えっと………何?」
いきなり頬を指で突かれて、私は顔を上げた。
「………別に」
視線の先にいる糸魚は、難しい顔をしてそっぽを向いてしまった。そのまま掃除機をかけていくと、そそくさと部屋を出て行く。
何だ何だ?
気になって部屋の外に顔を出すと、顔面に向けて何か放り投げられてきた。
「うわっ⁉︎」
咄嗟に受け止めると、ポスッと柔らかい音を立てて手の中に収まる。
それは丸められたエコバッグだった。結構良い勢いだったぞ。
当然投げてきたのは………
「はい、お姉ちゃん。これお願いね」
投げてきた本人が、ついでに大きめの付箋も差し出してきた。えっと何なに………
「食パン、トマト、にんじん、ナス、卵、鶏モモ肉、醤油………?」
「暇してるなら買い物行ってきて」
「えぇ………」
ご飯食べ終わったばっかなんだけど………
と思ったけど、ここでゴネるとトイレ掃除かお風呂掃除をすることになりそうだ。
外に出た方が多少は心身共に良いだろうし、ここは素直に従うか。
「分かったよ」
のそのそと着替えて自転車になると、私は家を出た。
若干寝ぼけ気味だった目に、眩い日光は遠慮なく突き刺さる。やや細目になりながら、のんびりと自転車を漕いでゆく。
「あれ?」
いつも下校の時に立ち寄る公園の前を通り過ぎようとして、私は思わず自転車を止めた。
花壇を覗き込んで首を傾げる。
「水があげられてない?」
こんなに晴れた日の朝だというのに、土は乾燥したままだ。
万代さんがまだ水をあげてないのか?
現在時刻10時半。
休日とかたまに花壇の写真が送られてくるけど、そもそも早起きのためか大体朝早くだ。こんな時間まで水やりをしてないのは珍しい。
ふと気になって、私はスマホを開いた。
さっきのメッセージはまだ既読がついていない。
万代さんに限って既読無視は無いだろうから、まだ気がついてないのか。あるいは………
「いやーな予感」
何か問題に巻き込まれてる………あんまり考えたくないけど、昨日から様子が変だったし、この前の一件のこともあるからなぁ。
心配しすぎかもしれないけど、少し様子を見に行った方がいいかも。
不安を抱えながら自転車に乗って、万代さんのアパートへと向かった。
ピンポーン
アパートに着くと、彼女の部屋の扉の呼び鈴を鳴らした。何故か部屋は真っ暗で音もしていない。
「万代さん、終夜だけど。朝早くごめん、起きてるかな?」
それなりに声を張ってみたつもりだが、返事は返ってこない。
まだ起きてない、とは思えないんけど………本当に何かあったのかな?
いよいよ不安になってきて、首を捻っていると
ガチャッ
突然部屋の扉が開き、家主が顔を覗かせる。
「万代、さん………」
家にいるのは想定内だったとはいえ、少し驚いた。
現れた万代さんは髪が少し乱れており、何故か休日だというのに制服姿だ。
長い髪のおかげで表情が隠されてしまっているが、何となく顔色が良くない。
とはいえ、とりあえず何か問題があったわけではなさそうなので一安心といったところか。
「おはよう。ごめんね、こんな時間に急に来ちゃって」
「………」
いつもなら開口一番に挨拶するはずの万代さんが、俯いたまま黙っている。
「え、えっと、とりあえず何もないようで安心したよ。顔色大丈夫?何で制服で………」
「何しに来た」
「えっ?」
空気を切るような低い声音に、私は眉を顰める。
少しだけ顔を上げてくれたことで、彼女の瞳がこちらを向いているのが分かった。
鋭い瞳は震えており、伝わってくる感情が定まっていない。けど向けられた熱だけは、痛いほどに伝わってくる。
それだけで目の前にいるのが誰なのか、理解するには充分だった。
「も、もしかして小連翹、きゃッ⁉︎」
体が警戒した時にはもう遅い。
いきなり腕を掴まれて、部屋の中へと引き摺り込まれた。一瞬にして玄関の壁まで追い詰められる。
力の差は歴然で、咄嗟に離れようとしても逃れられない。
「ちょ、ちょっと待っ、んんッ⁉︎」
小連翹は体を押し付けるようにして、私を押さえ込んだ。困惑する間も与えられず、勢いのままに唇を奪われる。
触れ合ったところから彼女の体温が染み込んできた。
それは服越しでもはっきりと伝わるほどに熱く、今の現状を嫌でも自覚させられる。
その熱に飲み込まれそうになるのを必死で堪えて、顔を離した。
「んんっ、はぁっ!………い、いきなり何するの………!」
「悪いかよ」
小連翹の脚が私の脚の間に入って、さらに距離が縮まった。長い髪が私の頬に触れる。
燃えてしまいそうなほどの熱に耐えきれなくなった私は、逃げるように目を逸らした。
「わ、私、様子見に来ただけだから。揶揄うならまた今度に………」
「黙れ」
言葉通り、小連翹は私を黙らせた。また私の唇を自分の唇で塞ぐ形で。
「んっ!……や、やめ、んんッ⁉︎」
困惑で強張る私の口腔内に、小連翹の舌が割り込んできた。
にゅるんと侵入してきて、私の舌をなぞり執拗に絡めてくる。その上で離すまいと唇を吸う。
「んむぅ、ちゅっ………ふみゅ、んぅッ!ふぁ、んッ!くちゅ、くちゅっ、れろっ、ぢゅるるるッ!」
唇を離した小連翹は私の頰を撫でると、顎を持ち上げて前を向かせた。
「これが………揶揄いたいように見えるか?」
小連翹が真っ直ぐ私を見つめる。
笑っているわけでも、怒っているわけでもなく、ただ真っ直ぐ私を捉えて離さない。
そこに混じる感情が渾然一体となって、私のことを貫く。
理由は分からないけど、求められている。それだけは確信できた。
「何で、こんな事………」
「それは………
それだけ言って、小連翹はまた唇を奪ってきた。
言葉にならない感覚が電流のように身体に流れ込み、全身の感覚が少しずつ麻痺していく。
小連翹に触れられてる感触しか感じず、小連翹の姿しか見えず、小連翹の吐息しか聞こえない。
少ない情報で頭の中がぐちゃぐちゃになり、身体の力が抜けていき、私はその場に崩れ落ちてしまった。
「はぁっ、はぁっ………こ、これ以上は、やぁ、んッ!もう、いいでしょ………?か、帰らせて、んっ!」
距離を取ろうと身を捩って抵抗するが、身体が思うように動かない。
思考の整理もままならない中で、私を睨む小連翹の眼差しが脳を焦がす。
「ふざけるな。お前は、誰にも………!」
しゃがんで譫言のように呟くと、頰から首へと味わうように舌先が顔をなぞっていく。
そして首筋に唇を触れさせて、強く吸い上げた。
「痛ッ!」
首筋に走る小さな痛み。それは首から全身へとじんわり巡っていく。
しかし、彼女は構わず顔を埋めたまま離れない。
「な、何して、んんッ‼︎」
じっくり十数秒経って、小連翹はようやく唇を離した。それでも僅かな痛みは残りヒリヒリする。
その感触に困惑している隙に、靴を脱がされて部屋の中へと引きずり込まれた。
暗がりの中、洗面台の鏡に映る自分の姿。
刺激に脳が追いつけておらず、熱を出したときのように火照った顔が、だらしなく蕩けている。
そして首筋には真っ赤な痕が一点刻み込まれていた。
「これなら、しっかり見せつけられるよなぁ………」
痕を指先で撫でると、小連翹はまた首筋に吸いついてきた。
しかも今度はそれだけでは止まらなかった。自分の服の中に、ゆっくりと小連翹の手が侵入してくる。
人の体温が素肌に触れて、私をじっくりと蝕んでいく。
「んッ!あぁッ………!」
あの時と同じだ。小連翹に襲われて抱かれた時と同じ、求められる事への困惑と無遠慮に叩きつけられる痺れ。
今回は、それが痛みと共に身体中を駆け巡る。
細い指先が汗ばんだ肌の上をなぞって、意図せず反応して声が漏れてしまう。
「んんッ!あぁ、ダメッ、ひゃあッ!」
身体中を弄られながらベッドへと導かれて、二人揃って倒れ込む。
私は抵抗する事もできず、ただ流される刺激を受け止めるしか出来ない。
そんな私に覆い被さり、小連翹はさらに求めてくる。
ジーンズのファスナーが下ろされて、不埒な手が侵入する。強弱をつけた愛撫に反射で身体がビクッと跳ねた。
抵抗する力も失って、意識も朦朧としてきて。弱ったことを確信した小連翹は、さらに手を進める。
シャツの中に潜り込ませた手を滑らせて、胸元まで捲り上げた。涼しい空気が触れたというのに、身体が一気に熱くなる。
「いやぁッ!はぁ、あぁッ!くぅ、ひゃッ、んあッ!」
私の静止を聞くはずもなく、今度は胸元に唇を触れさせて痕をつける。
「あぁッ………!」
痛みが若干麻痺した代わりに、羞恥の熱がじわじわ高まって止まらない。
「もう、限界だ………」
見上げた小連翹の顔は、意外にも紅潮していた。きっと今の私と同じくらい。
制服のリボンを外してベッドの下に落とすと、一つ一つボタンを緩める。
そして力加減なんて忘れたとばかりに、思いっきり私を抱き締めて囁いた。
「お前が誰のモノか………分かりやすくしてやるよ」
衝動に突き動かされた獣は、私に噛みつき痕を残していった。内に秘めた想いを刻みつけるように。
それは痛くて、苦しくて………けど
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