第28話 ご褒美のキス

 それから一週間と少し。

 万代さんに対するいじめはすっかり無くなった。

 確かな理由は分からない。クラスは別々で、元々関わりがあった人達でもないし、話すきっかけがないから。

 体育とかだとクラス関係無しに一緒になることもあるのだが、元々サボり気味らしく、それらしい人は見かけなかったし、先生も言及してなかった。

 まぁ興味ない人達だし、どこで何してようと知ったことじゃないけどさ。

 とはいえ………



「まさかこんなにあっさり解決するとはねぇ」

「ですから言ったじゃないですか、話し合えばきっと分かり合えるって。平和に解決してよかったじゃないですか!」

「はいはい、そうね」



 嬉しそう目をキラキラさせてに微笑む万代さんに、私は苦笑いして頷く。

 まったく………ブレないなぁ。

 けど実際にいじめは収まったんだし、まぁいいか。万代さんは悪くないんだし。

 学校が終わり、私達はいつものように公園に来ていた。

 万代さんは、花の様子を観察しながら汲んできた水をかける。日中結構暑くなってきたこともあり、少し多めに水をあげるみたいだ。

 いつも欠かさず手入れされてるから、今日も花壇は彩が失われる事はない。この辺の几帳面さには頭が下がる。



「ねぇ、この後予定ある?」

「いえ、ありませんが………?」

「だったらさ、少しそこで休もう」

 水やりを終えると、私と万代さんは公園の休憩所に腰を下ろした。

 たまに私達はこうして公園でのんびりしていることがある。ほら、最近暑くなってきて疲れが溜まりやすいからさ。

 脚を伸ばせば、授業とここまで歩いた疲れがゆっくりと抜けていく。



「そういえば万代さん、怪我大丈夫?」

「これくらい大丈夫ですよ。終夜さんこそ、腕の調子はどうですか?」

「よくはなってるみたいだけど、もうちょっとこのままかな」

 ついこの前検査してもらったが、腕吊り状態が終わるのは最低半月先になるみたいだ。

 分かってはいたけど、骨折完治は長いねぇ。



 他愛無い会話を交わしつつ、私は隣で笑う万代さんの顔を覗き込んだ。

 直近で一番の悩みが解決したからか、清々しく楽しそうに話している。

 何ともないとか言ってたのに、やっぱり気にしてたんだなぁ。

 一応他人事ではあったけど、こうやって気兼ねなく話していると解決してよかったと思える。

 その笑顔はみんなを虜にする者に相応しい、一輪の咲いた花のようだった。



 しかし、このままモヤモヤしたまま終わるのも居心地が悪い。

 実際問題、何でいじめが止まったんだろう?

 いや、万代さんの言う通り私達の言葉が届いてやめたのなら、それはそれでいいのだが………まぁ、あり得ないな。

 というか、そんな聞き分けいい人達は、そもそもいじめなんてしないだろうし。

 それでもやめた。ってことは、何かやめることによる利益があった。もしくは、やめざるを得ない理由ができた。

 もしかして………



「ねぇ小連翹、何かした?」

 何となく尋ねてみると、万代さんの動きがピタッと止まった。ゆっくりと瞼が落ちていく。




「フッ………別に、だ」




 目を開けると、首の骨を鳴らして低い声で応えた。

 何となく今は呼んだら応えてくれる。そんな気がしたんだ。



「………あっそ」

 いつも通り、ねぇ………

 まぁ………そういうことにしよう。




「一応、ありがとうとは言っておくよ」

「はぁ?何でお前が礼言うんだよ」

「友達を助けてくれたかも、だから。お礼くらいはね」

「ハッ、くだらねぇ。けど………」



 ニヤァッと笑い、小連翹が私に向かって手を伸ばした。襟を掴み自分の方へと引き寄せる。

「きゃっ!」

 バランスを崩して倒れるが、むにゅっと柔らかな感触が私の頭を受け止める。

「だったら、しばらく大人しくしてろ」



 頭の上から声が聞こえて見上げると、小連翹が私を見下ろしている。いつもの万代さんはしない不適な笑みに、不覚にも少し揺れる。

 人肌の感触と温もりがじんわりと伝わり、90度に傾いた視界のおかげで、自分が横になったのは分かった。

 この状態って………



「えっと………膝枕?」

「休めるんだからいいだろ?」

「ま、まぁ………」



 授業と歩行で負担のかかった体が伸びて、不本意にもリラックス出来てしまった。

 そういえば、前は私がここで万代さんにしてあげてたなぁ。その後小連翹に殺されかけたけど。

 その小連翹に今膝枕されてるんだから、変な気分だ。



「けど、何で?」

「あぁ?それはなぁ………」

 リラックスしながら尋ねると、小連翹が指先で私の頰を撫でる。そしてさらに、指先は唇へと向いた。




「こういうことができるからだよ」

 ゆっくりと顔が近づいてくる。

「えっ………⁉︎」

 声を漏らした一瞬の内に唇を奪われた。




「ッ⁉︎んんッ⁉︎」

 久しぶりでようやく忘れかけていた感触が全身を駆け巡る。記憶がフラッシュバックして、全身の毛が逆立った。

 咄嗟に跳ね除けようとするが、この体勢で出来るわけない。

 押しつけられた柔らかい感触を掻き分けて小連翹の舌が侵入してきた。

 粘膜同士が触れ合い、身体に訴えかけるような衝撃が脳を揺さぶる。

「んッ⁉︎んんッ、むっ………ちゅるっ!はぁっ、はぅ、んッ!ちゅぱっ、くちゅっ、ふみゅうぅ………!ちゅぅ、んんッ、んあッ!」

 慣れない感触に身体が硬直している隙に、じっくりと口腔内を舐め回された。

 悪寒とは違う刺激に全身が震えて、目の前がチカチカする。

 それからすぐだったのか、はたまた三分くらい経ってからなのか。隅々まで味わってから、やっと私を解放した。



「ぷはぁっ!………はぁっ、はぁっ………な、何するの!」

「自分へのご褒美、だな。別にいいだろ、減るモン無いんだからよ」

 何とか絞り出した抗議も、小連翹は笑ってあしらった。

 全身に残る痺れが、唇を奪われたという記憶を脳に焼きつけて、思考を停止させる。

「腑抜けた顔しやがって。そんなに気持ちよかったか?」

 小連翹は舌を伸ばして、自分の唇についた唾液を舐めとった。同い年とは思えないほどに艶かしい様に何も言えない。

 顔が熱いのは、息出来なかったからだけじゃないはずだ。



 って、そうじゃないだろう。流されてどうする。

「そ、そういう問題じゃ………!」

 しかし私が言おうとする時には、小連翹はすぐ目を閉じていた。

 そしてハッと目を開けると、さっきまでの鋭い雰囲気が消え、首を傾げる。



「っと………終夜さん?あれ、私………えっ、何故膝枕を?」

 元に戻った万代さんは困惑しつつも、私のことを気遣ってか離れようとはしなかった。

「えっと、その………」

「もしかして終夜さん、どこか気分でも悪いんですか?顔が赤いような………」

「あっ………い、いや、ちょっと疲れたから、休みたくて………それだけ」

 我ながら何と苦しい言い訳だろう。

 とはいえ勢い余って万代さんに本当のことを言うわけにもいかず、私はそっと目を逸らした。さすがに今目を合わせたまま話すのは無理だ。

「そう、ですか。一日お疲れ様です」

 私の言い訳もあっさり信じて、万代さんは微笑む。

 慈しむような澄んだ笑みに、またもや何も言えなくなる。結果として、不貞腐れたように丸まった。

 まったく………人の気も知らないで………




 そのまま横になっていると、当然ながらストッキング一枚挟んで、万代さんの太ももに触れている。

 お淑やかな彼女らしい、しなやかで細い脚だ。少し負担になってしまうかもと思いつつ、心地良いので動く気にはなれない。

 しかし、毎度毎年小連翹にいいようにされっぱなしというのも、何だか嫌だ。

 丸まってる私が面白いのか、万代さんは私に太ももを貸したまま無防備に笑っている。



 ………ふむ。

 このままジッとしてることに耐えられなくなったのと、さっきのことでまだ動揺してることもあり、私は手を伸ばした。

 万代さんの太ももからつけ根へと指先でツーッと



「きゃッ⁉︎」



 すると膝枕がビクッと跳ねて、頭の上から可愛らしい悲鳴が聞こえた。

「よ、終夜さん?急にどうされました?」

 視線を上げると、万代さんが驚いた様子で目を丸くしている。太ももを撫でられたからか、耳の先まで真っ赤だ。

 やっぱり人に触れられるのは、あまり慣れていないようだ。



 別人格とはいえ、さっきまで嗤って襲ってきていた人が、顔を赤く染めて恥ずかしがっている。

 そんな様子は正直ちょっと面白いし、何となく嗜虐心が湧いてくる。

 もしかしたら小連翹が私に対して抱いている感情は、こういうものなのかもしれない。



 というわけでもう一回。

「ちょっと失礼」

「ひゃっ⁉︎えっ、終夜さん?何して、きゃっ!」

「さっきの仕返し」

「えっ、な、何のことですか⁉︎私は何も、ひゃあッ!く、くすぐったいですよ、ひゃんっ!」

 羞恥に悶える万代さんを楽しみつつ、指先で彼女の太ももを撫でていく。



 とりあえず、今日のことはこれでよしとしよう。

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