図書室の先輩
第29話 駆ける先輩
「はい。それじゃあ、貸出期限は一週間なので」
図書カードと本のバーコードを読み取って返す。
すっかり体に馴染んだ作業をして、私は近くの椅子に腰掛けた。
放課後になって、図書委員の私は淡々と仕事をこなしている。
貸し出しと返却の手続きをして、返された本を直して、あとは基本的にのんびりするだけ。
司書の人はいる時といない時があり、今日は不在だ。
テスト期間でも無いので、図書室はガラガラ。たまに人が来て小説を借りていくくらい。
まぁ忙しいよりかは遥かにマシだけど、あと一時間以上はいないといけないと思うと、それはそれで憂鬱になる。
というわけで、今日も今日とて体に染み付いた動作で作業をこなす。
ちょっと前まで片手で作業するのは結構面倒だが、少し前についに腕吊り状態が終わり、今は腕に包帯が巻かれてるだけの状態だ。
それでも不便は不便だが、人がいないから急ぐ必要はない。
ちなみに本来図書委員の仕事は二人一組で行う。ただ私のペアの人は………
暇になってカウンターに突っ伏していると、ポケットに入れていたスマホが震えた。
開いて見てみると、万代さんからのメッセージだ。
いつもは一緒に帰っているが、私が委員会の仕事がある時は先に帰っている。遅くなっちゃうし、それまで待たせるのも悪いし。
メッセージは『花咲いてましたよ!』と短く、一緒に公園の花壇で咲く花の写真が送られていた。少し前まで蕾だった花だ。
今日は一緒に見られないから送ってくれたんだろう。丁寧なことだ。
『帰りに見てみるよ』と返して、いっそ一眠りでもしようかと考えていると、廊下から駆けてくる足音が聞こえた。
図書室に走ってくる人など基本的にはいない。いるとすれば………
「遅れてごめん!」
入ってくるなり、彼女は謝ってきた。
まぁよくあることだけどさ。
「こんにちは」
そう返して私はスマホをしまった。
入ってきた人は私と同じ学生。でも制服リボンの色は違い、一つ上の二年生のものだ。
私よりも短い髪で、他の女子に比べたら背が高くしっかりとした体つき。ハキハキとした声からも、運動をしているのは一目瞭然だ。
それでもシルエットはスラっとしているし、中性的で凛々しい表情も相待ってモデルのようにも見える。
走ってきたはずなのに、特に息を弾ませる様子もなくカウンターに入ってきた。
「走って来なくてもいいんですけど、今日部活でしたか?」
「えっと………ううん。ちょっとクラスの女の子に呼ばれて、話し込んじゃって」
若干言い淀んだ様子に、何があったかは大体察した。
彼女が私のペア、
村主先輩は特定の部活には所属しておらず、色んな運動部のサポートをしてるらしい。
持ち前の運動能力もあって割と目立つ存在なんだそうだ。
おまけに凛々しい見た目も相待って、万代さんとは別ベクトルの人気者だ。主に女子に。
まぁそんな村主先輩がクラスの女子に呼ばれて言い淀むってことは、何があったかはご察しということで。怒るに怒れない。
部活の用事で遅れたりもするので、村主先輩の遅刻自体は私もすっかり慣れてしまった。それに正直一人の方が気が楽だし。
「それじゃあ、受付変わるよ」
「ありがとうございます」
それからもポツポツ人が来て、返却された本が溜まってきた。
静かな図書館でずっと座ってたら寝そうだし、この辺で身体動かしておくかな。
「本、戻してきます」
一言声をかけてから専用の台車に本を入れると、ラベルを見て戻していく。最初は右往左往してたけど、随分と慣れたものだ。
「っと、高いな」
伝記の本を直していると、内一冊が一番上の列にある物だった。生憎と私は背が低いので、手が掠りはするが届かない。
両手が使えたら上手いことやれるのだが、治りかけとはいえ、怪我した腕を下手に動かすわけにもいかない。
しかし片手だと思うように届かない。椅子も近くにないので、仕方なく背伸びをする。
爪先立ちして、腕をいっぱい伸ばせば、何とか………
「うわっ!」
無理に背伸びをしようとしてバランスを崩してしまった。何とか持ち直そうとすると
「おっと」
倒れると思った身体が支えられて、背中直撃を免れた。
無機物じゃない温もりに違和感を感じて顔を上げると、彼女は安堵したように微笑む。
「村主先輩………」
「大丈夫?怪我してない?」
いつの間にか後ろに来ていた村主先輩は、私の代わりに本を直してくれた。私よりも背が高いので余裕で届いている。
「よっと。怪我してるんだから、無理したらダメだよ。高い所は私がやるから」
「………ありがとうございます」
変に無理しても逆に心配させるだけだと思い、私は村主先輩と一緒に本を本棚へと戻していく。
「左腕、動かせないと辛いでしょ?あとは私やっておこうか?」
「別に、これくらいなら。良くはなってるので」
「そりゃ、最初の満身創痍に比べたらね。交通事故だったっけ?」
「えっと、まぁ………」
そういえば、理由はそんな風にしてた気がする。本当のことは言いたくないし。
「あぁ、もしかしてちょっとしつこかった?ごめんね」
「あっ、いや………」
戸惑った私が迷惑がってると思われてしまった。
咄嗟に返しつつ、気を遣わせてしまったことに少し罪悪感を感じる。
別にしつこいと思ったわけじゃなかった。
理由が嘘なこともあるが、それ以上にやっぱりこういう雰囲気は得意じゃないからだ。
村主先輩と一緒に業務をするのはともかく、こうやって暇な間に誰かと話すのは未だに慣れない。
上手く距離感が掴めないというか、話す言葉一言一句に『わざわざ言う必要ないんじゃないか』と感じてしまう。
だからどうしてもそっけない雰囲気になるし、その態度を敢えて言語化して伝えるのも関係を拗らせるだけ。
別に村主先輩が苦手とか言うわけじゃないし、心配してくれるのは純粋に助かる。私なりにコミュニケーションは取ろうとしてる。
けどそれを明言するほどの関係じゃなくて、伝え方がよく分からない。
「友達にもよくお節介だって言われるんだけど、やっぱり治らないんだよね」
村主先輩はやや自嘲気味に笑うが、私からすれば感心するくらいだ。
さっきもそうだけど、細かい気遣いが出来るし、それを上手に相手に伝えられる。
私の場合、それを上手く伝えられなかった末路がこの腕だし。
「部活を掛け持ちしてるのもさ、勧誘が断れなかったからっていうか………ちょっと練習に混じるつもりが、サポートしてあげたくてつい入っちゃった感じなんだよね。ほら、人いないと練習もしにくい部活もあるし」
「あぁ………」
背も運動能力も高い村主先輩のことだ。運動部にさぞ熱心に勧誘されたんだろう。
頼みを断れないってのもあるんだろうけど、それにしたって普通掛け持ちなんてやらない。私からしたら、そもそも部活に所属してないし縁遠い話だ。
しかもその理由がサポートをしてあげたいとは、たしかにお節介だ。
「やっぱり良くないかなぁ」
「別に、いいんじゃないですか?悪いわけではないですし」
何となく返しただけのつもりだった。
しかし村主先輩は驚いたように目を丸くしてこっちを見る。
「えっと………何か?」
「終夜さん、何だか変わったね」
「そう、ですか?」
「何というか………柔らかくなった、かな。すごく良いことだと思うよ」
「はぁ………」
そんな風に言われたのは初めてだった。
そんなことを話しているとチャイムが聞こえた。そろそろ下校時刻だ。
「おっと、そろそろ図書室閉めようか。鍵は私が返しておくよ」
「ありがとうございます」
パソコンを閉じると私達は図書室を出た。
「それじゃあ、お疲れ様でした」
「あっ、ちょっと待って」
さっさと帰ろうとしたら、後ろから村主先輩に呼び止められた。
「何ですか?」
「その………前から思ってたんだけどさ、よかったら連絡先交換しない?」
「えっ、何故?」
「ほら、また私が遅れそうになったら連絡すれば………いや、そもそも私が遅れなければいいんだけどね。万が一のためにさ」
言い淀む村主先輩の提案に、私は少しだけ考えた。
たしかに来れるか来れないか分からない人を待つのは、こっちとしても面倒と言えば面倒だ。
村主先輩ならその辺の連絡はしっかりしてくれそうだし、悪くない提案かも。
「………そういうことなら」
「ありがとう」
村主先輩と連絡先を交換し、私は学校を出た。ヘッドフォンをつけて音楽を流しつつ、夕焼けが照らす道を歩いていく。
音楽に体を揺らしていると、スマホがポケットの中で震えた。
誰かと思ったら村主先輩からだ。
『こんにちは
外結構暗いと思うから、気をつけて帰ってね』
いや、小学生じゃないんだからさ。まぁ、普通に気にしてくれてるんだろうけどね。
『ありがとうございます』と返すと、ちょうど花壇のある公園の前を通りかかった。
「あっ、そういえば………」
ふと思い出した私は進行方向を曲げて公園に入る。
夕日に彩られた花は、涼しい風にゆったりと揺れていた。
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