第24話 悪いのは誰
買い物に行った翌週。
「はい。それじゃあさようなら」
帰りのHRも終わり、私はスクールバッグを持って立ち上がった。相変わらず右腕の負担がすごい。
片腕の生活にも慣れてきたが、面倒なことは変わらない。
とはいえ、そろそろ包帯を取ってもいいと医者に言われた。もう少しの辛抱だ。
「さて、っと………あれ?」
いつもならこの辺で万代さんが来るんだが。
そう思って辺りを見渡すが、万代さんはもう教室にいない。
おや、珍しい。
何か用事が出来たと考えれば、特に不思議なことは無い。
でも一緒に帰るようになってからは、何があっても教室で一言言ってくるんだけどなぁ。
というがHRの時はいたよね。何か用事にしても、そんなに慌ててどうしたんだろう。
まぁ行く場所は大抵見当がつく。慌てる必要はないか。
私は一階まで降りると、中庭へと向かった。
万代さんのことだから、きっと水やりでもしてる。そう思ったから。
けど
「いない………?」
中庭に人影はない。この前のこともあって奥の方も見てみたが、やっぱりいない。
花壇を見てみると土は乾いている。つまりまだ水やりはされていないというわけだ。
少し嫌な予感がして、私は下駄箱へと戻った。
万代さんの下駄箱を覗くと、そこに彼女の靴はない。
帰った、のかな?水やりもしないで?万代さんらしくないな。
「………何かあった、か」
とりあえず連絡だ。
いつもならLINEなのだが、状況が状況なので電話にした。
しばらくコール音が鳴るが、出る様子がない。
心の中で焦燥が迫り上がってくるのを抑えて、ひたすら待つ。
いよいよ電話が切れてしまうか、と思ったところでコール音が途切れた。
『も、もしもし?』
「あっ、万代さん?」
万代さん声が聞こえたことに、とりあえず安堵はした。最悪のケースは免れたか。
周りの声なのか、電話の向こうから大きな声が聞こえる。トーンからして小さな子供の声だ、それもたくさん。
「今どこ?花壇に水やってないみたいだったけど」
「あっ、あぁ………そういえばそうでしたね。申し訳ありません、私は学校を出てしまいましたので、頼んでもよろしいですか?」
「まぁいいけど、何かあったの?」
「え、えっと………特には。それでは、失礼しますね」
それだけ言うと、電話は切れてしまった。かけ直すこともできるが、その必要はない。
万代さんが素直な性格で助かった。怪しいのがバレバレだ。
何かあったみたいだ。それもかなり声が強張ってた。
まぁ本人があぁ言ってたし、放っておく………のは、さすがになぁ。気になってしまう。
とりあえず花壇の水やりを済ませると、心配半分野次馬根性半分で地図アプリを開いた。
電話の向こうから子供達の声が聞こえた、それもかなりクリアに。
平日の真昼間にたくさんの子供の声が大きく聞こえる場所は限られる。
幼稚園、保育園、小学校………いや、小学生ならこの時間はほとんど帰ってるし、あの声量は変か。
しかもまだHRが終わってから、そんなに時間が経ってない。走ってるようには聞こえなかったし、そんなに遠くには行ってないはず。
この近くで幼稚園と保育園を検索すると………一つだけあった。ここから数百メートル先に保育園がある。
これで方向は分かった。駅は近くに無さそうだし、もしかしたら追いつくかな。
「走るか」
私は大きく深呼吸すると、自分なりの速度で走り出した。
「はぁ……はぁ………」
とりあえず検索した保育園には到着した。
分かってはいたが、久しぶりに全力で走ると頭が痛くなる。ただでさえ片手動かせずに辛いってのに。
息を整えながら周りを見渡すが、当然ながら万代さんの姿は見えない。
まぁ歩いてるみたいだったし、ここにいるわけないか。
周りを見るが、あるのは保育園と空き地と民間………何かヒントがあるわけもない。
どうしたものかな。
すると数メートル先の路地から、私と同じ制服の女子生徒が出て行くのが見えた。
一瞬万代さんかと思ったが全然違う。
髪を派手な色に染めて、制服も若干着崩れている。遠目でも別人だと分かった。
一人かと思ったがその後ろから三人、同じくウチの制服を着た人達が出てくる。
うちの学校からそれなりに近いとはいえ、万代さんが連絡してくれた近くで同じ学校の人がいるなんて。
それにあの路地は行き止まりだったはずだ。何であんな所から?
女子達がいなくなった隙を見計らって、私はその路地に入った。
人気のない薄暗い路地の中を進み、突き当たりまで行くと、そこにいたのは………
「万代さん?」
「えっ?よ、終夜さん⁉︎」
ある意味予想通りだ。
地面にしゃがみ込んだ万代さんは、顔を上げて驚いた。
「な、何故ここに?」
「明らかに様子が変だったから来てみたの。それより、万代さんこそ何でここに?というか大丈夫?」
「え、えぇ………」
駆け寄って手を貸すと、私の手を掴んでゆっくりと立つ。
よく見ると制服が少し掠れているし、手にもその辺の砂利が食い込んでいて、咄嗟に手をついたようにも見える。
何より膝に擦り傷ができていた。まるでどこかにぶつけたみたいな傷だ。
「万代さん、これどうしたの?」
「あっ、こ、これは………」
「もしかして……….さっき出てきたウチの学校の人達と、何かあった?」
遠回しにいっぱい聞いても困らせると思ったので、ストレートに聞いてみた。
驚き目を見開いた万代さんは、バツが悪そうに目線を逸らす。
どうやら当たりのようだ。
「嫌なら、無理には聞かないけど」
「………場所、変えてもいいですか?」
「うん、分かった」
とりあえず路地を出て、どこに行くかと思ったらいつもの公園だった。
まぁ万代さんらしいといえばらしいし、慣れない場所よりはずっといい。
じょうろに水を溜めて花壇にかけながら、小さな声で話し始める。
「そもそも………悪かったのは、私なんです」
「と、いうと?」
「先週の金曜日。ほら、終夜さんも見ていたでしょう?」
「あぁ、あれか」
それだけ言えば思い出すには十分だった。この前の告白のことだ。
正直あの手の輩が失敗しただけで終わるとは思ってなかったが、それが何であんなことに繋がる?
「それで?あの時女子はいなかったはずだけど?」
「その………先程の方々の内の一人が、告白されてた方とお付き合いしてるらしくて………」
「『人の男にちょっかいかけるな』って怒られた?」
「………そんな所です」
「何それ?彼女がいるの、万代さん知ってた?」
「いえ、初耳でした」
だと思った。
これがある程度クラスの人と交流があれば、風の噂で知っていたかもしれない。
けど万代さんは友達がほとんどいないし知ってるわけないだろう………って、大事なのはそこじゃない。
「だったら万代さんは悪くないでしょ。言い寄ってきたの向こうなんだし。何か勘違いでもしてたのかね」
「いえ、そういった風には見えませんでしたが」
何でもあの時隣にいた男子が、彼女達に話したらしい。それで呼び出されたみたいだ。
内輪ノリのようなものとはいえ、軽々しい行動に呆れてしまう。
というか、あの話を聞いて何で万代さんを責めるのか理解出来ない。
万代さんは何もしてないんだ。ただ告白されただけだし、それに対してもしっかりと断った。
そもそも元凶は、彼女がいるクセに万代さんに迫ったあの男子だろう。
そんな馬鹿げたことで、万代さんが責任を感じる必要なんて無い。
「謝りはしたんですが、よっぽど怒ってたみたいで………」
「それで突き飛ばされたの?」
「そ、そこまで酷くないですよ。ちょっと押された程度です。大したことはありませんよ」
だとしても問題は問題だ。
変な言いがかりつけて、悪くない人を複数人で責めて、程度はともかく暴力まで。
「通報でもする?」
「お、大袈裟ですよ!それに………経緯は何であれ、私が原因でお付き合いしてる方に不快な思いをさせてしまったのは事実ですし」
「だからって………」
食い下がろうとするが、私にそこまで言う権利はない。
それにただの八つ当たりなら、向こうもこれ以上何かしてくることはないだろうし、事を大きくする必要も無いか。
これ以上何も起こらない………と、信じるしかないかな。
「分かった。でも、あんまり酷いようなら周りに相談した方がいいよ。というか、よく一人で呼び出しに応じたよね」
「元は私が蒔いた種ですから。それで人に迷惑をかけたくなくて、きちんと自分で解決したかったんです」
それは何とも………真面目というか、お堅いというか………心配になるなぁ。私なら絶対無視してるし。
万代さんのいい所でもあり悪い所でもあるが、どうも物事全部に真正面から取り組もうとする。
そりゃ真面目といえば聴こえはいいが、結果としてこんな理不尽被ってたら世話ないだろう。
「まぁともかく、特に取り乱したりとかはして無さそうでよかったよ」
「正直、この手の話はこれまで何度かありましたから」
「へぇ。モテる女子は辛いねぇ」
「お、お恥ずかしい………好意で言ってくれてることなので、こちらとしても心苦しいですがね」
そういうところが、変に人に言い寄られるんだろうな。
私はあの時告白してきた人が、純粋な好意で言っていたようには見えなかった。
相手のことを無視した距離感、妙な上から目線、まるで自分に合う装飾品を探してるかのように見えた。
それを言葉だけで好意と受け取り、断った事に心の痛みを覚えるとは。
見方によっては思慮の浅い意見とも言えるが、きっと万代さんは違う。さすがに何度もそういう告白をされれば気がつくはずだ。
でも言葉通り受け取りたいんだ。きっと悪い人じゃなかった、そう思いたいんだと思う。
だから言いがかりをつけてきた女子達にも素直に謝った。相手は悪くない、悪いのは自分だと思い込むために。
そんなお人好しで温和、おまけに同性の私から見ても魅力的な容姿。
自覚が無くても、人の気を引いてしまうのは妙に納得してしまう。そして時には、この手の面倒な問題も付随してくる。
どこまでも
とはいえ私から言ってあげられることなんてない。私には縁遠い問題だし。
水やりを終えた万代さんは、立ち上がるとぼんやり遠くを眺めた。
「でもそれは万代さんが決めること。付き合うつもりが無かったなら、正しい選択だよ」
「そうなんですが………それでも、私のせいで傷つけてしまったかもと思うと………」
「あはは………そっか」
こりゃ、重症だなぁ。
そう思いつつも、ここまで純粋に人を思いやれる万代さんは、とても眩しく見えた。
その中にある、闇すら霞むほどに。
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