第23話 お土産を買う温もり
「ふぅ………とりあえず必要な物は買えましたね」
「うん。何とかなってよかったよ」
万代さんの人格が戻ってから一時間後。
何故か二人して手を繋ぎながら、私達は家電屋から出てきた。
多少のぎこちなさはあるものの、さっきよりは随分と慣れた。これはこれで悪くないのかもしれない。
無事必要な買い物は終わり、ほとんどは運送してもらうことになった。
これでデパートでやるべきことは全て終わったかな。
「さてと………やること終わったし、そろそろ帰る?」
「あの、糸魚ちゃんへのお土産は?」
「あぁ、そういえばそうだった」
すっかり忘れてたっけ。このまま帰ったら絶対に小言言われる。
「近くに何か………おっ、あれいいかも」
視線の先にあるのは、見慣れない洋菓子店だ。最近できたのかもしれない。
値段もいい感じだし、まぁこれでいいでしょ。
お店に入ると、店内に並べられた鮮やかな洋菓子が出迎えてくれた。
私も食べるつもりだし、好きな物はないかとショーケースに並ぶお菓子を眺める。
「あっ、これなんかいいんじゃないですか?」
万代さんが指し示したのは、小分けになってるクッキーだ。色んな種類のものが個包装になっている。
たしかにこれなら色々な味を楽しめるし、保存も効きそうだ。
「そうだね、これにするか」
手前にあった箱を手に取り、レジへと持っていく。
「お会計848円です」
「分かりました」
さっさとお会計を済ませるために、お財布を取り出そうと………出そうと………
「えっと、万代さん?」
「はい?」
「その、手放してくれないとお会計出来ないんだけど」
てっきり向こうから離してくれると思ったのだが、変わらずしっかりと指を絡めている。
万代さんもようやく気がついたのか、カァッとまたもや顔が赤くなる。
「あっ、す、すみません!」
すぐにパッと手を離すと、照れ隠しに頰を掻く。
チラッと前を見ると、お会計をしていたスタッフさんが微笑ましそうにこちらを見ていた。
万代さんもそれに気が付いたのか、また蹲ってしまいそうだ。
彼女の羞恥がこっちにも伝染しそうなので、さっさと済ましてしまおう。
それにしても私よりもずっと真面目な万代さんがこんな風だと、なんだか甘えられてるみたいで調子狂うなぁ。
まぁそんなことはないと思うけど…………ない、よね?
お会計を済ませて外に出ると、時間は4時過ぎ。
今から帰れば夕ご飯には余裕で間に合うだろう。
「糸魚ちゃん、喜んでくれるといいですね」
「お菓子なら基本的に喜ぶから大丈夫」
「では帰りますか。えっと、出口は………」
「あっ、ちょっと待って」
私は近くのベンチに座ると、買ったばかりのクッキーの箱を開けた。
「な、何してるんです?ここで食べるんですか?」
「違うよ。はい、これ」
箱の中からいくつか小分けのクッキーを取り出すと、万代さんに差し出す。
「せっかくだし、あげるよ」
「えっ?でも、それはお土産じゃ………」
「私と糸魚で食べるには多いから。もうちょっと少なめのがあればよかったんだけどね」
一応日持ちする物を選んだが、たしかウチには他にもお菓子があった気がする。
あんまり増やしても仕方ないし、そんなに多くなくていいだろう。
「それなら、ありがとうございます。でも、どこにしまいましょうか?」
「その紙袋に入れれば?」
「あぁ………そういえばありましたね、そんなのが」
私が指差したのは、小連翹が買った服が入っている紙袋だ。結構買ったおかげで大きめの袋もらったし、ちょうどいいだろう。
「はぁ、この服どうしましょう………返品とかって、出来ませんかね?」
「出来なくは無いと思うけど、どうせまた勝手に買うと思うよ。今回みたいに」
「ですよねぇ。はぁ………」
手提げ袋の中身を見て、万代さんは大きなため息をつく。
まぁまず万代さんは使わないだろうからな。変な荷物が増えただけで、何もいいことがないのだろう。
すると俯いた視線がこっちを向いた。
「………いります?」
「私が着ると思う?」
私よりも万代さんの方が似合ってると思うし、あんな格好を糸魚に見られたらなんて言われるやら。
この前の怪我のこともあるし、いよいよどうかしたのかと思われそうだ。
残ったクッキーを、箱ごと貰った袋に入れると、そのまま出口を向かおう………と、その前に。
「手、握る?」
私は振り返ると、今度はこっちから手を差し出した。
さっき求められたからだろうか、今度は自分から言ってみた方がいいのかと思った。
いや、その必要はないのだが、まぁ妹の世話をしているが故の行動か。
お節介かと思いきや、万代さんはまたもや手を伸ばす。
「は、はい」
優しく私の手を握ると、嬉しそうに笑った。
これで喜ばれても正直リアクションに困るが、見ていて面白いのでこのままでいいだろう。
「それにしても万代さんがこんなことするなんて、なんか意外だよね」
「たしかに、そうですね」
「うんうん………って、自分で意外なの?」
普通否定するでしょ。自分の内面で意外ってどういうことだか。
万代さんは視線を下げて、真っ直ぐ歩く脚を見つめ呟いた。
「私も変わったなぁ、と」
「あぁ、なるほど」
何となく納得してしまった。
万代さんが変わった。変えたのは、私なのだろうか。
若干自惚れ気味な意見が浮かんでくるが、きっと間違いじゃない。
私と出会ったことは、万代さんに少なからず影響を与えたはずだ。
大事なのはそれが直接的なのか間接的なのか、そしてどん変化を与えたのかだ。それが人と人との関わりを示すことになる。
万代さんがどうかは知らないけど、本人の様子を見る限り悪い変化ではなさそうだ。
途中までは帰り道が一緒になるので、私達は二人してデパートを出た。
電車に乗り二駅過ぎれば、あっという間に家からの最寄り駅に到着だ。
駅を出て歩いていると、空を見た万代さんが立ち止まった。
「あっ!あの、公園によってもいいですか?暗くなる前に花壇に水やりをしたいのですが」
「言うと思ったよ。行こうか」
けどやっぱり、変わらないところは変わってないみたいだ。
家に着く頃には、外はすっかり暗くなっていた。建物の明かりがより鮮明に輝いている。
「〜〜〜♪」
夕食を済ませてお風呂に入った私は、鼻歌混じりに紅茶を淹れていた。
今日買ったばかりのお揃いのティーカップに注ぎ、最後の方で買ったクッキーを二、三枚持ってテーブルに並べる。
「いただきます」
手を合わせてクッキーを食べると、紅茶を一口飲む。
甘さが控えめのクッキーで食べやすく、それでいて紅茶ともよく合う。
「おっ、美味しい」
美味しいお菓子と紅茶に舌鼓を打ち、持ち上げたティーカップを眺めた。
終夜さんと共に買った蔦の描かれたティーカップ。
人とお揃いを買うなんて初めてで、何だか関係性が深まったことの証明のようにも見える。
「………なんて、少し重いでしょうか」
自分の発想に苦笑して、もう一口飲む。
夜のティータイムを楽しんでいると、近くに置いてあったスマホからバイブ音がした。
見てみると終夜さんからのメッセージだ。少ししてから写真も送られてくる。
『クッキー美味しいって糸魚喜んでるよ、ありがとうね』
送られてきた写真には今日買ったクッキーと、紅茶が淹れられたお揃いのティーカップが写っている。
早速、使ってくれてるんですね………
「ふふっ」
そう思うだけで頬が緩み、心がじんわりと温まる。
終夜さんにとって、きっとこれは大した意味はない。
それでも………いや、だからこそ嬉しい。
彼女の何気ないひと時に、私との思い出を入れてくれているような気がして。
紅茶も飲み終わり片付けを済ませると、私はクローゼットを開けた。
ハンガーラックにはいつも着ているワンピースや冬場のコートなどがかけてあり、自分の好みのこともあり系統はある程度統一されていた。
今日までは。
落ち着いた色で質素なデザインの服が並ぶ中、一際目立つ箇所がある。
黒い皮のジャケットと短パンだ。
ちなみにその下のカラーボックスには、今日買ったシャツとネックレスやブレスレットがある。
普段なら絶対着ないし、これからも着ようとは思わない。
あんな格好で人前を歩いていたと思うと………うぅっ、今でも恥ずかしいです。
しかしこの服を好んで買ったのが『自分』。ならば、私にこんな一面もあるのかと気付かされる。
とはいえ、受け入れるつもりはありませんが。こんな破廉恥な服………
「お願いですから、不必要に人前でこれ着ないでくださいね」
念のため、自分の中にいるであろうもう一つの人格に注意しておく。おそらく聞いてはくれないんでしょうけど。
自分とは一生縁のないファッションだと思ったのですが………まぁ、終夜さんが似合ってると言ってくれたので、まだいいんですけど………
私はカラーボックスの中から小さなケースを取り出す。
それは金の薔薇のネックレス。対になっていた銀のネックレスは、今も終夜さんが持っている。
そういえば終夜さん、こんな物いきなり渡されて迷惑ではなかったでしょうか?いや、他にも色々、迷惑をかけていないかどうか………
「はぁ………」
ため息で俯くと同時に、急に私の意識が遠のいた。
「………ハッ、くだらねぇなぁ」
目を開けた彼女は、手にしているネックレスを眺める。
初めて買った装飾品、もちろんこれ以外にもいい物はあった。
でもその中で選んだんだ、この金の薔薇と銀の薔薇を………
「さて………次はいつ喰えるかなぁ」
部屋の光を反射して輝くネックレスに唇を触れさせ、口元を歪めて嗤う。
「………っと、あれ?」
一瞬意識が遠のいたような気がしたが、何とか持ち堪えて目をパチパチさせる。
ウトウトしてしまったのでしょうか………よく考えたら、昨日ちゃんと寝れませんでしたからね。
あんな夢を見てしまったから………
「うぅっ!」
ま、また夢のフラッシュバックが。
そういえばこっちはなんの解決もしてませんでした。ずっとモヤモヤしてただけ。
おかげで一日中意識してしまうし、勢いで手を繋いでしまうし………絶対変って思われましたよね。
あんな風に自分から触れ合うことを求めてしまうなんて。
まるで夢の中と同じような………
「………いえいえ、そんなことあり得ません」
首を振って、ネックレスをケースにしまった。
きっとただ仲良くなりたいだけです。あれくらい、気軽に触れ合える。それくらいの関係に………
「触れ合いたい、のでしょうか?………うぅ」
自分で呟いて、その浅ましさにまた蹲る。
これはいけない。おそらく悩み出したら今日も寝られなくなりそうです。
と、とりあえず早く寝ましょう。明日も休日とはいえ、ちゃんと起きれるようにしなくては。
ケースを戻すと、私は部屋の明かりを消してベッドに潜る。
きっと明日からは大丈夫。いつも通りで、何も変わらず接していけるはず。
でも………
「手、温かかったなぁ」
あの温もりを、私はまた求めてしまうかもしれない。
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