第20話 金の薔薇、銀の薔薇

 突如として人格が変わり、私は身がすくんだ。


小連翹おとぎり、何で出てきたの?」

「あぁ?ンなモン暇だったからだ。少し付き合え」

「はぁ?い、いや、私達、小連翹の壊した家具の買い物しに来たから、出来れば戻って欲しいんだけど………」

「ごちゃごちゃ抜かしてンじゃねぇ。行くぞ」


 それだけ言うと、小連翹はフードコートを出て行った。

 私としては必要以上に関わりたくないが、あの状態で放置したら間違いなく面倒なことになる。

 私も慌てて彼女の後を追った。


「ちょ、ちょっと待って!行くって、どこに行くの?」

「知るか。コイツあんまここ来ねぇから、俺も何があるか知らねぇんだよ」


 よくそれで『付き合え』なんて言ったな。

 そういえば、万代さんも歩く時近くの地図確認しながら行ってたっけ。

 小連翹はエスカレーターを昇り、周りをキョロキョロと見渡す。


「とりあえず………あそこにするか」

「えっ?あそこって、服屋?」


 ついて行った先は、全国展開してる有名な服屋。たしか結構手軽な値段で買えるのが売りだった気がする。

 そんなことを思い出しているうちに、小連翹は店の中に入っていく。


「何でいきなり服買うの?」

「あぁ?まずは着替えねぇとだろ」

「いや、ちゃんと服着てるけど?」

「ンな地味でフワフワしてる服なんざ、着てる内に入るか。コイツ、こんな服しか持ってねぇんだよ」


 自分の着てる服を摘んで、小連翹は嫌そうに顔を顰めた。

 たしかに万代さんが派手な色の服を着てるのは見たことないし、服の種類もフワッとした清楚な物が多い。

 私は似合ってると思うし、そもそもそういう服しか持ってない、というより服をあまり持ってないのか。

 ただ、小連翹はそれでは不満らしい。まぁ、イメージには合ってないよね。


「というか、万代さんのお金勝手に使ったら怒られない?」

「知るか。俺の金でもあるだろ」


 そう言って近くにあった服から物色していく。

 本来なら止めるべきだろうけど、自分勝手に進んでいく小連翹を止められず、後ろについて行く事しかできない。

 私が後ろを追ってる間に、小連翹は素早く服を選んでカゴの中に入れていく。


「とりあえずこんなモンか」

「買い物終わった?」

「あぁ。次行くぞ」

「えっ?」


 思ったよりも早く終わったことに感心するのも束の間。

 試着室に入った後、店員とジーンズを丈を直してもらうよう頼み(店員が若干ビビってた)、カゴに入れた物を店に預け、服屋を出た。

 次に靴屋に向かい、これまたさっくり買い物が終わった。

 これ思い切りがいいというより、元々考えていたファッションがあったんだろうな。

 そして今度はアクセサリーショップ。こりゃ結構お金使うなぁ。

 買い物をしている小連翹を遠目で見つつ、彼女の買ったであろう物の値段をおおよそ計算する。

 そんな高い物ばかり買ったわけじゃないとはいえ、本棚は後回しになりそうだなぁ。

 ごめん、万代さん。私には止められないよ。




「オイ、テメェは何も買わねぇのか?」



 するとネックレスを見ながら、小連翹が声をかけてきた。

 正直驚いた。そんなこと聞かれるなんて思ってなかったし。

 聞かれてふと並んでいるアクセサリーを見るが、別に欲しいとは思わない。


「うーん、買つもりはないかな」

「………そうか」


 そう返すと、買う物を決めてさっさとレジに行ってしまった。

 アクセサリーショップを出て服屋に戻ると、丈直しをされた服を買い試着室に入る。




 それから数分後。


「ハッ、とりあえずはこんなモンか」

「おぉ………」


 試着室のカーテンを開けて出てきた小連翹が、首の骨を鳴らした。

 劇的に変わった彼女の姿を見て、私は思わず声を漏らす。


 胸元が大きく開いたショート丈の迷彩柄のシャツ、その上に同じくショート丈の黒い革ジャンというへそ出しルックス。

 下は黒いショートパンツと黒の厚底ブーツで、しなやかな脚がほとんど露出している。

 長い髪は、元々持ってヘアゴムを使って後ろで縛っており、首元には金の薔薇のネックレス、右腕には蔓の模様が刻まれた金のプレスレットを嵌めている。


「どうだ?」

「………似合ってる、と思う。驚いた」

「だろうな」


 シンプルで清楚なお嬢様はどこへやら。

 黒を基調とした露出度の高く、アクセサリーのおかげで華やか。それでいて無駄に派手ではないため、艶やかな印象を受ける格好だ。

 人によっては無理しすぎてる格好かもしれないのに、全然違和感がないどころか良く似合ってる。

 改めて万代さんのポテンシャルの高さに感心し、思わず見入ってしまった。


 ただ雰囲気がなぁ。

 まぁ高校生ならこれくらいの格好も変じゃないけど、今の小連翹の雰囲気も相まって、もはやカタギとは思えない。

 良くてヤクザ、酷ければそれ以上の何かだ。

 そんな小連翹だが、やはり目立つからか店員からも若干視線を集めている。

 だがその視線は、感心する人のものもあれば怖がってる人のものもある。

 何というか………似合い過ぎるのも、それはそれで問題なんだなぁ。


 まぁ服も揃ったし、もういいだろう。

 人混んできたから、必要なもの買いに行かないと。


「それじゃ、さっさと買い物に戻って………」

「あぁ?まだ終わってねぇよ」

「ん?まだ何か、きゃッ⁉︎」


 呼び止められて振り返ると、腕を掴まれて引っ張られた。

 不意をつかれた上に、私を圧倒的に上回る力。当然抵抗出来るわけもなく、試着室に引っ張り込まれた。

 すかさずカーテンを閉じられて、外からの視線が遮られる。

 狭い部屋の中で、小連翹は困惑する私を抱き寄せた。壁へと追い詰めて動けなくする。

 

「えっ⁉︎い、いきなり何して、むぐっ⁉︎」


 驚きのあまり声をあげそうになるが、小連翹が手で口を塞いで言葉を遮る。

 小連翹の顔が肉薄して、心臓が跳ね上がった。


「黙れ。大人しくしてろ」


 獰猛な眼差しで睨みつける小連翹に、私は抵抗することが出来ない。

 引っ張り込まれたことで音が立ったはずだが、人が多くなって騒がしくなったからか、誰も気がついていない。

 あの時と同じだ。万代さんの部屋で雨宿りをした、あの時と………


「いい子だ。そのまま、身を委ねろ」

「ッ⁉︎」


 小連翹が何をしたいのか。一つの予想が浮かび上がると同時に、カァッと自分でも分かるほどに頰が熱くなる。

 記憶の中の感覚と今の感覚が混濁し、迫られただけなのに、それ以上のことをされてるように感じてしまう。

 心臓が高鳴り、空気が喉を通らない。代わりに小連翹の熱が、私の身体に染み込んで蝕む。

 変に叫ぶわけにもいかないし、そもそも叫べない。

 彼女の手が自分の首へと伸びて、私は観念し目を瞑った。

 ダメだ。これじゃ、また………!


 チャリッ


 小さな金属音が聞こえ、首筋に冷たい感触を感じた。

 逆に言えば、それ以外は何も変わらない。

 えっ、何されたの………?


「いつまでビビってンだよ。目開けろ」


 困惑したまま、塞がれた口が自由になった。

 小連翹に言われて、私は恐る恐る目を開ける。

 首元には小連翹がつけている物と同じネックレスがあった。色は銀色だけど。


「えっ………何で?」

「俺のとセットで売ってたんだよ。二つもいらねぇし、くれてやる」

「はぁ………」


 持ってればいいのに、と言うタイミングを逃し、私は生返事で受け取ることになった。

 まさか万代さんとだけでなく、小連翹ともお揃いが出来てしまうとは。しかも向こうからプレゼントとは。

 なんだかんだで優しいところはあるのかな。

 銀の薔薇が彩られたネックレスを見ていると、不思議と頬が緩む。


「ありがとう。でも、普通に渡してくれればいいのに」

「あぁ?別に作法なんかねぇだろ」

「だからって変なことしないでよ。びっくりしたじゃん」

「馬鹿が。何もしねぇよ」


 いや、渡すにしても、引っ張り込んで組み伏せる必要なんかなかったでしょ。

 安心したからか、または気疲れしたからか、私はため息を漏らした。

 こんな風に迫られたら、また………



「それとも、何かされたかったか?」

「ッ⁉︎」



 身体を密着させた小連翹が、不意に耳元で囁いた。

 吐息混じりの低い音が耳に流れ込み、背筋がゾワッと震える。


「お望みとあらば、また食ってやるよ」

「ひゃッ‼︎」


 驚きで動けなくなった隙に、小連翹の右手が私の身体に巻きついた。それだけでは止まらず、服の中へと侵入してくる。

 咄嗟に跳ね除けようとするが、腕をしっかり掴まれてしまい抵抗出来ない。


「フッ、ハハハッ………あぁ、相変わらずそそる顔するなぁ」


 高揚に頬を染めて、小連翹は口元を歪める。

 細い指が私の身体を這って、どんどん上へと上がってきた。彼女しか触れたことのない場所まで到達しそうになる。

 困惑が羞恥へと変わり、治ったはずの心音と共に体温が一気に跳ね上がった。

 現状に耐えきれず意識が薄れそうになるが、それじゃあこの前の繰り返しだ。


「〜〜〜ッ⁉︎や、やめてよ!そんなんじゃないから!」

「おっと」


 自分の身体から彼女の手を引き剥がし、試着室から飛び出した。

 突然出てきたことで周りの視線を集めてしまい、ここが人混みだったことを思い出す。

 試着室の影に隠れて、乱された服を直した。

 すると小連翹は何食わぬ顔で出てきた。つまらなそうに首を回す。


「ったく、ンな叫ぶんじゃねぇよ。ただの冗談だろ」

「笑えないの!ほら、早く行くよ」


 襲われかけた恥ずかしさを隠すように、私は小連翹に背を向けた。

 本心が聞けてそれなりに信用出来るかと思ってたけど、やっぱりまだ油断出来ない。

 元のサディスティックな性格が変わったわけじゃないんだ。

 毎度毎度出てくるたびに、こんなことか暴力を振るわれるかの二択なんて。

 ずっと続けられたら、私の身か精神が保たない。


「待てよ。その前に一つだけ………」

「何?もう冗談に付き合ってる暇は、ッ⁉︎」


 無理矢理襲われたこともあり少し冷たく返すと、彼女は私の間近に迫っていた。

 大きく一歩を踏み出して私との距離を詰めた小連翹は、私の腰に腕を回す。

 そして私以外には聞こえない声で囁いた。



「あんま必死に嫌がるなよ。本気で食い散らかしたくなる………!」



 その言葉と共に小連翹の口から舌が伸びて、私の頰を舐めた。生温かく柔らかい感触が、ヌルッと頬を撫でる。

 狙いを定めた獣のように、鋭い目を細めた。殺意とは違う熱視線に、身体が固まる。

 そんな私を嗤い、小連翹はパッと離れた。


「何突っ立ってんだ。早く行くんだろ?」

「ッ‼︎わ、分かってる!」


 揶揄われた私は、ムキになって後ろを追って行った。

 結構乱された心音が治ることなく、私の中でうるさいほどに響き続ける。

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