第21話 ゲームと缶コーヒーの楽しさ

 小連翹と服屋を出て、私達は人混みの中を歩いていく。

 本来なら家具を買うべきとは思ったが、小連翹に選んでもらうわけにもいかないし。たぶんやらないし。

 彼女が万代さんと変わるつもりが無いなら、今は一緒に付き合うのがベストだろう。


「どう?どこに行くか決めた?」

「メシは食ったし、腹ごなししたいとこだが」

「なるほど。それなら、ゲームセンターとか行く?ある程度動けるでしょ」

「悪くねぇ。ただ………」


 小連翹は立ち止まると、ギロッと背後を睨みつけた。

 視線の先には小連翹を遠目から眺めていた人がおり、睨まれるなり咄嗟に視線を外した。怯えながら逃げていく。

 よく見ると、彼以外にも小連翹をチラチラと見ている人がいる。

 殺気の籠った目で睨まれると、全員視線を逸らして逃げていった。


「チッ、目障りなヤツらだな」

「まぁ、その見た目じゃあ注目されるでしょ」

「あぁ?似たような格好のガキなら、他にもいンだろ」

「格好もそうだけど………ほら、元の見た目的な、ね?」


 何となくはっきりと言わない方がいいかと思い、適当にボカして伝えた。

 学校でも屈指の容姿を持つ万代さんだが、それは小連翹になっても変わらない。人混みの中でも人一倍目立つ。

 実際お昼前もそれなりに人に見られてたし。

 そこに露出度の高い格好と、小連翹独特の雰囲気が加わり、さらに世間離れした容姿に見える。

 そりゃ嫌でも目立っちゃうって。


「知るか。人のことジロジロ見やがって………殺したくなる」

「ッ!」


 滲み出る殺意に当てられて息が詰まった。

 その眼差しを間近で見て、彼女の言葉が比喩でも冗談でもないことがひしひしと伝わる。

 ふと昨日のことが頭に浮かんだ。

 昨日の告白も、ある意味目立つ故のことだよね。その行動自体を万代さんがどう思ってるのか、ちゃんと聞いてなかったな。

 けど………


「人間なんてそんなものだよ。気にするだけ無駄」

「ハッ、知ったようなことを」

「最近知ったから。誰かさんのおかげで」

「そうか、そりゃよかったなぁ」


 嫌味を含めて言うと、吊っている腕を見せた。もっとも、小連翹には効かないどころか、笑って返されてしまった。

 この腕こおかげで変に目立つし、その視線が目障りで仕方ない。

 自分が気になることが当人も気にしてるなんて、考えてみれば当たり前とも言えることだ。

 それを強調するようにジロジロ見て、相手がどう思うとか考えていないんだろう。

 まぁ、私も人のことが言える程かと言われれば、そうじゃないかもしれないんだけどさ。



「あっ、ここだよ」

「へぇ、うるせぇ場所だな」

「そういう所なの」


 人混みの中を歩いて、私達はゲームセンターに到着。中からは賑やかなゲーム機の音が聞こえる。

 何か知ってる風に案内してしまっているが、私だってそんなに来たことがあるわけじゃない。

 小連翹と一緒に周りを見渡しながら入る。

 中には大人から子供、私達みたいな高校生くらいの人達まで、思ったより人がいた。

 ゲームといえばゲーム機かスマホってなってから久しいけど、やはりゲームセンターのゲームは別物だよね。それはいつになっても変わらない。


「さて、何やろうか」

「そうだなぁ………おっ、何だあれ?」


 小連翹が示した先にあったのは、古き良きって感じのシューティングゲーム。

 二つ並ぶゲーム機にそれぞれ銃型のコントローラーが置いてあり、ちょうど人もいない。待つ必要も無さそうだ。

 それにもう小連翹が向かってるし。少しは協調性を持って欲しいなぁ。


 せっかくならということで、私も隣でやってみることにした。

 左下にあったコインの投入口に200円を入れて、コントローラーを握る。

 チュートリアルも含めてゲームが始まった。

 向かってくるゾンビを撃ち倒すゲームらしく、二つ並んでるのは点数で競うためとかかな。

 説明も終わり、早速ゲームが始まる。

『START!』の文字が消えると、画面の中の物陰からボロボロの服を着たゾンビが出てきた。


「よっ、おぉ、ほっ」


 目に映ったゾンビをバンッ、バンッとテンポ良く撃っていく。

 一発即死というわけでなく、ちゃんと急所である頭に当てないと倒れない。

 こういうの初めてだけど、これは割と楽にいけるなぁ。

 楽に、楽に………


「うわっ!おっと、ひゃっ!」


 最初の方こそ対応できていたものの、どんどん敵が増えていくと余裕がなくなってくる。

 レベルが上がるにつれてゾンビの数は増えるし、一定以上近づいてくると向こうから攻撃してくるようになる。

 しかも私は今片腕しか使えず、それなりの重さのある銃型コントローラーを安定して持つことは難しい。

 多くなる敵に対応できなくなり、焦って正確な射撃ができなくなる。

 あっという間にライフゲージを削られて終わってしまった。

 ゲームが終わると、スコアが出てきて、これまでプレイしてきた人の点数と比較して、順位も出てくる。

 当たり前だが、下から数えた方が早い順位だ。


「あぁ、やっぱ初心者が高得点は無理か」

「ハッ、みっともねぇザマだなぁ」


 隣から鼻で笑われ、ムッとなり声のする方を向く。

 ほとんど同じタイミングで始めたというのに、小連翹の方はまだゲームが続いていた。しかも画面に映るライフゲージは満タンのままだ。

 当然私の最後の方よりもゾンビの数は増えており、次々と近づいてくる。

 しかし小連翹は焦ることなく、銃を構えた。


「見てろ」


 余裕の笑みを浮かべると、画面に視線を戻して迷わず引き金を引いた。

 攻撃は全てゾンビの頭に命中し、ほぼ一撃でバタバタ倒れていく。

 敵がうめき声をあげて倒れる度に、小連翹の笑みを興奮が彩る。

 その視線はとてもゲームに向けるものではなく、まるで本当に戦っているような鋭い気迫が私にまで迫ってくる。

 その気迫とどこをどう切り取っても美しいの言葉しか出てこない様に、私は目を奪われた。


 バンッ、バンッ、バンッ、バンッ!

 自分に近い順に正確に撃って、あっという間にゾンビを片付けてしまった。

『PERFECT‼』と華々しい文字が出てきて、ゲームが終了する。


「まぁ、腹ごなしならこんなモンか」


 私の二、三倍はある点数を叩き出し、長い黒髪をかき上げた。

 私は最後まで見惚れるしか無く、口を開けて呆然と立ち尽くす。


「う、上手すぎない?本当にゲーム初めて?」

「関係ねぇ。テメェとは殺り合った経験が違うんだよ」


 そう言われて、ふとプレイしていた時の様子を思い返した。

 たしかに、私は目に映った敵を倒しただけ。

 最初はそれで良くても、敵が増えれば視界が追いつかず冷静に対処出来ない。それでやられてしまった。

 でも小連翹はどんなに敵が増えても、冷静に自分に近い順から倒していた。

 ゲームの経験というより、リアルでの戦闘経験による冷静さと技だろう。

 素人なりのコツは分かった。次は多少マシになるだろう。


「もう一回やってみるか」

「おっ、何だ?また馬鹿みてぇなツラ晒すのかよ」

「今度はそっちに負けないくらいの点数取れるし」

「そりゃ楽しみだなぁ。やれるモンならやってみろ」


 あからさまな上から目線にムッとして、私はヤケ気味に再びお金を投入口に入れた。小連翹もお金を入れる。

 自分に近い敵から順に、落ち着いて倒す。よし。

 ポイントを心の中で復唱して銃を握り、小連翹を真似て画面に向けて構えてみる。


「勝負………!」



 それから30分後。


「あぁ〜、全然勝てなかったぁ………」

「まぁ、当たり前だな」


 気力が持たなくなり、ゲームセンターを出た私は近くにあったベンチに座り込んだ。

 あれから三戦ほどやったが、結果は全敗。一向に差が縮まらなかった。

 よく考えてみたら、小連翹もゲームの感覚を掴んでいるんだ。私同様に上達してるに決まってる。


「さて、次はどこ行くか」

「ちょっと休もうよ。ずっと立ちっぱなしだったんだし」

「あぁ?ったく………」


 呆れながら小連翹は周りを見渡すと、見つけた自販機で缶コーヒーを二つ買った。

 戻ってくるとその内の一つを私に放る。何とか片手でキャッチできた。


「ほらよ」

「おっと………あ、ありがとう」


 ぎこちなく礼を言うと、プルタブを開けてグッと飲む。

「苦ッ!って、これブラックじゃん」

「ンだよ、飲めねぇのか?」

「飲めなくはないけど、普段は砂糖とミルク必須だから」

「そうかよ」


 私の隣に座った小連翹も、プルタブを開けて一気に煽った。

 苦そうな素振りも見せていないので、どうやら普段から飲んでるみたいだ。

 コーヒーの苦さを噛み締めつつ一息ついていると、不意に視線が小連翹に向いた。

 周りの目に関しては半ば諦めているのか、動じることなく寛いでいる。

 ジッと見つめていると、振り向いた小連翹と目が合う。


「テメェまでジロジロ見ンのかよ」

「あっ、ごめん。その………小連翹が何で出てきたのかなって思って」

「はぁ?」


 コーヒーを飲む手を止めて、小連翹は眉を顰めた。しかしすぐにそっぽを向いてしまう。


「さっき言っただろ、暇だっただけだ」

「でもいつもは出てこないじゃん」

「………そういや、そうだな」


 まるで今自覚したような言い方だ。

 自分でも分からずに出てきたとでもいうのか。いや、それはそれでありそうだ。

 或いは、出てくる理由となった感情を小連翹は知らないのか。

 そんなことを思いつき、敢えて質問を変えてみた。


「楽しかった?」

「さぁな」


 小連翹は質問に答えることはせず、残りのコーヒーを飲み干した。口元を袖で拭って、天井を見つめた。


「それなら、テメェはどうなんだ?」

「えっ?」

「楽しかったのかよ。こんな俺に、俺達と一緒にいて」

「………」


 少し自虐的ともいえる質問に、私は言葉がつっかえた。

 内容自体はストレートだけど、何だか心情を見透かさているみたいでむず痒い。


 私は万代さんと関わる時に、どこか遠慮してしまうことがある。

 でもそれはこれまでされたことは関係ない。ただの距離感の問題だ。

 私の中でまだ小連翹との、というか万代さんとの距離感が定まってないのは確かだ。

 元々私が『人と仲良くする』ということに慣れてないってのもあるけどね。

 そうでなくても、やはり万代さんが特殊というフィルターは簡単には外せない。それが良くないと分かっていても。

 だから地味に距離感が分からなくなるし、どう付き合えばいいのか戸惑う時もある。

 もっとも今日に関して言えば、万代さんの様子も変だったように感じたけど。

 まぁそれはともかく、やっぱり戸惑うことも多いし、それを面倒と思うこともある。もちろん今も変わらない。

 でも………それはそれでいいと思う。


「………うん、楽しかったよ。万代さんとも、小連翹とも遊べて」


 まだイマイチ性格が掴めないし、たぶんこれからも面倒なことになるんだろう。

 でもそれはそれ、これはこれだ。何気なく遊んでいる分には、思ったよりも悪くなかった。

 私の答えに小連翹は言及することなく、口元を歪める。


「………フッ、ハハッ、ハハハハッ!………そうか、よっ!」


 低い声で笑った小連翹は、飲み干したコーヒーの缶を握り潰すと近くのゴミ箱に向けて投げた。

 大して狙いを定めた様子もないのに、缶は綺麗な軌道を描いてゴミ箱に入る。

 首の骨を鳴らすと、私の肩に頭を乗せて寄りかかる。

 彼女の指先が私の右の太ももから胸元までツーッと這い上がり、さらに首筋を撫でた。

 そして楽しそうに嗤うと、またもや耳元で囁く。


「だったらよぉ………今度はもっと、楽しいアソビしようぜ」

「ひゃっ!」


 身体を触られただけでなく、熱の篭った低い声が私の耳にだけ流れ込み、治まっていた体温が一気に沸き立った。

 咄嗟に身を引いたが、次いで文句を言おうとする前に小連翹は目を閉じていた。すぐに身体の力が抜けていく。


「っと………んん、あれぇ………?」


 危うく倒れるかと思ったが、その前に目を開けて何とか免れた。顔を上げて周りを見渡す。


「ここ、は………フードコートじゃ、ない?」

「あっ、えっと………万代さん?」


 一応念のため、声をかけて確認する。

 とはいえさっきまでとは違う高めの澄んだ声。間違いない、元に戻ったんだ。

 しかしすぐに警戒が解けるわけもない。やや引き腰になりながら、私はそっと顔を覗き込む。

 万代さんは瞼をパチパチとさせ、声をかけた私の方へ顔を向ける。


「ん?あぁ、終夜さん。えっと、ここって………」

「ゲームセンターの前」

「ゲームセンター?何故そんな所に………って、きゃあぁぁッ⁉︎」


 首を傾げつつ自分の姿を見て、万代さんは思わず叫んだ。

 金切り声がフロアに広がり、ただでさえ目立つというのに余計に視線を集める。

 もっとも万代さんは、そんなことに気を向ける余裕も無さそうだ。


「なッ、ななな、何ですかこのはしたない格好⁉︎えぇッ、何故こんな卑猥な服を⁉︎脚もお腹も剥き出しじゃないですか‼︎」

「ちょっと落ち着いて。すごい目立ってるし、動いたら余計に見えるから!」


 一瞬にして顔が真っ赤に茹で上がり、驚きのあまりベンチの上でパニックになっている。

 いい歳した女子高生がいきなり声を上げたからか、デパートの警備員もこちらを振り向いた。

 しかも必死で身体を隠そうと暴れるせいで、余計に服が捲れそうだ。

 行き交う人々からの好奇と『何だコイツ?』と言わんばかりの視線が突き刺さる。

 とりあえず落ち着かせないとマズいのだが………


「こんな格好じゃ落ち着けませんよ!と、とりあえず隠さないと、って私の服はどこですか⁉︎」

「そこの紙袋だけど………」

「ちょっと待っててください。すぐ戻ります‼︎」


 隣にあった紙袋を掴むと、万代さんは人混みの中を駆け抜けて近くのトイレに飛び込んだ。

 まぁこうなるよね。仕方ない、着替え終わるのを待つとするか。

 そういえば、何気に万代さんが廊下走るの初めて見たなぁ。普段は礼儀正しくて大人しいから。

 そんなことを考えながら、私は万代さんが戻ってくるまで苦いコーヒーをちびちび飲むことにした。

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