第19話 お揃い
「うーん、どれにしましょうかね」
デパートで合流した私は、万代さんに着いていく形で百均に向かった。
合流した時はなんだか様子のおかしかった万代さんだが、食器のコーナーを見つけると、早速物色を始める。
私は万代さんの後ろに続く。
特にすることもないから、という理由が半分、いや四分の一。残りは万代さんの観察だ。
さっき会って、驚いていきなり柱に頭をぶつけた。
いつもの万代さんなら、後ろから声かけたくらいじゃ眉一つも動かない、ってのは言い過ぎだが、少なくとも頭はぶつけない。
それに何となく挙動不審というか、目が泳いでいるような気もする。いや、あくまで予想だけど。
万代さんも子供じゃないんだし、そこまで心配する必要は無いんだろうけど、これまで感じたことのない違和感は拭えない。
昨日のこともあるし、まだ疲れが取れていないのかも。そう思うとどうしても気になってしまう。
まぁ仮にそうだとしても、私がしてやれることなんてほとんどないんだけどさ。生憎と同じような経験はないし。
「何か意外だね。てっきり万代さんって、こういう時食器屋みたいな所で買うかと思ってた」
「わ、私にどんなイメージ持ってるんですか?」
口元を引き攣らせながら、万代さんは並んでいるカップを手に取って見て回る。
小連翹が壊してくれた物の中には、椅子やら食器棚やらもあった。
それを置いても先にカップを選ぶとは、よっぽど趣味が大切なんだなぁ。
失礼かもしれないが、私は万代さんのこういう所に人間味を感じる。
いつもは生徒だけでなく、先生達からも一目置かれている存在だ。おかげで人が寄り付かない。
それでもやっぱり一人の人間で、自分の趣味に夢中になることもあるんだ。
そんな一面を見れたことを嬉しく感じる。
「専門店だと、どうしても高くなってしまいますからね。さすがに手が出ませんよ」
「それは他の趣味も変わらないかな」
「学生の宿命ですよね。それに百均のカップも良いものが多いですから」
「たしかに、結構お洒落だよね」
あんまりこういうコーナーは来ないが、思ったよりも色んな柄のカップがたくさん並んでいる。
こうして見ていると、何だか私も欲しくなってきたな。
今家で使ってるカップも結構古いものだし、せっかくなら何か買って帰ろうか。
うーん………おや
「「これいいかも、あっ」」
私が見つけたカップに手を伸ばすと、万代さんも隣のカップに手を伸ばしていた。
それは同じ柄の色違いで、蔦に葉と花が彩られたシンプルなカップ。私は青で、万代さんはピンクだが。
偶然同じ柄のカップを選んで、私達はしばらく見つめ合った。そして同時に吹き出す。
「ふふっ、偶然ですね。終夜さんも買われるのですか?」
「うん。なんか、これいいなって」
「そうですね。私もこれにしようと思います」
図らずもお揃いのカップを買うことになった。
何かこういうのって特別な関係ですることだと思うけど、私達はそれに該当するのだろうか。
半ばむず痒い思いを感じながら、私達はレジに並んだ。
休日だからか、列はそれなりに長い。
ふと隣を見ると、万代さんは手に取ったカップを大事そうに抱えている。
チラチラとカップを眺めては、頬を緩めて笑う。
よっぽどそのカップが気に入ったのか、はたまた他に理由があるのか。
なんだか子供みたいで見ていて面白い。
百均を出た私達は、時間も時間なのでお昼ご飯にすることにした。
四階から三階へと移動し、立ち並ぶ飲食店を眺める。
「どこで食べましょうか?」
「そうだなぁ………お昼で人が混んでるし、無難にフードコートで良いんじゃない」
そんなわけで私達はフードコートに向かった。
休日のお昼時なだけあって、親子連れやらカップルやらで賑わっている。
幸いにも席は余っていたので、向かい合って座った。
それぞれ食べたい物を注文し、交代で取りに行く。
私はハンバーガーで、万代さんはトマトパスタだ。うん、性格出るねぇ。
「「いただきます」」
条件反射で手を合わせると、私達は早速食べ始める。
私がボーッと食べてる一方で、万代さんは丁寧な所作で食べている。やっぱり育ちは良さそうなんだよなぁ。
「ねぇ、そっちの気になるから、ちょっとお互いのヤツ交換しない?」
「えっ?まぁ、構いませんが」
「それじゃあフォーク貸して」
若干固まっている万代さんからフォークを借りると、少しだけパスタを貰った。
トマトの甘酸っぱい味が、オリーブオイルの風味と一緒に口に広がる。
うん、こっちも美味しい。今度来た時はこれ頼もうかな。
「ぅあっ………」
「ん?」
すると万代さんは変な声を漏らして、体を揺らしながら私の口元を見つめる。
それがどんな意図を示すのか分からなかったが、流れ的に一つだけ予想が立った。
「あぁ、私のも食べたい?はい、どうぞ」
「えっ?あぁ、これ………」
私は手元にあるハンバーガーを万代さんに差し出す。
しかし万代さんはすぐに食べることはなく、そのままハンバーガーを見つめている。
「ん?あぁ、肉とか食べれた方がいいか」
あんまり食べ進んでいなかったから、ほぼバンズしか食べれないや。
ちょっとだけ齧って野菜と肉も食べれるようにして差し出す。
「どうぞ」
「ッ⁉︎え、えっと、あの………」
しかし万代さんは動かないし、何なら息が途切れ途切れになって、そのせいか顔が赤くなっていく。
「ん?食べないの?」
「い、いえ、いただきます………」
戸惑いながらも万代さんは口を大きく開くと、一気にパクッと食べる。
おぉ、結構食べたね。
すぐに顔を引っ込めると咀嚼して飲み込む。
そして顔色そのままに、俯いて芋虫よろしく体を捩らせている。
「あれ?もしかして好みの味じゃなかった?」
「ち、違いますよ!その………初めてでしたので………」
「ハンバーガー食べるの?」
「ま、まぁ、それもそうなんですが………」
へぇ、今時高校生でファーストフード初めてって人も珍しい。
もっとも、万代さんがそれを言うと普通に納得してしまうのが不思議なところだけど。
「それに、こういうことも………初めてで」
「こういうことって………あぁ、誰かとお出かけ?」
「えっ、あぁ………まぁ、それもそうですね」
むにむにと口を動かしたまま、万代さんは縮こまる。
いつも学校では一人でいる万代さんは、こういうことも初めてだったか。
まぁ私も糸魚以外と出かけたことなんて、無いに等しいんだけど。
とはいえ、食事の所作もそうだが、こういう所はイメージ通りお嬢様って感じなんだよねぇ。
でもその割には一人暮らしだったりと、彼女がどんな人物なのか気になると言えば気になる。
しかしそこに気安く触れちゃいけない、というのも同時に感じとるわけで。
いつか向こうから話してくれないかなぁ、なんて思ったりもするが、たぶん無理だろうな。
今の私じゃ、どう足掻いてもその程度でしかない。
それはどっちが悪いでもなく、人間の関係なんてそんな物だからだ。
時間が解決する問題。長く一緒にいれば、いつかは分かるかもしれない。
問題はそれまで一緒にいるのかどうかだ。そこが人付き合いの面倒なところ。
私は万代さんといる間に、どれだけ彼女のことを知ることができるのか。それは離れ離れになるまで分からない。
まぁそんな事今考えても仕方ないか。
食事も終わり食器も返却すると、使っていた席に座ってこの後の予定について話す。
「この後どうするの?」
「そうですね。まず本棚や椅子を揃えたいので、家具屋にでも………って、終夜さんも買う物がありましたよね?そちらを先にしますか?」
「いやいや、糸魚に頼まれたのお土産だけだし、最後にでも適当に買えばいいよ」
お土産といっても、夕ご飯の後に食べるようなちょっとしたお菓子でいい。
2階にケーキ屋あったし、そこで何か買っていけば問題ないだろう。こっちだって手持ちは少ないのだ。
「それではまずは家具屋に………」
そう言いかけた万代さんの瞼が、突然重くなったように閉じる。
カクンと俯いて動かなくなってしまった。
今度は頭をぶつけなかったが、すぐに顔は起こさず頭を下げたままで動かない。
「あれ、万代さん?」
食後で眠くなったのだろうか。私も若干眠いし。
そう思ったが、それにしたっていきなりすぎだし、顔を起こす気配がない。
「えっ?ちょ、大丈夫?」
「………あぁ」
私が顔を覗き込むと、万代さんはゆっくりと目を開けた。
しかし私がホッと息をつくことはなかった。
それどころか、彼女の声に思わず身がすくむ。
彼女はさっきまでとは違う冷たい目を光らせて、野獣のように口の端を吊り上がらせる。
「ハァッ………やっと変われたなぁ。ったく、出てくるのも一苦労になったモンだ」
顔を上げた彼女は、低い声で吐き捨てると首の骨を鳴らす。
見た目はほとんど変わってないはずなのに、別人なのが直感的に感じ取れる。
恐怖とも喜びとも違う、何とも言えない緊張が込み上げてくる一方で、困惑で一瞬声が出なかったが、何とか絞り出せた。
「お、小連翹………」
「へぇ、ちゃんと名前覚えてンだな、終夜」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます