第13話 悪魔の行き先

 翌日


「お姉ちゃん、一人で大丈夫?」

「大丈夫だって。ほら、学校遅れるよ」

 家の事情で完治前に退院することになった私は、病院から糸魚を送り出すことになった。

「あんまりフラフラ出歩いちゃダメだよ!」

「分かったから、いってらっしゃい」

「うん、行ってきます」


 糸魚を見送って、私も家に帰ることにする。

 持ってきていた荷物がそれなりの量だったので、帰りは病院の人に送ってもらうことになった。荷物をまとめて車に乗る。

 学校には数日休むという連絡は既にしてある。正直歩くのもやっとなのだ、通学は流石に無理。

 何せ腕はまだ吊って、頭や脚も包帯だらけ。松葉杖回避出来ただけでも奇跡だ。

 テスト前に休むのは気が引けるけど、正直動くだけでも一苦労なので、せめて全身の痛みと包帯が無くなるまでは休みたい。



「ありがとうございました」

「うん、お大事に」

 病院の人に家まで送ってもらい、ついでに絶対安静の忠告も貰い、私は家の中に荷物を運んだ。


「さてと………」

 私は早速忠告を無視して家を出た。若干痛む脚を引き摺って早足で歩き出す。

 向かう先は万代さんの家だ。扉の横にあるインターホンを鳴らして出てくれるのを待つ。

 しかし部屋の中から誰かが出てくることはなかった。

「出ない、か………」

 人格が戻ってるなら学校に行ったと考えるべきだ。でも、そうでないとしたら………


 念のためにドアノブに手をかけて捻ると、何と部屋の鍵が開いていた。

「えっ?」

 万代さんらしくないミスだ。そうなると………

「………ごめん」

 ここにはいない友達に小さな声で謝って、部屋の中に入った。

 しかし入ると同時に飛び込んできた景色に、私は愕然となる。


「ッ⁉︎」


 過去にたった一度しか来たことがない私でも、この部屋が異常事態になったのはすぐに分かった。



 以前見た時は整理整頓がされていた部屋はめちゃくちゃに荒らされており、床には本や割れた食器、木製家具の破片などが散らばっている。



「な、何これ………」

 元々広くない部屋は、散らばってるもののせいで足の踏み場もない状況だ。

 まさかこれ、裏人格の万代さんが………

 ここで何があったのか、想像するだけで心が痛む。

 ガラスや陶器の破片も散らばってるためらさすがに靴を脱いで上がれる状態でもない。仕方なく土足で上がった。


「万代さん?万代さんいないの!」

 部屋の隅々まで探しても、万代さんがいる様子はない。

 するとベッドの近くに落ちているスクールバッグを見つけた。緑の花がついたストラップもそのままだ。

 戻ってきたのは間違いない。その後暴れて、それから家を出たとしたら………色々納得がいく。

「………探さないと」




 部屋を飛び出したものの、今の万代さんが行きそうな場所など検討もつかない。

 真っ先に思いついたのは、いつも水やりをしている公園だ。

 急いで駆けつけるが、そこに彼女の姿はなかった。

 花壇にも水があげられた様子はない。となるとここには来てないのか。


「どこに行ったの………」

 慌てて公園を出ようとするが、風に揺られる花たちが目に入った。

 このままだと自分達は水を与えられないということなど気がつくわけもなく、いつもと変わらず花壇の中に佇んでいる。


「………ふぅ」


 深呼吸して一旦落ち着くと、物置からじょうろを取り出した。水道から水を汲んできて、花壇の花たちにかけていく。

「よっと………これでいいかな」

 この時期はちゃんと水をあげないとすぐにダメになる。万代さんがそう言ってた。


「って、何やっちゃってるんだか」

 少し前ならこれだけで面倒でぐったりしてたというのに、今ではサラッとやってしまう。

 私も随分と変わってしまったものだ。

 でもその変化が、今唯一の心の支えになった。



「はぁ………見つからない、か」

 あれから万代さんの行きそうな場所を回ってみたが、どこにもいなかった。

 仕方なく家に帰ってきた私は、軽いお昼ご飯を食べながらどうしたものかと頭を捻る。


 すると家の扉がいきなり開いた。

「ただいまー」

「えっ?」


 糸魚の声がして私は驚いた。

「あれ、お姉ちゃん?まだお昼ご飯食べてるの?」

「そうだけど、アンタ何で帰ってきたの?学校は?」

 今時間は13時。いつもならどんなに早くても、帰ってくるのは15時半くらいだ。今ならギリギリお昼休みくらいだろう。


「それがね、何か昨日の夜この辺で事件があったらしいよ。それで危ないから早く帰ることになったの。集団下校なんて久しぶりだったなぁ」

 ランドセルを下ろしながら、糸魚が色々と話してくれる。

「事件?」



「うん。たしか暴力事件、だったかな。学校の近くに大きな通りあるでしょ?あそこで何人も人が殴られて倒れてたんだって」



「えっ?」

 それって、まさか………

「しかも警察の人までやられてたんだって、怖いよねぇ。あっ、これそのプリントね。見る?」

 糸魚がランドセルから取り出したプリントには、事件の起きた場所や注意喚起が書かれていた。

 保護者にも見せるもののためか、犯人像も書かれていた。

『身長160cmくらいの女性』

 随分と大雑把な特徴だが、被害者がまだ目覚めてないのだろう。

 でもその特徴だけで、私の不安は最高潮に達した。

 こんなの偶然かもしれない。でもあまりにタイミングが良すぎる。



 考えられる最悪の可能性。

 今も万代さんが、無差別に人を殴り続けているとしたら………



『俺は殺したい。お前も‼︎コイツも‼︎俺の目に着くヤツ全員‼︎』



 きっとそうだ。

 何で万代さんは、あんなことを………

 とりあえず部屋に戻って、どうするかを考えないと。

「ねぇねぇ、せっかく早く帰ってきたんだし、ゲームしようよ!」

 食器をシンクに置くと、ゲームのコントローラーを握った糸魚が私の服を引っ張る。

 人の気も知らないで、呑気なものだ。事件のことなんか他人事で、早く帰れてウキウキなのが見てとれる。

 今はそれどころでは無いので断ることにした。

「嫌だよ。大体腕片方動かせないし、部屋でゆっくりしてる」

「片腕でもできるやつだよ!一回でいいから!」

 いつもなら断ったら不貞腐れて離れるのに、今日に限ってなんだか強気だ。

「ちょっと邪魔。食器洗えないでしょ」

 軽く突き放すと、目の端が吊り上がり、唇を尖らせて唸る。機嫌が悪くなった時の合図だ、

「むーっ………あとで私が洗っておくから!や〜ろ〜よ〜!」

「ちょい、痛い痛い」



 糸魚に無理矢理引っ張られてリビングに座ると、コントローラーを押しつけられた。

「はい、早速やろう!」

「えぇ?何で今?」

 普段からこういうことをねだられることはあったけど、こんなに強引なのは初めてだ。

 少しは大人びたと思ったけど、まだまだ子供っぽいところあるなぁ。

「また今度じゃダメ?」

「いや!だって本当は、昨日やろうと思ってたし………」

 言葉尻がどんどん小さくなっていく。



 少しだけ心が痛む。

 しまった、ちょっと冷たくしちゃったかな。

 昨日糸魚が、どんな気持ちで待っていたか。

 万代さんを心配するあまり、その辺ちゃんと考えてあげられてなかった。

 心配していたのに邪魔者扱いされたら、そりゃ嫌か。

 不器用だとは思うけど、こうやってワガママを言うのも、糸魚なりの安心感なんだろう。



『上っ面だけのクソみてぇな戯言が人を殺す。そんなことも分からねぇのか‼︎』



 ふと万代さんの言葉が頭に浮かんだ。

「………まさか」

「お姉ちゃん?どうかしたの?」

 ゲームを起動させながら糸魚が首を傾げる。


 そういうことだったんだ。

 裏人格の万代さんが暴れた理由。

 ただ不安定だったからじゃない、求めていたものがあったんだ。


「おーい、大丈夫?ゲーム始まるよ?」

 それなら、私がしてやれることだって何かあるはず。

「ねぇ糸魚。一回だけゲーム付き合うからさ、一つお願い聞いてくれない?」

「?」



 経験値の差を武器になんとか片手でゲームに勝つと、私は玄関で靴を履く。

 負けず嫌いの糸魚は『もう一回!』と言ったが、これ以上は付き合ってる時間がない。

 服も今朝まで着てた私服じゃなくて、制服に着替えている、

 昨日まで着てたヤツは血塗れで使えないから、予備用の制服を引っ張り出した。

「お姉ちゃん、本当に出かけるの?傷悪くならない?」

「今じゃないとダメなの。それよりさっき言ったお願い、ちゃんと守ってよ」

「分かったけど………」

「それじゃあ、行ってくるね」



 家を出た私は、迷わず道を歩いていく。

 午前中は頭の中が上手く整理出来ずに彷徨っていたが、今は違う。

 迷うことなくいつも通い慣れた道を進み、私は目的の場所に着いた。


 そう、そこは私が通ってる高校だ。


 いつもならたくさんの生徒がいて賑わうが、今日に限っては静かだ。

 それもそのはず、近くで起きた暴力事件のおかげで生徒は早く下校になったんだろう。

 糸魚の小学校が休校になった時点で、何となくこうなってる気がしてた。

 事件があって、ウチの高校も早く帰ることになったはずだ。つまり生徒は誰もいない。

 こんなに静かな学校も珍しいな。


 こっそり校内に入ると、脱いだ靴を持ったまま廊下を跨いで中庭に出る。

 いつも教室から見えてる中庭だけど、こうして実際に立ってみると意外にも人目につかない場所がある。隠れる場所には良さそうだ。

 誰もいない中庭で一人ボーッとしてると、私が来た入り口から足音がする。



「あぁ?」

 下駄箱からやってきた万代さんが眉を顰めた。

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