第7話 キスされて、抱かれて

 それから私は毎日のように万代さんと過ごした。

 と言っても学校でそんなに話すことはなく、放課後になって一緒に帰るくらいだ。

 学校で話す機会が無いわけじゃないんだが、そもそも接点がなかったためわざわざ機会を作って話すかと言われたら、ねぇ。


「終夜さん、帰りますか?」

「うん」


 私達は学校を出て、いつも向かっている公園に向かう。

「今日は天気予報では晴れでしたが、少し曇ってきましたね」

「そうだね。傘持ってる?」

「持ってないですね。まぁ家は近いので、少し降るくらいなら大丈夫ですよ」


 私達は、やや厚い雲の下を話しながら歩いていく。

 最初はどこかぎこちなかったけど、今では自然と話せるようになってきた。

 静かだと思っていた万代さんも、ちゃんと話してみると意外とお話好きだった。

 特に趣味の話になると饒舌になり、それを聞いているのも悪くない。


 公園に着くと、万代さんは水やりの準備をする。

「というか、雨降りそうなのに水やりしていいの?」

「うーん………良くないとは思うんですが、天気が微妙なんですよね。曇ったままですぐに晴れたら、この時期はすぐに乾いてしまいますし」

 そろそろ夏だからなぁ。暑くなれば水はちゃんとやらなきゃマズいだろうし、難しいところか。

 水やりをするのは万代さんだし、特にやることのない私はぼんやりと花壇を眺める。


「あっ、ここ花咲いてるよ」

「えっ?本当だ!」

 何日も見てるおかげで、私もある程度花壇の変化に気がつくようになった。

 昨日は蕾だった花が咲いていたりするのを見つけると、何だか宝探しみたいで楽しかったりする。

 最初は一緒にいるだけのつもりが、随分と万代さんの影響受けちゃったな。


「さて、今お水あげますからね」

 万代さんは楽しそうに花壇の前にしゃがみ込む。

 その時、私の手に冷たさを感じた。見てみると、空から雫が降ってきて手甲に落ちる。

 その雫はだんだんと多くなってきた。

「あっ、もしかして雨………」



 その途端、一気に雨が強くなった。



 一瞬呆然した隙に、周りが見えなくなるほどの雨が降り注ぐ。

「きゃっ⁉冷たッ‼」

「ど、どこか雨をしのげる場所無いの⁉」

「あっちに休憩所があるので、そこに行きましょう!」


 私たちはスクールバッグを抱えて休憩所に逃げ込んだ。

「ふぅ、な、何とかなりましたね」

「ずぶ濡れだけどね………」

 すぐ逃げたとはいえ、いきなりの豪雨で制服までビショビショだ。

 まさかゲリラ豪雨になるとは。まぁ水やりする前でよかったとは思うが。

「うぅ………大きなタオルは持ってないんですがね」

 仕方なくハンドタオルで拭いているものの、あんまり意味はなさそうだ。


 チラッと隣を見ると、万代さんも同様にずぶ濡れになっている。

 長い髪の先からは水が滴り、頬へとつたっていく。

 制服も濡れてしまっていて、体にぴったりと張り付いてしまっている。そこから緑の下着が透けてしまっていた。

 同性とはいえ、正直目のやり場に困ってしまう。


「あの、万代さん。ちょっと格好が………」

「え?あぁ、これは少し、恥ずかしいですね………」


 自分の体を見た万代さんは、かぁっと赤くなり慌てて身体を隠した。とりあえず私も目をそらす。

 いくら女子同士とはいっても、さすがに恥ずかしいだろう。ってか、私もあんまり人のこと言えないかも。



「ここからどうする?」

「まだしばらく止みそうにありませんし、ずっとここにいたら風邪ひきそうですね」

 冷たくなった制服が徐々に体温を奪っていく。気持ち悪いし、早いところ着替えたい。


「あっ、そうだ。それなら私の家に来ませんか?近いですし、ここにいるよりいいと思うのですが」

 そういえばさっきそんなこと言ってたっけね。

 いきなり人の家に上がるのは気が引けるが、たしかにここにいるよりはずっとマシだろう。

「それはそうだろうけど、いきなり行っちゃっていいの?」

「構いませんよ。誰もいませんから」

「それなら………お邪魔しようかな」

 押しかける様で申し訳ないが、このままいてもどうしようもないし。


「私折り畳み傘持ってるから、入ってよ」

「ありがとうございます」

 傘を広げると、二人揃って中に入る。

 二人共濡れないようにするとなると、結構くっつかないといけないんだなぁ。

 触れ合った箇所から万代さんの体温が伝わり、冷えてきた今では少しありがたい。

「こっちです、急ぎましょう」

「うん」




「ここです」

「ほぉ」


 案内されたのはよくあるアパートだった。

 万代さんが持ってた鍵で扉を開ける。

「さぁ、入ってください。傘は玄関に置いて構いませんので」

「お邪魔します」


 正直狭い部屋だ。

 細い廊下の傍に風呂場や洗面所があり、奥にリビングがある。そこにあるのはテーブルとテレビ、それと一つのベッドくらいだ。

 とても複数人で暮らしている部屋には見えない。


「一人暮らしなの?」

「えぇ。部屋狭くてすみません」


 ちょっと意外だった。

 万代さんっていい所の育ちだと思ってたし、そういう人って実家暮らしなものだと。


「えっと、シャワーは洗面所の隣にありますから使ってください。服は私のでいいですか?」

「いいけど、ごめんね。ここまでしてもらっちゃって」

「大丈夫ですよ。私の日課に付き合ってもらったんですから」


 気を遣わせてしまって申し訳ないが、さすがに濡れた服で人の家にいるわけにもいかないからな。


「私はそこまで濡れてないし、先に万代さんシャワー浴びてきなよ」

「えっ?しかし………」

「ずっとその格好は嫌でしょ?」


 制服が透けてしまっている状態の自分を見て、万代は苦笑いした。

「そう、ですね。それじゃあ、お先に。このタオル、よかったら使ってください」


 万代さんは洗面所からタオルを取り出して渡すと、お風呂場へと向かっていった。

 タオルで髪を拭きながら、部屋を見渡してみる。

 狭い部屋の割にはちゃんと整理していて、掃除も行き届いている。この辺は万代さんらしいなぁ。

 小さな本棚には園芸の本がいくつかある。傷んでる様子はないし、最近買ったのかな?

 窓を眺めてみると、ベランダには幾つかの植木鉢が並んでいた。花が植えてあり、風に揺れている。

 雨のせいでじっとりとした空気だが、そこに花の香りが混ざって漂う。

 家でも花育ててるのか。本当に好きなんだね。

 でもその花達が白一色の部屋を彩っている。万代さんらしさが強く伝わってくる。



 ぼんやりと部屋を眺めていると、お風呂場の扉が開いた。

「終夜さん、お次どうぞ」

 出てきた万代さんは私服に着替えていて、タオルで髪を拭いている。

 ふんわりとしたブラウスとロングスカート。いつも学校帰りでしか会ってないから、部屋着姿初めて見たな。

 お風呂上がりで肌が上気していて、同性の私から見ても大人っぽい美しさが感じられた。

 本当に同い年か分からなくなる。

 こりゃ人気者にもなるわけだ………


「終夜さん?どうかされました?」

「え?あ、あぁ、ううん」


 うっかり見惚れてたことを誤魔化し、顔を伏せて立ち上がった。ヘッドフォンを外すと、万代さんと交代してお風呂場に入る。

 洗濯機の隣に籠があったので、一旦そこに濡れた服を入れさせてもらい浴室に入った。

 たまたまバッグの中にビニール袋があったし、制服はこれに入れよう。


 一人暮らし用の部屋ということもあり、広さから作りまでウチと結構違う。

 シャワーのお湯を出して全身にかけると、じんわりと熱が広がっていく。


 そういえば、こんな風に誰かの家に来るなんて、すごい久しぶりだなぁ………

 改めてここまで仲良くする友達が出来たんだなぁと、我ながら感慨深く感じてしまう。



 あんまりのんびりしていても悪いので、シャワーで身体を温めるとすぐに出る。それだけでもだいぶさっぱりした。

 下着も濡れてしまったし、こればっかりは万代さんのを借りるのも申し訳ないのでとりあえず我慢。

 借りた服はシンプルなデザインのシャツとスラックス。

 着てから髪を拭き、濡れた制服を袋に入れてお風呂場から出る。


「あっ、終夜さん。服はどうですか?一応サイズは合うようにしたんですが」

「問題無いよ、ありがとう」

 体格差故の若干の違和感はあるが、まぁこれくらいならいい。


「雨は当分止みそうにありませんね。しばらくウチでゆっくりしていってください」

「そうさせてもらおうかな」

 少なくともこの雨じゃ外で歩くにも一苦労だ。ある程度落ち着くまで待つしかないかな。

「その辺りに座っていて構いませんよ」

 そう言って万代さんはキッチンへと向かっていった。



 しばらくして、カップを二つ持って戻ってくる。中身は温かそうに湯気を立てているお茶だ。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 少しだけ身体が冷えていたので、温かいお茶は嬉しい。出されたお茶を一口啜る。

「あっ、美味しい………」

「そうですか?よかったです」

 安心したように笑うと、万代さんもお茶に口をつける。

「でもこれって紅茶、じゃないよね?」

 どこかリンゴのような香りがするお茶に首を傾げる。

「カモミールティーですよ。そこの鉢で育てていたんです」

 指し示された先には、さっき見たベランダにある植木鉢がある。

「そろそろ時期は終わってしまうんですけどね。育ててる花のいくつかは、こうしてお茶にしたりしてるんですよ」

 そんなことまでしてるんだ。凝ってるなぁ。


「万代さんって、いつからこんな風に花育てるようになったの?」

「興味を持ったのは子供の頃からなんですが、ちゃんと育て始めたのは高校に入ってからなんです」

「そうなの?」

「えぇ、ですから絶賛勉強中です」

 本棚にあった本ってそういうことか。


「よくそこまで趣味に前のめりになれるよね」

「終夜さんは、何か趣味とかないんですか?」

「特には無いかな」


 だからこそすごいと思う。ここまで好きなことに熱中出来ることが。

 なんだかんだで一緒にいようと思うのも、それが理由なのかもしれない。

 きっとこういう人が、将来すごい人間になるんだろうな。

「でも意外だね。随分と手慣れてるから、てっきり昔からやってたと思ってた」

 興味があったなら、もっと前からすればいいのに。

 園芸とはまではいかなくても、植物を育てるなんて子供の趣味としては充分だと思うんだけど。

「家で止められてたんです。だから一人暮らししてから始めようって思って」

 あぁ、あれかな。ペットとか虫飼いたいっていう子供を止めるのと同じかな。


「そういえば、終夜さんっていつも放課後付き合ってくれますが、他に予定とか無いんですか?」

「無いよ。いつも暇」

 普通なら塾とかバイトとか、人によっては友達と帰るとかあるんだろう。

 でも私はそういうのやらないし、友達は万代さんくらいだ。


「万代さんは?水やり以外に何かしないの?」

「そうですねぇ。宿題とか読書とか………って、これは全部家に帰ってからゆっくり出来ますね」

 どうやら思いつかないようだ。

「お互い暇人だね」

「えぇ。でもおかげで、こうして楽しい時間を過ごせているのですから。暇も悪くないですね」

「たしかに」


 万代さんとこうして過ごすのは、私も楽しい。

 人といる時に感じる窮屈さがないから。希薄と言えばそれまでだが、そんな関係をどこか美しいと思ってしまう。

 それはまるで、風に流されているたんぽぽの綿毛みたいだ。




「それにしても、そろそろ雨止んでくれればいいんだけど、うわぁっ!」

 外を眺めていると、いきなり肩にズシッと重みがかかり倒れそうになった。


 驚いて隣を見てみると、万代さんがウトウトしたように俯いて私に寄りかかってきたのだ。

 び、びっくりした………


 眠くなっちゃったのかな。ツンツンと頰を突くが、抵抗する気配はない。

 それにしても眠そうな万代さん初めて見たな。いつもは授業中に寝るとかしないし。

 このまま座ったまま寝ちゃったら身体に悪いし、ベッドに寝かせたあげた方がいいかな。

 幸いベッドは真後ろだ、疲れただろうし寝かせてあげよう。


「万代さん。眠いなら少し寝たら?」

「んっ、あぁ………」


 寝ぼけているからか、うめく様な声を漏らした。手を貸して立たせる。

 私がいたらゆっくり出来ないだろうし、寝かせたら出て行こうかな。服は明日返そう。

 立ち上がった万代さんは、私の手を掴んだままベッドに向かい………


「それなら、一緒に寝てもらおうか」

「ん?何か言っ………」



 その瞬間、寝ぼけていたとは思えない力に引っ張られ、私はベッドに押し倒された。



「きゃっ⁉︎」


 ベッドに倒れ込み、ボフンッとシーツに身が沈む。

 状況を飲み込む間も無く、当たっていた部屋の光が遮られた。

 それは寝ぼけていたと思っていた万代さんが、私の顔の真横に手をついて覆い被さったからだ。


「万代、さん………?」

「よぉ、久しぶりだなぁ」


 彼女は目を細めてニヤッと笑う。

 さっきまでとは明らかに違う低い声、荒っぽい言葉遣い。何より猟奇的な輝きを湛える瞳が、心臓を締めつけ恐怖を駆り立てる。


「まさか、人格が………」

「コイツが俺のこと知ってから、無意識に押さえつけられててな。出てくるのに苦労したぜ」


 本能的な恐怖が全身を駆け巡り、冷や汗が流れる。

 すぐさま逃げようとするが、その前に腕を掴まれ、おまけに馬乗り状態。

 私の力で今の万代さんを振り払えるわけもなく、あっという間に逃げれなくなってしまう。


「は、離して………」

「ハッ。テメェ、この状況でお願いが出来る立場かよ」


 いきなり襲われて、当然私の頭はパニック状態だ。

 それでも何とか声を絞り出せたのは過去二回似たような目に遭っているからか、はたまた襲ってきたのが見た目は私の友達だからか。


「何で………」

「言っただろ。『あんま舐めたマネするようなら、今度こそ食ってやる』ってな」

「わ、私、何も………」

「あれだけ痛めつけられたヤツの家に警戒せず上がるとか、油断しすぎなんだよ」


 そんなの、あまりにも理不尽だ。

 でも今更言ったってもう遅い。力で押さえつけられて、部屋には二人きり。助けを求めても誰も来ない。

 たしかに油断しすぎた。万代さんは大人しい友達だけど、それと同時に私を襲ってきた野獣でもある。

 ずっと一緒にいて何ともなかったから、つい忘れてしまっていた。


「しばらくは戻りそうにないし、たっぷり楽しませてもらうぜ」


 細い指先で頰を撫でられ、恐怖で背筋が震える。

 かつて受けた痛みが思い出されて、身体を蝕み萎縮させる。


「そうだなぁ、まずは………」


 鋭い目線が私の身体に浴びせられる。

 万代さんの顔が近づき、鼻先がぶつかる直前まで肉薄した。

 今度は何をされるのか。受ける痛みに耐えようと、身体に力が入る。

 しかし彼女から拳が飛んでくることはなかった。

 代わりに肉薄していた顔が、さらに近づいてくる。

「えっ………」




 次の言葉は出なかった。

 何故なら、万代さんの唇が私の唇を塞いだからだ。




 その事実を理解するのに、どれだけかかっただろうか。

 少なくとも唇が離されるまで頭の中は真っ白で、柔らかい感触のみが身体を支配していた。

 万代さんの温もり、吐息、鼓動が伝わってきた。

 唇が離されてその感触が失われる、いやそれが正常だと気がつくと同時に、数秒前の映像が脳内でリプレイされる。

 顔を上げた万代さんは、重ねた自分の唇を舌先で舐めた。


「へぇ、案外悪くねぇな」

「え、えッ………あっ、えぇッ………⁉︎」

「ンだよ、腑抜けた顔しやがって。もしかして、初めてだったか」


 たしかに誰かとキスしたのは初めてだ。でも、混乱してる理由はそれだけじゃない。

 頭の中で情報が、決壊したダムの水の様に流れ込んでくる。その情報に身体はついて来れず、言葉が上手く出てこない。

 溜め込んだ言葉は熱となって、私の体に広がっていく。あっという間に身体が熱くなり、耳の先までジンジンと火照っているのが分かる。


「あっ、あの………な、何して………」

「お前は痛めつけるより、こっちで遊んだ方が面白そうだと思ってな」

 遊び?これが彼女にとっては遊びだというのだろうか。



「安心しな。優しく食ってやる・・・・・よ」



 耳元で囁かれ、私はようやくその言葉の意味を理解出来た。

 頭が熱暴走を起こして、今にも倒れそうになる。頭の中のパニックは酷くなる一方だ。

 暴力を振るわれる恐怖とは違う、別の震えが身体を襲う。

 絶対嫌という拒絶よりも、未経験故の抵抗が強い。


 動かなきゃ………動かなきゃ、私は………

「だ、ダメだよ………こんなこと、万代さんが知ったら、むぐっ!」

 説得をしようとすると、私は彼女の右手によって口を塞がれた。



「アイツの話なんか、するんじゃねぇ」



 彼女の手には強い力が込もっていた。その意味が何なのか、そんな事を考える余裕もない。

 触れた手から感じるのは、僅かな痛みと火傷しそうなほどの熱。



「俺だけを考えろ。出来ねぇなら、考えられないようにしてやる」



 吐息の混じった低い声が、耳から全身に流れ込む。

 その言葉が全身の力を吸い取ったかのように、抵抗しないといけないはずなのに力が入らない。

「やっと大人しくなったか」

 万代さんは笑って手を離してくれる。

 口が自由になったというのに、私はもう叫ぶことはなかった。

 逃げなければならないはずなのに、私の身体は震えることしか出来ない。



「ッ⁉︎」

 その時、滑らかなら感触が私の腹を撫でた。



 目線を下げると、万代さんの手が私の服の中に潜り込んでいる。その手は上へ上へと這っていった。

 私は今下着を着けていない。どこを触られても素肌を撫でられて、言葉に出来ない電気信号が襲ってくる。

「あっ、ちょっと、ひゃっ!………そこは、あぁっ………!」

 初めて味わう感覚に、嫌でも身体が反応してしまう。

 頭がボーッとしてきて、何でこんなことになったのかすらも考えられなくなっていった。

 


 もう痛みは感じない。でも、それ以上の何かが身体の内側から湧いてくる。

 電気が走るような感覚に顔が緩み、情けない声が出てくる。

「よ、万代、さぁん………」

 私は泣いていた。

 それが感覚によるものなのか、感情によるものなのかは分からない。

 名前を呼ばれて、万代さんは私に絡みついてきた。

 彼女の長い舌が、流れていた涙を拭うように私の頰を舐める。



「あぁ………その顔、堪らねぇなぁ」



 飢えた獣のような目を輝かせ、万代さんは私に食らいついた。

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