第4話 乾いた花壇
翌日
傷む体を擦りながら学校へと登校した。
昨日家に帰ってから、一応できる範囲で手当てはした。とはいえ、一日経っても痛みが治まるわけもなく。
幸い顔は殴られなかったので、周りから見ただけでは怪我してるかどうかはわからない。
いつも通り教室で読書をしていると、先生が教室に入ってきた。
「はーい、席ついてよ」
先生に言われて、私達は違和感に気が付いた。
いつもだったら先生が来る前に、万代さんが教室に来て校庭の花壇に水をやる。
そんなに大騒ぎするようなことではないものの、必ず誰かが見ているものだ。
それなのに今日はそんなは反応がなかった。彼女の席には誰もいない。
万代さん、今日来ていないんだ。
あの人だって人間だし、体調不良で休む可能性だって十分にある。
でも………
「あれ、万代さん休みなの?誰か話聞いてない?」
先生が尋ねても、誰も手を挙げない。元々友達の少ない人ではあったし、休んでも話を聞いている人なんていないだろう。
「おかしいな、何も話聞いてないんだけど。後で保健室に聞いてみるか」
無断欠席など真面目な彼女らしくない対応に、教室全体で戸惑いの空気が流れる。
そんな中、私は一人納得していた。
間違いない、理由は昨日のことだ。
あんな絶望した顔してたんだし、やっぱりショックが大きすぎたんだろう。
私のせい、なのかな。私が言っちゃたから………
「違う違う」
首を振って思考を打ち切る。
私はただ実際にあったことを言っただけだし、あの状況じゃそれ以外に方法はなかった。
これは彼女自身の問題だ。私がこれ以上関わるべきじゃない。
仕方ない、よね。
その日は頭の中が混乱していて、まともに授業が入ってこなかった。
何をしようとしてもあの時の万代さんの表情が頭に浮かぶ。
放課後になると、私はヘッドフォンをしてさっさと教室を出た。
下駄箱から出る時、ふと校舎の裏側にある校庭が目に入った。草花の生い茂る庭の中心には一層目立つ花壇が広がる。
いつも万代さんが水やりや手入れをしてくれているおかげで、鮮やかな花が咲いている。
何となく立ち止まり、私は校庭に出た。
毎日欠かさず水やりをされているけど、今日はされておらず土は乾いたままだ。
春の風に吹かれている花たちは、ゆらゆらと揺れている。
まるでお世話をしてくれる人がいなくて寂しがってるみたいだ。
私にそんな姿見せられても困るんだけどなぁ。
Uターンして出ていこうとするが、揺れる花たちから目が離せない。
このままだと、この花たちは今日お水無しなのかなぁ。
一日くらいなら何ともないんだろうけど、もしも明日も万代さんが来なかったら………
「はぁ………」
私はあたりを見渡して、物置を発見した。
適当なじょうろを見つけると、近くにあった水道で水を注ぐ。
「重っ。おっとっと………」
少し水を入れすぎて慎重に花壇まで運ぶと、近くの花から水をかけていく。
植物の水やりなんていつぶりだろうか。少なくとも中学生の頃にやった覚えはない。
結構広い花壇のため、周りを歩きながら水をかける。中心は手を伸ばして何とか終わらせる。
「ふぅ………」
対して動いていないはずなんだけど、慣れていないことをしたためか若干気疲れする。土で靴汚れたし。
ついでに雑草でも抜こうと思ったが、三本くらい抜いてすぐに飽きた。
万代さん、いつもこんなことやってるんだよなぁ。よく楽しそうにできるものだ。
じょうろを片付けて学校を出ると、音楽を聴きながら帰路につく。
いつもの帰り道を通っていくと、ちょうど昨日いた公園の前を通り過ぎた。
そこには昨日万代さんが世話をしていた花壇があった。
何となくヘッドフォンを外し近づいてじゃがむと、花の様子を見てみる。
「水、もらってないの?」
学校の花壇を思い出し、花に語りかける。当然答えが返ってくるわけがない。
さすがにここの水かけは無理かな。じょうろとか近くになさそうだし。
立ち上がって公園を出ようとすると
「よ、終夜、さん?」
近くの曲がり角から名前を呼ばれた。
反射的に振り向くと、そこには水の入ったじょうろを抱えた万代さんがいた。
学校に来なかったはずなのに、何で制服姿なんだろう。
最初は服に、次に顔に目が向く。
いつもはキッチリと整っている髪が所々乱れている。目が真っ赤に充血し、クマまでできていた。
たったそれだけで、彼女が昨晩どんな風に過ごしたのかが窺える。
「何故、ここに?」
「あぁ………帰り道だから、この辺」
「そうですか………」
昨日のことがあったから、お互いどこかぎこちない。
何か、言ってあげた方がいいのかな?
沈黙に耐えきれなかったが、ここは話す距離感じゃないな。
「あのさ、昨日のことだけど………」
「近づかないでください‼︎」
近づこうとすると、万代さんは叫んで退がった。
「近づいたら、私………また、終夜さんに酷いことを………」
縮こまった彼女の身体は震えている。
自分に怯えているんだ。自分の意思に関係無く人を傷つけてしまう自分に。
「それで、今日学校に来なかったの?」
「………はい。制服も着て、行こうとはしたんですが………また人を傷つけてしまうかもと考えると、怖くて」
やっぱりか。
こうして話してるだけでも、彼女が震えているのが見て取れる。
あまりにも憔悴している様子を見ていると、どうしても心が痛む。
「でも、ちょうどよかったです。今度会えたら、お願いをしようと思っていたんです」
「お願い?」
私と距離を取りつつ、万代さんは花壇の前で花に水をあげる。
「私、警察に自首しようと思ってるんです。だから、その………証人になって欲しくて」
「えっ?」
あまりにも突飛なお願いに、一瞬頭が真っ白になる。
私と目を合わせないようにしながら、万代さんは水かけを続ける。
いつも楽しそうにしているというのに、今日は悲しげな表情を浮かべている。
「私は人を傷つけてしまいましたから、その罪は償わなければならないでしょう?」
「でも、それは………」
「理由なんか関係ないんです。私がしてしまったことなんですから、私が償わないと」
たしかにそうだ。
そう思う自分もいる一方で、今の彼女を見ていたら『そんなことない』と言いかけた自分もいる。
「私は、終夜さん以外に傷つけた人を覚えていませんから。我ながら最低ですよね」
水やりを追えると、立ち上がり自虐的に笑った。
「だから、終夜さんにしか頼めないんです。不躾なことだとは思いますが、お願い出来ませんか?」
丁寧に頭を下げて頼み込まれて、どう返すべきか迷ってしまう。
たしかに、彼女のことを思うのであれば手を貸してやるべきだ。
自首するとは言っても、その原因は精神的な疾患が元になってる。
経緯も含めてちゃんと話せば、さすがに逮捕となる可能性は薄いだろう。医者から診断もされて、もう誰かに暴力を振ることもなくなる。
でも、そうしたら万代さんはこれまで通りの生活は難しくなる。
もしかしたら学校に居にくくなって、来なくなる可能性だって………
「花壇は、どうするの?」
「えっ?」
「学校の花壇。今日万代さんがいなかったから、誰も世話してなかったよ。ここだって万代さんが来れなくなったら、世話する人いないんじゃないの?」
私が水やりしなかったら、今日花壇に水をあげていた人はいなかっただろう。ここも同じだ。
「そんなことは………代わりにする人くらい、いますし」
「まぁ、それでいいならいいけどさ」
本人が決めたことなら、私がどうこう言う権利は無いだろう。
でも………
「今日さ、誰も水やりやってなかったから、私がやっておいた。あと草抜きも少し」
「そ、そうだったんですか?ありがとうございます!よかったです、それだけが心配でしたので………」
余程気にしていたのか、安心したように声を漏らした。
それにしても、『それだけ』って。自分のことを怖がってはいても、心配はしてないみたいだ。
「正直、めんどくさかった」
「そう、ですか?」
「うん。たぶん、他の人がやってもめんどくさがると思う。少なくとも学校のヤツは」
万代さんを怯えさせないように、ゆっくりと近づいた。
最初はビクッとして離れようとするが、私の意思を汲み取ってくれたのか立ち止まる。
花壇の前でしゃがんで、花と目を合わせた。
「最低限のことはするとは思うけどさ、今より酷くなるのは間違いないと思う」
水をあげたばかりで、花びらや葉から雫が流れ落ちる。
生憎と花の品種なんか知らないけど、綺麗なことは感じた。それはきっと、これまで一生懸命世話をしてきた万代さんのおかげ。
大切に思ってなければこんなことできないし、それを簡単に人に渡すとも思えなかった。
「ちゃんと、自分で世話しなくていいの?」
「それは………」
俯いてしまった万代さんを見上げて、私は自分のしてしまったことに窮屈さを感じた。
少し出しゃばりすぎたか。
「ごめん、私がとやかく言うことじゃなかったね。それじゃあ」
「あっ………」
居心地が悪くなり、私は立ち上がりヘッドフォンをして公園を出た。
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