赤章ー3 高句麗との会談

 目を覚ますと、美月が朝食の用意をして、平身低頭で仕えている。その姿をみると、なんだかかわいそうになり、美月の為に口添えしてやろうという気になった。金春秋の屋敷の場所をスマホのマップ機能で探って、屋敷を訪ね、下男らしき者にここで仕えることになったと説明すると、すんなり、屋敷の主に引き合わせてくれた。春秋に看護師の美月の件も頼むと、これから忙しくなるから侍女としてなら雇っても良い、と許しがもらえた。


「わしは高句麗と会談をしようと思うのだが、どう思う?」


 永哲は金春秋に意見を求められると、未来を知っている永哲は自信ありげに高句麗に捕らえられるでしょうと答えた。春秋はそれ以上、意見を求めず、永哲は金春秋のそば仕えになった。美月も永哲によばれると、翌日には春秋の奥方の侍女におさまった。それから、永哲の時間の感覚がおかしくなった。スマホをみると日付が飛んでいることがあって、気づいたら一年たっていた。その間、春秋や美月とは親しくなって、冗談をいいあったり、大事な用件は覚えているが、何気ない日常の記憶は飛んでいた。スマホのグループチャットに記憶が飛んでいるとタイプして送信したが、すぐには誰からも返事はなかった。


 642年10月、高句麗で大規模な流血政変事件が起こり、淵蓋蘇文が政権を握った。その年末、金春秋は永哲が止めるのを無視して平壌で高句麗と会談をした。百済への出兵を要請するためである。春秋の考えは唐の高句麗出兵もあったし、すんなり要請に応えてくれるのではというものだった。しかし永哲の予見したとおり、高句麗に幽閉されてしまった。永哲は前もってわかっていたので、春秋に高句麗の希望をとおすと言って逃げ出すようにと知恵を授けておいた。命からがら、春秋は自宅に戻ってくると、永哲を呼んで宴会をしてくれた。


「わしが悪かった。其方の意見をきかなかったばかりにひどい目にあった」


 永哲はこの謝罪の言葉をきいて、感無量になった。許勇俊であったころの自分は情けなかった。起業家といえばきこえはいいが、就職浪人になってしまったので、起業を考えつき、親に頭を下げてわずかな資金を持って日本に来たものの、スリにあうという災難が続いていた。今でも白馬の夢を見る時がある。白馬のお告げは正しいのではないかと思い始めている自分がいる。許勇俊の自分と鄭永哲の自分では鄭永哲の人生のほうがいいのではないか?


「滅相もありません。唐に援軍を求められる方がいいでしょう」


 永哲は横を向いて、酒を飲み干し、自分の知っている未来をアドバイスした。


「唐は高句麗を共に討とうと詔書をよこしている。高句麗がどうなろうと知ったことではないが、高句麗がなくなって、百済もいなくなれば、次は我が国の番だ。わしの悩みはここだ」


「唐の冊封体制に入り、唐の官僚組織をまねて、年号を唐の年号を使えば、唐もそれ以上は求めないでしょう。自治権は認めてくれるはずです」


 永哲は未来を知っているので、自分の意見を自信を持って言った。意見といえるものではなく、未来を知っているからである。


「倭も使いをよこしている。倭に行って、今後の相談をしないといけなくなるかもな。其方もついてくるがよい」


 永哲は喜んでと返事をした。退出して、自分の部屋へ戻ると、スマホを起動させてグループチャットに「日本に行く。彩と同じくらいの年代だけど、会えるかな?」とタイプして送信すると、以前にタイプしたものは既読になっていたが、すぐには返事が返ってこなかった。それから幾月かたって返信がきた。彩は658年に転生して、スマホを見るたびに日付が飛んでいるから会えないかもしれないとメッセージが残っていた。永哲はこのメッセージを読んで、記憶が飛ぶという現象は自分だけじゃないと確認できた。そして、日本への船旅と自分の輝かしい未来を想像して胸が高鳴った。


 645年、新羅は唐と一緒に挙兵したが、新羅は百済の兵と戦い、前進できず、高句麗まで軍を進めることはできず、唐も撤退した。金春秋は機嫌が悪くなる一方だったが、未来を知っている永哲は冷静だった。647年、新羅で叛乱が起きて、善徳女王は病になり、そのまま亡くなった。新羅という国家の君主は仏教輪廻転生のクシャトリヤの生まれ変わりだから、君主一族は聖骨とよばれる。だから女王が即位した際、これを認めないとする一派が存在したが、これを女王は聖骨だからと無理に抑え込んだ。今回も直系の子孫である真徳女王を即位させ、金春秋は即位しなかった。金春秋を推す声もあったが、娘婿の失態があったのでと辞退した。叛乱を鎮圧すると、春秋は中央集権を目指して、体制づくりに忙しかった。永哲もそんな春秋をみて、尊敬の念が湧いてきて、尊敬できる人がいる喜びをかみしめていた。


 ある日、美月と一緒に金春秋の奥方に呼ばれた。


「其方、美月と所帯をもってはどうか?」


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