黄章ー4 主の夫人に呼ばれる
楚の懐王は遷都して、彭城が都になり、彭城に集結することになった。
魏無知の屋敷も彭城に引っ越すことになり、魏無知の夫人に呼ばれた。南子がなぜ気に入らないのかと聞かれ、魏無知の夫人がなぜ自分を気に掛けるのかよくわからなかったので、仕事に専念したいからだと、どもりながら答えると、夫人は団扇で鵬徳の胸を突いた。
「其方、普段はどもりでないのに、私と話すときだけどもるのはなぜです?」
鵬徳は答えがわかっていたが、あえて正直な気持ちは言わないでおこうと考えた。
「お、奥方様の、ま、前に、で、出ると・・・き、緊張、し、して・・」
「寝台でも、其方はどもるのですか?」
「し、しん、え?」
鵬徳は聞き返そうとしたが、夫人の真意がわからなかった。
「私と一緒に寝台にいてもどもるのですか?」
鵬徳は何と答えていいのかわからず、うつむいた。夫人もそれ以上聞かず、二人とも黙ったまましばらく時間がたった。
「あ、あるじ、主を、う、裏切ることは、で、できません」
鵬徳はなんとか、自分の気持ちを抑え込みながら答えると、夫人は微笑みながら、団扇を振り、さがってよいと答えてくれた。
部屋に下がると、南子が泣いているので理由をきくと、南子は何も言わず部屋から出て行った。魏無知の夫人になにか言い含められているのではないかと勘繰ったが、南子に手を出して、あとでやっかいなことになるよりはと考えたり、男として据え膳を食わないのはと考えたり、悶々としたが、南子と夫人には気をつけた方がいいというのが、鵬徳の結論だった。
懐王の命令で項羽は趙の救援、劉邦は咸陽へと向かうことが決まり、候に列せられ、魏無知も将になり、道案内をすることになった。魏無知の夫人は彭城に残ることになり、鵬徳の悩みは一つ消えた。魏の陽武に通りかかったときに張蒼なる人物が魏無知を頼ってきた。劉邦に謁見させてくれないかと言う。鵬徳は昔、動画解説でみた張蒼のことを思い出した。陳平が亡くなったあとの漢の丞相になるという未来を知っている鵬徳としては魏無知に是非、推薦状を書くべしと提案した。張蒼は劉邦に仕えることが決まり、続々と旧魏の臣下達が劉邦軍に加わることになった。有能な者は劉邦に、一兵卒は魏無知の配下になった。
魏無知の鵬徳に対する信頼は厚くなるばかりで、鵬徳は絶頂気分を味わっていた。鵬徳は南子の舞をみながら、南子が夫人だったらなぁ・・・と妄想しては下半身が熱くなり、衝動を抑えるのに苦労はしたが、南子も夫人も鵬徳は許容範囲だったし、モテ気分を味わうのは段彬彬だった頃には考えられなかったことである。ここで暮らすのも悪くないかもと確信し始めたときに、来客があった。魏咎に仕えていた李玄海という者である。鵬徳をみて、腰が砕けるかと思うくらいびっくりしていたので、魏無知が理由を尋ねた。
「小人はこの者を殺したと思っていたからです」
魏無知はその答えに戸惑いながら、誰に殺されそうになったのだときいた。
「小人は虞鵬徳が秘密をばらされないように毒殺するべしと命令を受けたのですが、命令した伍長は死んでしまったために、なぜ、そのような命令をされたのかはわかりません。小人はもうこの者を殺そうとは思いません。どうか罪を功で補わせて下さい。どうか、配下にお取立てを。小人は薬については多少、知識がありますので、救護隊に入れて下さい」
鵬徳は黙っていればいいのにと思ったが、腹をたてることはしないで、うなづいた。その様子をみて、魏無知はここで斬れば、誰が殺そうとしたのかがわからなくなると思い、罪を許すことにした。そして、魏無知の頭にはある者の存在が浮かんだが、証拠はなかった。ここで、李玄海を泳がせれば、その者の存在がはっきりするのではないかと考えた。そして、その者は夫人にも指図しているのではないか、という疑いが湧いている。夫人が鵬徳を何度も呼んだり、女中をつけたりしているのも魏無知は知っていた。夫人を離縁するわけにもいかず、誰にも相談できなかった。魏無知が没落して困っていたところ、救ってくれたのは夫人だったので、魏無知は夫人に頭が上がらない。そういう事情を知っている者はそんなに多くない。魏無知はフゥっと息を吐いて考えるのをやめ、今、目の前にある使命に集中しようと考えた。
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