黄章ー3 食客へ昇進

 劉邦と謁見が叶ったが、鵬徳の予想とは違う答えが返ってきたので、鵬徳はそのまま引き下がった。魏無知は鵬徳を食客として迎え入れようと言ってくれた。鵬徳は石を探さないといけないから、料理人の身分のままでいいから時間が欲しいと訴えると、魏無知は自由な時間と金を与えるから、是非、食客になってくれという。


 鵬徳は自分がここまで評価されたことはなかったので、嬉しくなり、食客になると返事した。そして魏無知の祖父の信陵君魏無忌のときは食客3千人だったと史書に書かれてあったことを思い出した。今、魏無知の食客は数人ほどしかいない。段彬彬だったころの自分は大学受験に敗れ、地方の私立大学に入るのだったら料理人にでもなったほうがいいと親から言われ、調理師になり、日本に来た。でも待遇は悪く、月収10万ほどしかなかった。今の自分はというと、信陵君の孫に食客になってくれと言われている。これは、夢のお告げの通り、こちらの世界にいたほうが身分が安定しているし、なにより、未来に起こることがわかっているのだ。石の探索は保留にしておいて、こちらの世界をよく知ろうと考えた。


 スマホを起動させて、他の皆の状況を知ろうとしたら、ラオス人だか苗族だかのマイヒョンのメッセージを読むと、なんだか自分もスマホが盗られるんじゃないかと不安になった。


「確かに、盗難にあわないようにしないとな。俺はこちらでうまくやっている。元の世界を忘れそうだ」


 グループチャットにタイプして送信すると、魏無知の奥方の小間使いに呼ばれた。


「ご用件はなんでしょうか」


 魏無知の奥方に拝礼すると、奥方は鵬徳の肩に触れた。


「其方、旦那様に劉邦様の配下になるよう進言したとか・・・」


 鵬徳が顔を上げると、奥方は丸い団扇を鵬徳の鼻に当てた。奥方は艶っぽい瞳に鼻筋が通っており、口元に黒子があり、その黒子がなんともいえず、セクシーだった。その色気に鵬徳は視線が宙に浮いてしまい、頭が混乱した。


「は、はい。そ、それが、な、なにか・・」


 鵬徳はどもりじゃないが、どもり気味になりながら答えようとした。


「其方、結婚はしているのですか?仲人になろうと思ってね」


 奥方は微笑を浮かべ、団扇を鼻から口元にずらした。


「け、結婚ですか・・・わ、私は・・・ま、まだ」


「この者を其方に授けよう。女中にするなり、側室にするなり、勝手にしなさい」


 団扇が指す方をみると、そこには20歳位の背のスラっとした理知的な目鼻立ちの美女がいた。鵬徳は辞退しようとしたが、どもりは治らず、奥方の言う通りに自分の寝室にその美女を引き入れた。


 二人きりになったところで、ようやく鵬徳は自分の理性を取り戻した。


「奥方様に言われたからお前を引き取ったまでだ。お前は自由だ。どこにでも行くがいい」


 鵬徳は自分に言い聞かせるように、その美女の肩に手を置いた。


 その美女は鵬徳の手にそっと触れて、鵬徳の手の甲に自分の唇を当てて。上目遣いに鵬徳をみた。その瞳に鵬徳はまた理性を失いかけたが、押しとどめることに成功した。


「鵬徳様に仕えよと命令されておりますし、どこへも行くところがありません。私には鵬徳様しかいないのです」


「俺には性搾取の趣味はない。だから、お前は女中だ。わかったな、お前は寝椅子で寝ろ」


 鵬徳は寝椅子を指さし、一人で寝台にもぐりこんだ。


「はい。お休みになられるまで、マッサージします」


 その美女が鵬徳の腰に手を当てると、鵬徳は飛び起きた。


「へんな気になっちゃうだろ!マッサージはいいから、一人で静かに寝ろ」


 鵬徳は理性に従うことに成功して、夢をみた。また、龍の夢をみたことで、夢のお告げは当たっているかもしれないと思い出した。


 いい匂いがして、目を覚ますと朝食の用意がしてあった。昨日の美女は部屋の隅で立っていた。つっけんどんにするのは可哀そうかなと思い始め、名前を聞くことにした。


「賈南子です。家が没落していたところを奥方様のご親戚に救われたのです。舞が得意なのです。今夜、舞ってみましょう」


 鵬徳は疑問だった。これほどの美女を奥方は俺に下さると言う、その真意がわからなかったので、南子に手を出すのはやめておこうと考えた。しかし、自分に我慢ができるかどうかは自信がなかった。


 それから毎夜、南子は歌を歌いながら舞を踊ってみせてから、寝るという日が続いた。しかし、本当に毎夜なのか、スマホの日時を確認すると、日付が飛んでいることがあった。魏無知の奥方は楚の首都である盱台に屋敷をみつけて、そこに留まったが、南子は鵬徳と一緒に軍旅した。陳留を劉邦軍と共に攻めている際中に項梁が戦死したことを知った。


「其方の言う通りになった。項梁が敗れた。王は項羽を警戒していて、今は劉邦に心を寄せているという」


 魏無知は鵬徳と南子を呼んで、酒と肉をふるまい相談した。鵬徳はテンションが上がった。史書の通りになっている。これで俺は勝ち組になれると考えた。


「はい。これから、また負けるかもしれませんが、劉邦様は天下人になられます。項羽ではなく、劉邦様の配下になっているほうがいいでしょう」


「わしの従兄の魏豹が兵を借りるために、項羽の配下になっている。わしにも、配下になるよう説得されているのだが、魏は再興できるだろうか?」


「魏は再興できますが、魏豹様は長く持ちません。このまま劉邦様にお仕え下さい」


「そうだなぁ。わしも魏豹のことはあんまり好かないのだ。劉邦様は口汚く罵るが心の奥底がわかりやすい方で、魏豹のように独り勝ちしたがるような輩ではなく、皆に分け与えようとなさるのだ。よし、其方の進言通りにしよう。これはわしの夫人から其方にと・・・わしは没落したが、わしの夫人は富豪の娘なのだ。とっておくとよい」


 鵬徳が魏無知から渡された小箱を開けると、玉や金塊が目が眩むほどいっぱい入っていた。その小箱をみて、鵬徳は夢のお告げは本物だと確信した。


 


 

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