黒章ー4 寝屋に誘われる
女中頭が湯あみの準備ができたと伝えに来て、すずめの耳元でささやいた。
「残り湯であんたも湯あみをしてもいいよ」
女媧の湯あみが終わった後で、すずめも湯あみをすませ、着替えも用意されており、湯あみ場から出ると、さきほどの若君の姿をみかけた。もしかして、のぞかれていたのかも?と一瞬疑ったが、人を疑うのはよくないことだし、貴公子だから、のぞいたのではなく、たまたま通りかかっただけかもしれないと思いなおした。
女媧と伏羲は有巣氏の家族と顔合わせを兼ねて朝食をとった。すずめは女媧の隣の部屋が割り当てられ、そこで一人で食べるように言われた。すずめのおかずは野菜の汁物と焼き魚だった。古代の食事は味は薄いが、素材のうま味があり、それなりにおいしかった。女媧達はどんなごちそうを食べているのか気になったが、今は召使いだからと自分に言い聞かせることにした。
女媧達が部屋に戻ってくる気配を感じて、すずめも自分の膳は下げてもらい、女媧に侍ることにした。
「女媧様、若君はお気に召しましたか?」
すずめは召使いらしく、笑顔を作り話しかけた。
女媧は何も言わず、照れ笑いをして、手を胸に当てた。
「有巣氏の若君は瑛というそうだ。若君は昨日、女媧をみて一目ぼれしたらしい。女媧よ、気に入らないならこの縁談は断るがどうする?」
伏羲はからかうように笑いながら、女媧の額を人差し指で突いた。
女媧は両手で顔を覆った。
「兄上、私をからかわないでください。この縁談は受けてください」
女媧は小さな声で告げると、うつむいた。
「明日、我は兵を率いて洛河の異民族のもとにいく。すずめ、女媧を頼むな」
伏羲はすずめの肩に手を置いた。
「雷公の領地はここから近いのに、どうして洛河にいくのですか?」
女媧はうつむいていた顔を上げて、伏羲に尋ねた。
「500の兵ではなにもできないからな。ちょうど隊商がきているので、隊商と共に狩猟採取の民を説得して、わが軍に加えるのだ。では、我は準備で忙しいから、夕飯のときに会おう」
伏羲は女媧の肩をポンポンと叩いて、部屋から出て行った。
女媧はそれから、笑っているかと思うと、突然、憂いに満ちた顔になり、すずめは女媧も若君に一目ぼれしたのだと理解した。
女媧が水を飲みたいと言い出したので、厨房を探していると、先ほどの若君に声を掛けられた。
「今、女媧様が水を飲みたいとのことで、厨房を探しているのです」
すずめが今の状況を説明すると、若君はすずめを厨房に案内してくれた。
「ところで、君は名前はなんというの?」
若君は厨房のかかりの者に水を用意させると、すずめの顎を持ち上げて尋ねた。
「すずめです。あなたは女媧様の婚約者の瑛様ではありませんか?」
「女媧は親の決めた婚約者だ。僕が気に入っているのは君だ。僕の側室になれば、召使いなんてしなくてもいいじゃないか」
すずめはどうするべきか迷ったが、ここは簡単に返事をしてはいけないところだと判断した。
「こ、困ります。し、失礼します」
すずめはうつむいて、女媧の為の水を受け取り、女媧の部屋に慌てて戻った。それから、女媧とすずめは何を話すでもなく、時間が過ぎた。伏羲は忙しくて、すずめの相談には乗ってくれないだろうと考え、瑛のことは黙っていた。
次の日、女媧と有巣氏の家族総出で伏羲と500名の兵士、隊商を送り出した。
それから、すずめの時間の感覚はおかしくなった。眠っているわけではないが、寝ているような感覚で、スマホをチェックすると、何日間か飛んでいた。大事な用件は忘れているわけではないようである。瑛に何度も寝屋に来ないかと誘われているのは覚えているが、そういうこと以外の小さなことは記憶になかった。そして、ある日、女中達がヒソヒソ話しているので、聞き耳をたてたら、女媧と瑛は納屋で体を重ねていた、と聞こえた。すずめは女媧の召使いであるから、女媧に問いただすのはやめて、瑛に寝屋に誘われたときに問いただしてみようと考えた。
そして、その日の夕方にまた寝屋に誘われたので、聞いてみることにした。
「女媧様と納屋で何をしているのですか」
「伏羲は洛河の異民族に襲撃されたと報告があったのだ。アバズレは納屋で裸にするのが似合っている。でも、君は違う。寝屋に誘っているだろう。僕の側室になれば、贅沢し放題だし、自分の召使いを抱えることもできる。このまま、あのアバズレの召使いでいても良いことはないよ。僕なら君をあのアバズレ以上のいい生活をさせてあげる」
すずめは我慢がならず、瑛に平手打ちしようとしたが、腕を抑えられ、逆に体を抱きかかえられて、唇を押し当てられた。
「僕は女媧よりも、君が好きなんだ。贅沢させてあげるよ」
すずめは瑛の体を振りほどき、逃げるように自室に戻りながら迷った。これは石の記憶の世界ですずめの知っている伝説ではないのかもしれない。伏羲は負けたかもしれないし、ここで瑛の側室になれば、召使いなどしなくてよい。ミッションを成功して、元の世界に戻っても苦難が待ち受けているだけだ。
自室に戻ると女媧に呼ばれ、女媧の部屋に入ると、そこには身なりが薄汚れている中年の女性が涙を流していた。そして、すずめをみると驚いて、後ろにのけぞった。
「本当に生きていたんですね。すずめは生きていたんですね」
「あなたは誰ですか?」
すずめはその中年の女性にきくと女媧が代わって答えた。
「この人は私の乳母で雉です。すずめは記憶を失っているんです」
雉と紹介された中年の女性はすずめと女媧に自分のきいた噂話だと一言断った。
「すずめは秘密を知った為に殺されたって話だよ。戦争じゃなくてね」
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