欲望の誘い
黒章ー3 巣国へたどり着く
すずめは獅子の雄叫びにびっくりして飛び起きると、伏羲は朝食の準備をしていた。女媧はまだ寝ていたので、起こさず、伏羲の手伝いをしようと思い、薪にする木を伏羲に渡した。
「ありがとう、女媧を起こして、二人で顔を洗ってくるがよい」
すずめは伏羲の言うように、女媧を起こして、河で顔を洗った。
すずめはスマホのマップ機能を使って、現在の場所を調べると、燧明国商丘とある。伏羲は淮河をつたって、巣国へ行こうと言っていた。巣国は安徽省だ。獅子は夢でミッションは忘れろと言ったが、こんなところで命を落とすのはイヤだと思った。
ミッションの為にも、伏羲と女媧のそばを離れない方がいいと判断した。すずめは重い長大ひょうたんを伏羲と一緒に持ち歩いて淮河の岸辺まで来た。そして3人で淮河をつたった。ひょうたんの上で寝そうになり、体が斜めになると、伏羲が起こしてくれた。すずめは早くスマホをいじりたかったが、バッテリーが切れそうになり、この状態で充電は無理だと思い、あきらめた。3日ほどすると、じょじょに民家をみかけるようになった。民家といっても、竪穴式住居のような藁や葉っぱを柱になる木に巻きつける程度のものであった。
「巣国だ」
伏羲の叫び声ですずめと女媧は眠気でもうろうとしていた頭を上げた。伏羲達はひょうたんを岸辺に近づけて、上陸した。すずめは顔を洗って、スマホの充電をしてから、マップ機能で近辺を検索した。
「伏羲様、伯父様の宮殿の近くに市場がたっています。金塊がありますから、服を買って身なりを整えてから伯父様に会いに行きましょう」
「よく気がついたな。そうしよう。金塊はどうしたのだ。俸禄はそんなにないはずだが・・・まぁいい。あとで、金塊は返してやるからな」
すずめの進言を伏羲は受け入れ、宮殿ちかくの市場へ行った。市場といっても、20軒くらいの小さな市場だった。小さな金塊一粒で麻の藍で染めた貫頭衣を5着買うことができた。焼き鳥や干し芋も屋台のようなところで売っていて、女媧はそれが目に入ると伏羲の裾を引っ張った。その様子をみていたすずめは貫頭衣1着で焼き鳥と干し芋を交換した。人気のないところで身なりを整え、腹ごしらえをした。
「よし、これで伯父上に会うことができる」
伏羲はそう言うと、すずめと女媧を連れて宮殿に向かった。宮殿は石と土壁で造られている立派なもので塀に囲まれ、2階部分だけがみえた。しかし、宮殿に入ろうとしたら、衛兵に止められた。
「我は伏羲だ。叔父上に会いに来た。これは身分を示す玉だ」
伏羲は緑色の玉を衛兵にみせると、衛兵はぞんざいな態度を改めた。
「上官に伝えますので、ここでお待ちください」
衛兵のうちの一人が上官のもとへ走って行くと、伏羲は女媧のほうを向いた。
「伯父上に何を言われても耐えるのだぞ。決して、反論してはならぬ。わかったな」
衛兵は黄色に染められた麻の貫頭衣に金の首飾りをした白髪混じりの上品そうな紳士を連れて、戻ってきた。
「伏羲よ。よく来たな。雷公に攻められたとは聞いていたが、お前たちは助かったのだな。実は雷公には脅迫されているのだ。お前たちと今後の相談がしたい。中で話そう」
伏羲は一人で伯父と話しあい、女媧とすずめは別室を用意された。別室に女媧とすずめの分のおかゆと野菜の和え物が運ばれてきた。すずめは食事しながら、スマホのグループチャットを起動させた。
グループチャットに綴られた文面をみると、自分が一番苦労しているのでは?と思えてきてやるせなくなり、泣きそうになった。すずめはグループチャットに「スマホの盗難に注意が必要」とタイプして送信した。そして、スマホが人目につかないように衣の中に隠した。
伏羲は伯父との相談が終わると、女媧達の部屋へと案内された。
「伯父上に兵500名と兵糧100斗しか借りられなかった。でも、我は雷公に復讐するぞ。女媧とすずめはここで待っていろ。伯父上は女媧を置いて行けとのご命令だ。すずめ、女媧を頼むぞ。女媧の味方はここでは其方しかいない。あーあとな、伯父上は女媧と伯父上の息子との縁談を望まれている。我が帰ってきたら結納をしようという話になった。伯父上の息子は顔立ちがよくて、女にもてるらしい。明日、顔合わせをしようという話になった。今日は長旅で疲れているだろうから、ゆっくり休んでくれということだ。すずめも仕事は明日からでいいそうだ。このまま女媧の身の回りの世話をしてくれだと」
「承知致しました」
すずめは素直に従ったが、女媧は自分の太ももをピシャリと打った。
「兄上、私に縁談は早すぎます。順番では兄上のほうが先ではありませんか」
女媧の顔は頬がふくれて紅潮していたが、伏羲は冷静だった。
「すべては復讐のためで、伯父上の助けがなくては父王と母上の埋葬もできないし、ここで叔父上の機嫌を損ねることはできないのだ。我も戦で勝てるかどうかわからないのに、お前を独りでここに残すことはできない。伴侶がいれば、お前の生活の面倒もみてくれよう」
伏羲は優しく女媧の肩を抱くと、女媧は頭を垂れた。
「わかりました。明日、伯父様にご挨拶して、顔合わせします」
女媧は渋々承知したが、がっくりと肩を落とし、それから一言もしゃべらなかった。
すずめは女媧や伏羲の邪魔をしないように、部屋の隅で寝ると、また同じ獅子の夢をみたので、これは神の啓示かもしれないなと思い始めるようになっていた。
次の日、すずめは女媧に起こされ、湯あみの準備をしてきなさいと言われた。すずめは身支度を整えてから、部屋を出て、白い貫頭衣に青い縁取りがしてあるこざっぱりした身なりで、切れ長の瞳を持つ顔立ちのよい、自分と同じくらいの年齢の若者にきいてみた。
「ああ、もしや伏羲殿の従者で?女中頭に引き合わせましょう。私についてくるとよい」
その若者は感じよく答えてくれて、すずめはここにもかっこいい人がいるのだなと思い、嬉しくなった。
女中頭がその若者を若君と呼んだことで、この若者が女媧と結納する人なのだろうかとすずめは予測した。
「わかりました。女媧様の湯あみの準備ができたら呼びにいきます。あなたは女媧様に侍っているだけでよい。膳の準備も私たちでしますから。それとあなたの部屋を用意しました。女媧様の部屋の隣の小部屋です」
すずめはこの話をきいて嬉しくなった。自分の部屋があり、仕事は女媧に侍るだけ。女媧はわがままなところもあるが、意地悪ではないのはわかったので、侍るのはそんなに嫌なことではなかった。そして、これは夢の啓示どおりかもしれないと確信した。
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