赤章ー4 冤罪の分かれ目
「所帯?け、結婚ですか?」
永哲は焦った。美月は嫌いじゃないが、そういう目でみたことはなかった。
「わ、私は、自分のこともできないのに、所帯を持つのは早すぎます」
永哲がどもりながら答えると、金春秋の奥方はホホホ・・・と笑い、美月の意見をきいた。
「わ、私、私にはやることがあるのです。お、奥方様、聞いてください。私の両親は冤罪なのです。その証拠を調べているのです」
奥方は美月の様子をみて、良かれと思って口に出したことだが余計なおせっかいだったかもしれないと思いなおし、それ以上問い詰めることはしなかった。
「お前たちの好きなようにしなさい。私もこれ以上は言いません。二人とも下がりなさい」
奥方の部屋を退出すると、永哲は美月を責めた。
「お前、冤罪をはらしたいなら、奥方様の前であんなこと言うな」
「冤罪を晴らして、貴族になったって、あんたのことはそのまま捨ててやる」
美月も自分の言いたいことを言って、フンと床を鳴らして立ち去った。
叛乱が鎮圧し、日本が派遣した使者と共に、金春秋と永哲は日本に行くつもりだが、使臣としてではなく、人質としてなら来てもよいと言われた。日本の要求を拒否しようかと新羅の朝廷は議論したが、金春秋は行くと返事した。日本書紀にも金春秋の来日については書かれており、外見がよくて、敬服した印象を伝えている。日本は百済復興と白村江の戦いへと舵を切るのだが、それはまだあとの話である。
永哲の船旅はほぼ記憶がなかった。船に酔っているのか、時間に酔っているのかわからなかった。日本では永哲の日本語が役にたち、現代語とは違うが、言っていることはわかるので、通訳としても永哲は重宝がられた。日本人の謎の微笑みについて永哲が講釈すると、金春秋は声高らかに笑った。その笑い声に永哲は癒され、旅の疲れが吹き飛んだ。そして、白馬のお告げは正しいのだと確信した。
金春秋の狙いは外れ、日本は援軍を出さない雰囲気になったので、人質という立場であるが、帰国が許された。その頃の日本は明らかに新羅のほうが先進的だなと感じた。都も新羅に比べると小さいし、建築も立派なものは少なかった。彩とは時代がちょっとずれているので、会えなかった。
新羅の都に帰ってくると、笑顔で美月が出迎えた。
「私の冤罪の件、永哲さんにも関係があることを発見したの」
美月が永哲の部屋へ酒と肴を持ってきて、小声でささやいた。
「お前の両親の冤罪と俺がどんな関係があるんだ?」
「金品釈様配下の黔日が裏切ったことは知っているでしょ?黔日は私の両親の罪をでっちあげの証言をして、ある貴族からお金をもらい、その縁で金品釈様の配下に抜擢されたの。その貴族は更に、金品釈様にも目をつけて、今は金春秋様を追い落とそうとしているのよ」
永哲は酒をこぼしそうになり、あわてて杯を置いた。
「お前、誰からその話をきいたんだ?」
「黔日が生きていて、都で買い物をしている際中にみかけたの。あとをつけて、お屋敷の下男に賄賂をもたせてきいたのよ」
「お前なぁ、それじゃぁ、証拠になってないだろう。黔日の顔を知っているのか?危ないから、一人で調べるんじゃない。その貴族は誰かはきいたか?」
永哲は諭すように、美月の肩に手を置いた。
「そこまでは教えてもらえなかった」
美月は肩を落として、顔を伏せた。その美月の顔をみると同情が湧いた。
「俺と一緒に調べよう。その屋敷に行って、黔日の顔とその下男を教えろ。あとは俺がやる」
永哲は笑顔を作り、美月と目を合わせた。その時、はじめて美月がかわいいと思えた。
永哲はここ何年間で友人もできて、自分の頼みをきいてくれそうな弟分をみつけていた。名前は
容圭は美月の話をきいて同情し、胸を叩いて俺に任せろと啖呵を切った。永哲は俸禄の中から、調査料と言って、容圭に金塊を渡した。
「これだけあれば、十分です。美月ちゃんは危ないから接触はしないほうがいいよ。黔日が怪しいのは俺もきいたことがある。百済に行かないで新羅に身をひそめているのもおかしいし、黔日の妻はもと芸妓だったという噂をきいたことがある。もしかすると、金品釈様にわざと手を出させたのかもしれない」
「まだ噂だから証拠としては弱い。証拠が出てきたら、金春秋様にも報告しよう。金品釈様の疑いが晴れれば、金春秋様にも追い風になる」
容圭と永哲は拳を握ってお互いの拳に突き合わせ、そして、その手を美月の肩の上に置いた。美月は笑顔になり、手で口元を覆った。
一週間後、容圭は永哲と美月に自分の調べたことを報告した。
「もしかすると永哲兄さんは城で殺されかかっていたのかもしれないよ」
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