青章ー1 投降兵として
サラワットは暑くて息苦しさを感じ、目を開けて咳をした。
「おお!お化けか!」
サラワットが振り返ると、そこはテントで上半身裸の男がサラワットの咳にびっくりして、水をこぼした。サラワットが自分をみると、自分も上半身裸で粗末な綿の茶色のズボンをはいており、首にはスマホを掛けていた。
「私はお化けじゃありません。ここはどこですか?」
その男は不思議をそうな顔をして、おそるおそるサラワットの額に手を当てた。
「熱じゃないようだな。ここはタークだ。俺たちはラムカムヘンに負けたんだ。受け入れられないのはわかるが、我等の領主のあとを追って死ぬより、スコタイに帰順したほうがいいだろう。医者を呼んでくるから、水でも飲んでろ」
男はそう言うと、テントから出ていき、医者を連れて戻ってきた。サラワットの他にもケガをした人や死体も何人か地べたに横たわっていた。
「どうやら、戦闘のショックで記憶を失っているんです」
さきほどの男は医者らしき中年のひげの男にサラワットの状態を説明した。
「自分の名前がわかるか?」
医者は脈を確認したあとで、穏やかな口調でサラワットにたずねた。
サラワットは本当のことを言っても信じてもらえないだろうと判断した。
「わかりません。今は何年ですか?」
「ほぅ、わからないと。今は、何年かときくのか。我等はクメールの暦を使っていたが、これからはスコタイの暦になるという返事で納得できるか。スコタイにきくとよい。お前は今後、この者と相談するとよい。体は回復している。ショックが収まって、いつかは思い出すこともあるだろう」
医者はサラワットの目や舌を確認すると、テントを出て行き、先ほどの男はサラワットの近くに来て、おかゆをサラワットに渡した。
「お前、頭がおかしくなったのか、利口になったのか、よくわからないな。暦を気にするなんて」
その言葉にサラワットもびっくりしたが、態度には出さないようにした。
「私のことを知っているの?」
サラワットは今の自分の状況を確認するには、この男を頼るしかないと判断した。
「うん。俺とお前は同じ村の出身だ。お前の名前はメータウィン・ブーンスィ、ニックネームはウィンだ。お前のことはウィンと呼ぶからな。俺の名前はタワン・スパサップ。ニックネームはタイだ」
「ねぇ、ラムカムヘン大王に謁見するにはどうしたらいいの?」
タイはウィンの口をふさいで、辺りを見回した。
「お前、ラムカムヘン様はまだ大王じゃない。それに、俺たちはタークの領主の配下だったし、領主が一騎打ちで負けて投降しても、ラムカムヘン様が俺たちに会ってくれるわけないだろう」
ウィンは食い下がって、タイの腕を引っ張った。
「わかった。わかった。俺がスコタイの兵と仲良くなって、きいてやる。お前、首からぶら下げているものをくれれば、賄賂がきくかもしれない」
ウィンはメテオリテの言っていた金塊を思い出した、スマホと一緒に巾着もついていたので、その巾着の中身をみると金塊が入っていた。金塊を二つ取り出して、タイに渡した。
タイはその金塊をみて、笑顔になり、二人で笑いあった。
「よし、これで、なんとかなるかもしれない。もう一つあるか?」
ウィンはもう一つ取り出して、タイに渡した。タイは上機嫌になって、テントを出て行った。
ウィンはミッションは簡単に終了するかもしれないと思った。ラムカムヘン大王はタイで有名な英雄である。この時代で石を持っている最有力候補だと考えた。そして、おかゆを食べながら、スマホを起動させると、年号は書かれておらず、日付は10月3日となっていた。ラムカムヘンとタイプして、検索すると、タークのクン・サームチョンとの戦闘に勝利して、ラムカムヘンの称号を賜ったとある。さきほどのタイの話と合わせると、自分はクン・サームチョンの配下だったと分析した。
「ウィン。喜べ。ラムカムヘン様に謁見できるぞ。このために俺がどれだけ、スコタイの兵にゴマすりしたか、想像できるか・・・大王はまだ建国者のインタラティット様だからな。長男じゃないし余計なことをしゃべるなよ。俺について来い」
ウィンはその話をきいて、タイに抱きついて喜びを表し、身支度を整えて、タイのあとについていった。タイはスコタイの兵にへりくだった挨拶をしているのをみて、ウィンもタイのように卑屈すぎといえるほど、下手にでて挨拶した。
ラムカムヘン王子の前に出ると、タイが両肘を床につけて、合掌し、足は斜めに揃えて後ろにおく南国式の挨拶をするのをみて、ウィンもタイがするように、挨拶をした。
「貴殿たちがクン・サームチョンの配下で我が方と話しがしたいとのことだったが、何用だ」
ウィンは顔を上げて、自分の持っている石をラムカムヘン王子にみせた。
「おそれながら、王子はこれと同じ石をお持ちではないでしょうか?」
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