白章ー1 間者として
彩が目を覚ましたら、白い布が顔にかかっていた。その布を顔から手で取ると、
「わぁ!」という声がした。その声にびっくりして、飛び起きると、粗末な麻の衣を着た中年の男性が彩に人差し指を向けている。
「ここはどこですか?」
彩は丁寧な口調でその中年の男性にきいた。
「生き返ったのか?おい、お前!幽霊なのか?」
中年の男性は後ろに後ずさりしながら、聞き返した。
「幽霊じゃないですよ。触ってください。冷たくないですよ」
彩は手を差し出して、確認するように促した。
中年の男性は恐る恐る手に触れて確認し、安心した表情になった。
「生き返るとは思わなかったな。有馬の皇子の逆鱗に触れて、絞殺されて、ここへ運び込まれたのだ」
「有馬の皇子というと、今は何年ですか?」
「うん?なんでそんなことをきくのだ?お前、まさか記憶がないのか?」
「私は・・・」
彩は正直に答えるべきか、迷った。そして、自分の首にスマホがかかっているのを発見した。ということは、女店主の言ったことは現実で、ここは石の記憶の世界なのだという結論に至り、ここで言い争いをするべきではないと判断した。
「そう、ちょっと、記憶があやふやなんです。ここはどこで、何年ですか?」
彩が答えると、その中年の男性は部屋から出て、人を呼び、彩には聞こえないように相談し始め、また部屋に戻ってきて、彩の質問に答えた。
「斉明4年、11月で、ここは蘇我赤兄様のお屋敷だ。蘇我様を呼んだから、ここで、少し待ってくれ。お前の任務は無事に済んだ。あとは蘇我様の指示に従うように」
中年の男性はそう言うと、彩を独り残して、部屋から出て行った。
彩はスマホを起動させた。日付を確認すると、658年11月8日とある。検索機能を使って、蘇我赤兄のことを調べると、蘇我家の代表者とある。先ほど話が出てきた有馬の皇子を調べると、父親が孝徳天皇となっていた。マップ機能を使うと、ここは飛鳥宮の近くとなっていた。
「死んだと思ったら、生き返ったとは!お前は運が強いのぉ!有馬の皇子はなんと愚かな皇子だな!アハハ・・・」
先ほどの中年の男性と一緒に上品そうな薄青色の装束をつけたシャープな目元に薄い唇の男性が豪快に笑いながら部屋に入ってきた。
「失礼ですが、あなたはどちら様でしょうか」
彩は丁寧な口調で探るように尋ねた。
「記憶を失ったという話は本当であったか。わしは蘇我赤兄だ。有馬の皇子は狂人のふりをし続けていて、それを探らせるためにお前を間者として、有馬の皇子に送ったのだ。お前の報告では狂人ではないという。だから、有馬の皇子をはめたのだ。中大兄皇子の読みはすばらしいな。今度は、大海人皇子のもとへいけ。月に一度、この者に使いを出すから、報告せよ。あとは、この者と相談しろ」
蘇我赤兄は立ったまま、彩に命令し、そのまま、部屋を出た。
先ほどの中年の男性は彩のもとに座り、巾着と服、木簡を彩に渡した。
「お前、自分の名前もわからぬのか?」
男性は優しく、彩を気遣った。
「はい、私は誰ですか?」
「お前は本舘しず。蘇我様、いや、中大兄皇子の間者だ。今度は大海人皇子を探るのだ。謀反の企てがあれば、報告しろ。誰と会い、どんな人間と交際しているのか、逐一、報告するのだ。俺が月に一度、行商のふりをして屋敷に行くから、その時に報告するのだ。ここへは来るな。巾着に前回の報奨としての金塊と今回の分の前金がある。この木簡は大海人皇子のもとに仕えるための紹介状だ。中大兄皇子の間者であることは悟られるな」
しずはスマホを握りしめた。これはミッションは簡単に終わると判断し、渡された服に着替え、大海人皇子の屋敷の場所を聞き出して、大海人皇子の屋敷に行った。
これが、飛鳥京か、時代劇でみるより、鮮明で美しかった。但し、舗装がされていないし、草鞋なので、土が草鞋に入って、裾が汚れるのは閉口した。ここは早く大海人皇子に本当のことを言って、早く石の世界から抜け出すしかない。しずは覚悟を決めた。
大海人皇子の屋敷に行って、下男らしき人に紹介状を渡すと、座敷には上げられなかったが、中庭で待つように言われた。待っていると、大海人皇子らしき人が現れた。しずは、時代劇でみたように土下座をして、自分の名前を名乗った。そして、自分の白色の勾玉を取り出した。
「恐れながら、お伺いしたいことがあります。この石と同じ石をお持ちでしょうか?」
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