赤章ー2 英雄と看護師

「赤い勾玉だな。知らんなぁ。善徳女王なら持っているかもしれんが」


 金春秋は赤い勾玉をまじまじとみつめ、慎重に答えた。そして、視線を永哲のスマホに向けた。


「その、首から掛けているものはなんだ?」


 永哲は金春秋をみたことで舞い上がっていた。新羅の英雄をこの目でみたという高揚感に浸っていた。


「これですか?携帯電話です。一緒に撮りましょう」


 永哲はカメラを自分と金春秋に向け、ピースをした。

 

 カメラに映った自分をみると外見はかわってないようである。二重の瞳に一文字の眉。丸顔で、子供の頃のあだ名はチュモクパプ(おにぎり)である。金春秋の整った顔立ちとは対照的といえた。身長も体重もかわってないようだった。身長は自分が168センチであるから、金春秋は自分より高いから178センチくらいであろうか。


 フラッシュがたかれ、カシャッという音にびっくりした金春秋は後ずさりした。自分を鏡でみたことはあるが、これほど鮮明に自分を映し出すあの物体はなんであろう?不思議に思ったが、問い詰めることはしなかった。ここは様子をみて、おいおいたずねることにしたのだ。


「善徳女王に謁見することはできますか?この石と同じ石を探しているのです」


 永哲は包み隠さず、自分の要求を伝えた。


「そうだなぁ。わしから聞いてみよう。もし、お持ちなら其方と引き合わせることはできるかもしれない。その石はなんだ」


「この石を探すのが私に与えられた神からの使命なのです。それと引き換えに未来から来たのです」


 その話をきいていた若い看護師がまた、プッと吹き出した。でも、金春秋は永哲を見下すような態度はとらなかった。


「未来からきたのか?では、これからわしはどうなる?娘婿が人妻に手を出したために城が陥落した。この責任をわしはどうとればよいのか」


「金春秋様は英雄になられます。新羅が朝鮮半島を統一するのです」


 永哲は時代劇ドラマでみたように、土下座をして、顔も手も床につけた。


「新羅が朝鮮半島を統一すると・・・そうか、お前、よく言った。よし、わしの目標は決まった。新羅による朝鮮半島の統一だ。百済を決して許すことはないだろう」


 金春秋は永哲の手をとり、顔を上げさせた。


「今はお辛いでしょうが、金春秋様ならきっとできます。私はこれから、金春秋様に仕えることにします」


 永哲は金春秋と視線を合わせ、励ました。


「よし、わかった。わしに仕えるがよい。今日はここで休め。明日、わしの屋敷に来るがよい」


 金春秋は立ち上がり、先ほどの中年の看護師と永哲には聞こえないように相談してから、部屋を出て行った。


 永哲を吹き出しながら笑っていた看護師が永哲に近づいて、ニコリと笑った。それは軽蔑の眼差しではなく、媚を売る眼差しであった。


「さっきは笑って、ごめんなさい。おかしいなぁと思ったのは本当だけど、バカにしたわけじゃないの。金春秋様に仕えるなら、私も一緒にお仕えしたい。金春秋様に口添えしてください」


 永哲はその看護師をまじまじとみつめた。美人とはいえないが、二重のクリリとした丸い瞳で、鼻は高くないが、上を向いており、えくぼがかわいい。自分のことをバカにしなければ、そばにいても不愉快ではなかった。


 永哲は人差し指でその看護師の額を突いた。


「俺のことをバカにしないと約束できるか」


「できます。できます。口添えしてくれるなら、言うことに逆らいません」

 

 その看護師は土下座して、両手をこすりあわせた。


「お前、金春秋様に仕えるとか言って、側室になろうとしているのか」


 永哲はその看護師の顎を手で持ち上げて、視線を合わせた。


「いえ、そのようなことは思ってません。本当です!」


 看護師は持ち上げられた顔をかわして、床につけて頼み込むので、永哲はそんな看護師をかわいく思った。


「よし。いいだろう。口添えしてやる。でも、口添えするだけであって、希望が通るとは限らないからな」


「ありがとうございます。お酒を持ってきますから、召し上がってください」

 

 看護師は再度、土下座して、部屋から出て行った。永哲はスマホのグループチャットを起ち上げた。自分は3人目だった。伏羲と女媧の時代では、ラオス人のマイヒョンは大変だろうなと同情した。


「俺は朝鮮半島統一の時代に転生した。ミッションを成功させるぞ!」

とメッセージを残して、あまり、周りの目があるときはスマホを起動させないように用心した。


 しばらくすると、先ほどの若い看護師が戻ってきた。時代劇でみるような酒器と肴を膳にして持って来た。満面の笑顔である。酌をしながら、自分の身の上話を始め、朴美月パク・ミウォルという名前で、両親が政変に巻き込まれ、死別し、美月は看護師になることで罪が許された。自分の両親は冤罪だと思っているので、事件を調べたいとのことだった。年齢は21歳だというから、自分よりも2歳年下である。


 その話を聞きながら、永哲は美月に同情し、少しでも協力できればいいなぁと思い、美月に対して好感を持ち、うとうとした。


 笑顔の美月から、神々しい翼のある白馬に代わった。


「美月も名誉もお前のものとなる。この世界の住人になるのだ」


 白馬はそう永哲に告げると、翼をはためかせ、飛び立った。


 


 

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