黒章ー2 満天の星空の下で
「知らないなぁ。黒曜石かな?お前、知っているか?」
伏羲は女媧のほうを向いて尋ねたが、女媧も首を横に振った。
すずめはこんなに簡単にミッションが終わるわけないか、とあきらめ、スマホで有巣氏を調べた。長江下流域の国の首長であるということがわかった。
「それはなに?玉?」
女媧がスマホを取り上げようとした。すずめは女媧の手を払いのけた。
「これはダメです。女媧様には使えません」
すずめはスマホを守るべく、後ろを向いた。
「女媧、やめろ!召使いのものを取り上げようとするな。上に立つものは常に下の者に恩徳を施すものなのだ。雷公をみよ。父王が馬を出し渋るから、背かれたのだ。今、我等の味方はすずめだけなのだ。長大ひょうたんをもつのも我等だけでは無理だ。河をつたわって巣国へ行くためにも、すずめの協力は必要なのだ」
すずめはますます伏羲のことが好きになり、伏羲に感謝をこめてお辞儀をした。
女媧はふてくされて、長大ひょうたんに腰かけ、竹筒の水を飲んだ。
伏羲は、巣国へ行くまでの食料収集するので、自分は釣りをするから、女媧とずずめは協力して果物や野菜を採取するように言い渡した。
「はい、わかりました」
すずめは笑顔をつくって、お辞儀をして、女媧の腕をひっぱり、食料採取に行った。伏羲は刀で木を切って竿を作り、自分の着ている服を裂いて糸にした。
「お兄さまはいい人で女媧様は幸せですね」
すずめは笑顔を作り、女媧と親しくなろうと努めた。
「兄上は私のせいで父王ともめたの。雷公を逃がそうと言ったのも私なのに。兄上が罪をかぶってしまった。幽閉されたのが物置小屋で、長大ひょうたんが置いてあったから私たちは長大ひょうたんに乗って、水攻めにあったとき助かった。あなたも溺れていたのを兄上が助けて、埋葬しようとしたら、生き返った。兄上の言うように、あなたは神が与えた復活の兆しなのかもしれない。巣国へ行って、雷公へ復讐して、新たな国を作ろうというのが、私たちの願いよ。その玉、光って珍しいけど、もう取り上げようとしないから、いつまでも私たちの味方でいてね」
女媧も笑顔をつくり、すずめの肩に手を置いた。
「玉じゃなくて、携帯電話ですよ。ああ、この時代には携帯電話はないですね。一緒に写真をとりましょう」
すずめは笑いながら答えると、女媧はヘンなものでもみるように、すずめをみた。
「やっぱり、頭を打っているから、変なことを言うのね」
女媧がため息をつくと、すずめはスマホのカメラですずめと女媧の写真を撮った。
すずめはこちらの世界にきてからの自分の顔をみると、二重のクリっとした丸い瞳。アーチ型の眉、団子鼻できれいとはいえないが、笑うと愛嬌があると言われていた顔は変わっていなかったし、体格もかわらず150センチくらいで、女媧よりも10センチくらい低かった。自分は21歳だが、女媧は18歳位にみえた。年齢をききたかったが、召使いの身分で年齢を聞くのは失礼かと思い、自重した。
「なに?これ?どうして、私がこの玉にいるの?」
女媧がスマホのカメラに映った自分をみて、びっくりしていた。
「ここにいるわけじゃなくて、写真を撮ったんですよ」
「写真って、新しい妖術?すずめ、その妖術を私にも教えて」
「この妖術は携帯電話をもってないと使えないんですよ」
「頭を打ったから、妖術が使えるようになったのね。私も頭を打とうかしら」
女媧はそう言うと、木の幹にガンガン頭を打ち付けた。
「やめてください。私は未来から来たんです。それより、食料を採取しましょう。お兄さまが待ってますよ」
すずめは女媧の頭を押さえてやめさせた。
「そうね、妖術が使えるようになっても、頭がおかしくなったのでは意味がないか。巣国へ行ったら、いい薬を飲ませてあげるね、すずめ」
女媧は本当にすずめがおかしくなったと思った。未来から来る時間旅行をした人なんてみたことがない。隊商からもそんな話をした人はいなかった。あるいはあの携帯電話というものが、すずめをおかしくしているのではないかという結論に至り、女媧はあの携帯電話に触るのはやめようと思った。そして、すずめとは距離を置き、無言で食料採取に励んだ。
空が茜色に染まり、川面も夕焼けを反射したころ、すずめと女媧は食料を大量に抱えて、伏羲のいる場所に戻った。伏羲は魚を焼いたり、燻製にしていた。
「ああ、いっぱい抱えてきたな。よくやった。煙に当てて、燻製にしよう」
伏羲は笑顔で女媧とすずめをねぎらった。すずめは伏羲の笑顔の虜になり、伏羲のそばを離れなかった。女媧はすずめの気持ちにきづいたが、責めることはしなかった。女媧は早く巣国へ行って、薬をすずめに飲ませて、携帯電話をすずめから離せばよくなるのではないかと考えた。
「今日はここで野宿して、明日、淮河をつたって巣国へ行こう。今日は食べたら、寝るんだ。いいな。巣国へ着くまで何日も眠れない日を過ごすことになる」
すずめと女媧はおとなしく従い、女媧が寝ると、すずめはスマホのグループチャットを起動した。誰もいなかったので、「石の世界で目覚めたよ。伏羲と女媧の時代だった」と書き残して、グループチャットを閉じ、大空を見上げると、満天の星と三日月があった。星空の下で寝るのは、ラオス以来だった。石の世界も悪いことばかりじゃないなぁと思った。そして、夢をみた。大きな黄金の獅子の夢だった。
「この世界の住人も悪いものじゃない。ミッションは忘れて、この世界の住人になりきることだ。思うがままに生きるとよい」
黄金の獅子はすずめに告げると、大きな雄たけびをして、夢から消えた。
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