離れ離れなのは距離? 心?

第33話 天ヶ崎舞羽と車内の騒動


 車は高速道路に乗って、少女達をものすごい勢いで運んで行く。車窓を流れる景色に目をやればすべてが線で描かれたような景色に目がくらむようだった。朝早くから走り続けてもう3時間になるだろうか。夏の熱気で蒸し風呂のようになった車内はひどく居心地が悪く、窓を開ければごうごうと音がして耳が持って行かれるのではないかと思った。もうあの町には戻れないくらいの距離は走っただろうか。時刻は11時。奇しくも朝ヶ谷ゆうが起きだした頃の事である。


 天ヶ崎舞羽は膝元に視線を落として縮こまり、自分がどこにも持って行かれないように堪えているようにも見えた。ワンピースの裾をぎゅっと掴んでかたくなに押し黙ったまま。町を出発してからずっとこの調子だった。


「……本当に良かったの?」


 天ヶ崎蝶が姉の方を向いて訊ねた。朝ヶ谷ゆうに何も伝えずに出て来てしまって本当に良かったのか。もっと違うお別れの仕方があったのではないのか。蝶の目はそう言っているように細められていた。


「……いいの。これで、ゆうは私の事が嫌いになったと思うから」


「うわっ、すっごく良くなさそう」


 舞羽の言葉尻に残る未練を見て取った蝶が呆れたように言うと、舞羽はキッと顔をあげて「これで良いの!」と叫んだ。


 身を引き裂くような悲鳴だった。


「………本当に?」


「…………………………」


「…………お姉ちゃん。言っとくけど、最悪だよ? 好きならちゃんとお別れを言わないと。あんな置手紙1個でさようならなんて今どきラブロマンスでもやらないよ」


「…………………………」


「なに夢見てるのか知らないけどさ。お姉ちゃんってゆう君に甘えすぎだよね。こんなことされてゆう君が納得すると思う? 私だったら嫌だなー。いままで散々振り回された挙句に何も言わずにさよならなんて。きっとすごく恨むと思うね」


「…………………だからじゃん」


「ん?」


 舞羽の声が震えていると蝶が気づいたのは、彼女が跳びかかってくる直前のことだった。


「だから、嫌いになってほしいんじゃん!」


「わーーーー! お姉ちゃんストップ! ストーーーーーップ!」


 桜色の汗まみれの物体が飛来してくるのである。それはマシュマロのごとき柔らかさを有しているが、汗でしっとりとした肌では濡れマシュマロである。


 2つの濡れマシュマロがくんずほぐれつ取っ組み合う。汗と悲鳴が飛び交う壮絶なさまはじゃれ合う子猫のごとし。


「蝶に私の気持ちなんか分かんないよ! なに知った風な口をきいちゃって! 私だって悔しいよ! さよならも好きだよも言えなかったんだよ!? 蝶なんて恋をしたこともないくせに!」


「ええ恋をしたことなんかありませんけど? でも言えたじゃん。なんでそれがゆう君の前だと言えないの!」


「言えるわけないじゃん! こんなひどい事!」


「もっとひどい事しといて何を今さら!」


 2人は互いの頬を引っ張り合い、舞羽が蝶に馬乗りになり、蝶が舞羽を足で挟んだ。むぎゅむぎゅという音が聞こえてきそうな取っ組み合いはしばらく続き、やがて馬鹿らしくなって笑い声に変わっても2人は互いの頬を引っ張っていた。


 喧嘩がいつの間にか変顔合戦に変わり車内に女の子の笑い声が響き渡ったとき、母親が言った。


「そろそろサービスエリアにつくからお昼ご飯にしよっか」


 はーーーーい! と元気な声が同時にあがる。


 車はゆっくりとサービスエリアへ入っていく。


 

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