第32話 朝ヶ谷ゆうと手紙
目が覚めると11時を回っていた。僕はテーブルに突っ伏して眠っていたらしい。舞羽と思い出話をして、一緒に夜を過ごして、それから………? 僕は気づかないうちに眠りに落ちてしまったようだ。
「舞羽……? 部屋に戻ったのか」
大きく伸びをすると肩がゴキゴキと鳴った。昨夜まで部屋にいたはずの舞羽の姿が見えない。おそらく、いつまでも僕が起きださないから部屋に戻ったのだろう。
僕としたことがベッドで寝ずにテーブルを枕にするとはなんと情けない……。そう思いながらふと窓を振り返ると、外は大変いい天気であった。目に痛いほどの青空が照りつける太陽によってその輝きを増している。雲一つない晴天であった。だが、他方、舞羽の部屋に面する窓に目を向けたとき、僕はゾッとした。
人のいない部屋。暗黒。真っ黒。寂しい。どう形容したものか僕は戸惑ってしまうのだが、そこには『あるはずの物がない恐怖』があった。
「………舞羽、どこに行った?」
天ヶ崎舞羽の部屋は真っ暗だった。
もうそこに舞羽はいないのだと、なぜだか直感的にそう思った。
「舞羽……舞羽!」
僕は思わず部屋を飛び出した。階段を駆け下りて家を飛び出して、舞羽の家の門前へとまろび出る。もう舞羽と会えないのではないか。そんな嫌な考えが煙のように湧いて出る。もうそこに舞羽はいなくて、僕は独りこの町に取り残されたのではないか。
「……なあ、どこに行ったんだよ……舞羽」
舞羽は僕を置いていなくなってしまったのではないか。
彼女の家は昼間だというのに真っ暗だった。車が無かった。
僕は、ドアノブに手を伸ばした。
がたん、と音がしてドアノブが途中で止まる。鍵がかかっていた。それは僕の未来を闇が覆い尽くす音のように思えた。
天ヶ崎舞羽はもうここにはいない。その現実を突きつけられたようだった。
「舞羽! 僕だ!
僕はドアノブをガチャガチャと乱暴に回しドアを叩いて言った。近隣住民がその騒ぎに集まり、やがて母が僕を止めるまで、僕はドアを叩き続けた。
「なあ、舞羽! 悪い冗談はやめろよ! 舞羽!」
認めたくなかった。舞羽がいなくなるなど信じられなかった。いつも僕の隣にいて、気づけばそばにいて、いつも笑っていた舞羽がもういないなんて、
さようならも言わずにいなくなってしまうなんて、
「………舞羽」
僕は、認めたくなかった。
☆☆☆
母の話によれば舞羽は東京の本社に努める父親のところに引っ越したのだと言う。詳しい住所は知らないけれど、立川とかその辺だという事であった。本当なら4月から東京の高校に通う予定だったらしい。それを舞羽が勝手にここの高校を受験して受かってしまったのだから、妹の蝶も急遽こっちの高校に通う事になったのだという。なんとも舞羽らしい話だ。
「……あんた、何も聞いてなかったの?」と母が不思議そうに言った。
僕はその言葉にムッとしたが、母に言い返しても仕方がない。
「聞いてない。詳しい住所は?」
「それこそあんたが聞きなさいよ。舞羽ちゃんのライン知ってるでしょう?」
「知ってるけど………」
「なによ、あんたらしくないわね。もっとビシッとしてなきゃダメよ?」
母は人差し指を立てて言った。
「うるさいな。これは僕だけの問題ではないのだ。舞羽が答えるかどうかが重要なのだ。僕がいくら押したところで舞羽からのレスポンスが無ければ
そうだ。これは僕だけの問題ではないのだ。僕がいくらラインを送ったところで舞羽から返信が無ければ一方的に思いをぶつけるだけに終わってしまう。
僕は気骨ある男であると自負しているが、舞羽がそう認識しているとは限らない。ことに顔を突き合わせない遠距離でのやり取りの場合は僕の言葉がどう受け取られるか分からないのだ。心配や優しさで送ったメッセージが鬱陶しがられて終わるかもしれない。そう思うと軽々にラインを送れるわけが無い。
「とにかく、これは舞羽ちゃんのご両親の都合なんだから仕方ない事なのよ。大人の事情ってやつ。あんたが舞羽ちゃん大好きなのは分かるけど、諦めなさい」
母はそう言って話を締めくくった。
何が大人の事情だ、と僕は心の中で
僕はなんとしても東京へ行くつもりであった。周囲の環境に流されるのは弱い事だと思っていた。大人の都合だから何だと言うのだ。本当にやりたい事ならば誰が何と言おうとやり通すべきであると思っていた。僕は東京行きを決行するつもりであった。
が、その僕の心を折ったのは、他ならぬ天ヶ崎舞羽だった。
彼女は徹底的に僕から離れるつもりだったらしい。部屋に戻るといつか見た箱があった。星やハートのマークが印字された開かない箱である。それが2つ、勉強机の上に組み立て図と思しき細かい文字が書かれた紙と共に置いてあった。
「なんだこれ、舞羽が置いていったのか?」
僕は何気なしにその箱を手に取った。箱は片方に穴が開いており、片方には小さな突起がついている。その突起は穴にピッタリはまりそうだった。
「いつだったか、舞羽が持ってた箱だな、これは。そうか2つあったのか。単体じゃどうにもできない代物だったというわけだ。オス側をこうやってくっつけて……回せばいいのか?」
僕は図の通りに箱を回してみた。すると、中で歯車が動くような音がして2つの箱が形を変えていく。
それは、ハートの形をしているようだった。木製のでこぼこしたハートだった。
「そうか。元々開く物じゃなかったんだな。こうやって2つ合わせて形を変える組み木細工だったというわけだ。………だが、なぜ舞羽はこんなモノを残していったのだろう」
ハートを残す。それは私の心をあなたにあげますと捉えることもできるし、私は気持ちを新しくするのであなたへの気持ちはここに置いておきますと、捉える事もできる。けれど、女の子の恋は上書き保存とよく言うし、おそらく後者の可能性の方が高いだろう。そもそも舞羽が僕の事を好きだったのかすら疑問なのだ。
僕はそのハートを机の上に置き組み立て図を手に取った。すると、その下から舞羽の手書きと思しき置手紙が出てきた。
「これは?」
お互いにラインを交換しているのにわざわざ手紙を残すなんて……と
僕の心を折ったのはその手紙に他ならない。
彼女からのメッセージは想像よりも直接的だった。
「大好きだったよ、ゆう。今までありがとう」
ありがとうという言葉で締めくくられているが、その手紙はどんな言葉よりも強い拒絶を思わせた。
すべてが過去を連想させる言葉で
僕は震える手で持ち上げると、しばらくの間手紙を眺めて茫然としていた。
僕の心が、パキッと音を立てて潰れた。
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